ワクワクドキドキときどきプンプン 2日目
5:義勇
みんなで訪れたスーパー銭湯の裏庭で一人ベンチに座った義勇は、止む気配のない鈍い頭痛に眉を寄せ、深くため息をついた。
大概の客は休憩所の座敷やラウンジで休むらしく、義勇も最初に連れて行かれたのは座敷だ。けれどもあそこは人の気配が多すぎる。義勇を気遣いついていてくれた禰豆子には悪いが、横になっても落ち着けなかった。
禰豆子がタオルを取りに行ったのを機に、新鮮な空気を求めてふらふらと歩き回り、ようやく見つけたのがこのベンチだ。喫煙場所ではないせいか、屋外までわざわざ出てくる人は見当たらなかった。人気のなさが今は心底ありがたい。義勇は苦しい息を整えようと、何度か深呼吸した。
近くにいた人に、禰豆子への言付けを残したが、ちゃんと伝わっただろうか。禰豆子一人で迷ったり、泣いていたりしないだろうか。不安は尽きないが、頭痛を訴える頭では考えもまとまらない。
体調に気を付けるよう、出がけに真菰からさんざん言われたのに、このザマか……。義勇は落ち込みをあらわにうつむいた。
今日は常になく体調がいいと思っていたのだが。いや、だからこそ油断したのかもしれない。
昨日の昼食から、食事のたびに炭治郎は、手ずから義勇に食べさせようとする。まるで幼い子を世話するように。恥ずかしさは消せないが、拒めば悲しませそうで雛鳥のように口を開けてやれば、炭治郎は至極うれしげに顔をほころばせた。それがどうにも面映ゆく、炭治郎が喜ぶのがなによりもたまらなくうれしくて。気が付けばいつもより食が進んでいた。
眠るときもそうだ。一緒に寝たいともじもじと言うのがかわいくて、自分の布団に招き入れ頭を撫でたら、炭治郎は幸せそうに照れた笑みを浮かべ義勇にすり寄ってきた。炭治郎の温もりは傍らにあるだけで義勇をまどろませる。いつの間にか深い眠りに落ちていた。
無意識に抱き締めていたのはご愛嬌ってものだろう。目を覚ましたときに腕のなかにいた炭治郎に少し驚いたが、それ以上に、深く熟睡していた自分にこそ義勇は驚いた。
あんなにも安らかに眠れたのは、姉の事故以来初めてで、だから錯覚したのだ。以前の自分のようだと。
義勇は深く嘆息する。いつもより食事をとれても、久し振りに熟睡できても、しょせんは付け焼刃だ。やっぱりまだ心に体が追いついていない。少し長湯をしただけで、ごっそりと体力を奪われへたばっている。こんなことで炭治郎たちの兄弟子として指導してやれるのだろうか。
それでも、炭治郎が自分に我儘を言ってくれたのがうれしかったのだ。
やきもちを妬いてもいいかと聞いてきたわりには、炭治郎は相変わらず我儘を言わずにいる。あからさまに甘えてくることも少ない。義勇を独り占めしたいと言ってくれたけれど、錆兎たちが義勇をかまっているときなどは、気が付けば一歩引いたところで見ていることが多かった。
もっと甘えていいのに。歯がゆく思いはするが、甘えるわけにはいかないと思われていてもしかたがない。錆兎や真菰のみならず、同級生の宇髄や煉獄にまでも保護者のように振舞われる現状では、炭治郎とて甘えにくいだろう。
そこまで考えて、義勇は思い浮かんだ同級生の顔に焦燥を募らせた。
おそらくは出がけに錆兎たちからなにか言われたに違いない。駅に向かうのに宇髄たちが選んだのは、遠回りになる大通りだった。
鱗滝の家から駅に向かうなら、姉の事故現場である繁華街近くの道の方が断然早い。自転車を走らせてすぐに気づき、義勇は内心怯えていたのだが、先頭を走っていた宇髄はためらいもなく大通りへと進んでいった。
義勇を挟んで前後に並んでの道行きに、会話はほとんどなかった。それでも、二人が自分を気遣ってくれている気配は義勇にも感じとれた。遠回りだというのに急かさない。宇髄はかなりスピードを出すタイプだろうと思っていたが、のんびりとしたサイクリングのようなペースを保ってくれた。姉の死を思い起こさせる要因に配慮してくれたことぐらい、義勇にだってわかる。
錆兎たちから頼まれたことも簡単に想像がつく。二人にとっては、義勇のお守を任されたようなものだ。迷惑な顔一つせず明るく笑いかけてくれる煉獄や、口は悪いが疎ましがる様子など微塵も見せない宇髄が、義勇には不思議でならなかった。
義勇を見るほかの同級生の目は、異質なものへの嫌悪や嘲りを隠さない。なのに二人にはそれがないのだ。
いくら仲良くなった子供たちに頼まれたとはいえ、こんな面倒な事情を抱える自分を、彼らは迷惑に感じないのだろうか。気持ちが悪いとは思わないのだろうか。考えれば考えるほど、義勇の戸惑いは深まっていく。
こんなふうになる前でさえ、義勇には特別に親しくしていた友人などいなかった。あまり自覚はないが、どうやら自分は口下手でコミュニケーション能力が低いらしい。
それなりに友人と呼べる同級生はいるにはいた。けれど常に姉優先、剣道を始めてからは加えて剣道優先だった義勇は、友人たちから付き合いが悪いと思われていたことを知っている。
顔を合わせれば笑みを浮かべながら自分を頼りにしてくるクラスメートたちが、義勇が教師に呼ばれ席を外したときに、堅物すぎてつきあいづらいと言い合っていたのを聞いたことがあった。ショックと呼べるほどの驚きはなく、そんなものなのだろうと思った自分は、もともと異質な存在だったのかもしれない。
女子から告白されたときだってそうだ。同級生たちのように浮かれるどころか、喜びや興奮などまったく感じなかった。なぜよく知りもしない自分のことを好きだなど言えるのか、不思議だっただけだ。すぐに断ったのはもちろんだが、友人たちからもったいないだのなんだのと言われるのがうっとうしくて、もう二度と告白などされたくないとすら思った。
炭治郎から大好きなたった一人のヒーローと言われるのは、どうしようもなくうれしくなったのに、なんでだろう。よく知らないのは炭治郎だって同じことだ。なのに炭治郎からの好意は、困惑はしても心からうれしいと思える。
もっとも、こんなふうになった今では告白してくる女子などいるわけがないから、そういう意味での迷惑ごとは皆無になるはずだ。
ああ、迷惑といえば、宇髄と煉獄にはまた迷惑をかけてしまっているだろうか。子供たちが心配しているかもしれない。義勇は外にいると、禰豆子が伝えてくれていたらいいのだが。そもそも禰豆子に言付けが伝わってなかったらどうしよう。俺を探して迷子になっていないだろうか。炭治郎たちと楽しく遊んでくれていればいいのだけれど。
少し朦朧とした義勇の思考は、取り留めなく過去へ現在へと堂々巡りを繰り返す。そしてやっぱり自分の不甲斐なさへと辿り着く。
でも。と、義勇は少しだけ不貞腐れた気分で眉を寄せた。
自分がこんなところで一人苦しんでいる原因の一端は、あの二人にもあるのだ。ちょっとぐらいは反省してほしいと思ってもしかたないだろう。
入館して、ウェアとロッカーのキーが着いたリストバンドを受け取ったのは、二時間ほど前のこと。思い返して、あのときにはこんな羽目になるとは思わなかったのにと、義勇はまた小さくため息をついた。
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作品名:ワクワクドキドキときどきプンプン 2日目 作家名:オバ/OBA