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ワクワクドキドキときどきプンプン 2日目

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 悲しんでほしいような、悲しまずにいてくれてよかったような、複雑な気分だ。炭治郎の視線に気づいたのか、義勇が炭治郎をじっと見た。ぽんっと炭治郎の頭に置いてくれた手から感じたのは、やさしく慈しんでくれる温もり。
 慰めてくれているのだろうか。それだけでうれしくなる炭治郎だけれど、でもよけいに残念な気持ちは大きくなってしまう。
 錆兎や真菰みたいに義勇が考えていることがわかるようになりたいのに、炭治郎が義勇と一緒にいられる時間はあまりにも少ない。しかたのないことだけれども、できることなら義勇の弟弟子になれたらいいのにと思ってしまう。

「あの、義勇さん。義勇さんは俺が弟弟子になったらうれしいですか?」
 立ち止まって思い切って聞いてみたら、義勇はちょっとだけ眉を寄せた。どうしよう困らせちゃったかな。思って、炭治郎が「今のはなし! ごめんなさい!」と急いで言う前に、義勇が口を開いた。
「煉獄の弟弟子になるのは、いいと思う」
 その言葉に炭治郎の眉がへにゃりと下がる。それをどう思ったのか、義勇は少し焦った匂いをさせながらうつむいてしまった。
 義勇にしてみれば、炭治郎が困るのなら道場にこだわる必要はないと思ったんだろう。とてもやさしい人だから、もしも残念に思ったとしても、我儘なんてきっと義勇は言わない。

 『お兄ちゃん』な炭治郎が、我儘を言わないのと同じように。

 わかっているけれど、それはやっぱり寂しい気がした。
 義勇に甘えたいのと同じくらい、義勇に甘えてもらいたい気持ちが、炭治郎の胸のなかにはある。

 それは炭治郎が『お兄ちゃん』だからなのか。炭治郎にはよくわからない。
 義勇のことが好き。大好き。それに間違いはないのだけれども、その『好き』はほかの人への『好き』とはちょっと違うような気がするのだ。
 炭治郎は誰のことだって好きだ。お父さんやお母さん。禰豆子たちや錆兎に真菰も。煉獄や宇髄、鱗滝のことだって好き。学校の友達や犬のハチ、ご近所のやさしい人たち、みんなのことが好きだ。
 だけど、義勇への好きは、なんだかちょっと違う。独り占めしたい好き。やきもちを妬いちゃう好きだ。

 そんな『好き』は初めてで、炭治郎はときどきちょっぴり不安になる。
 誰かに嫌われれば寂しいし悲しい。それでも、しかたないよなといつもは思えた。炭治郎が仲良くしたいと思っても、向こうが嫌だと言うならしかたない。いつか仲良くなれたらいいなと思いながら、仲のいい子にするのと同じように挨拶するし話しかける。

 だけどもしも。もしも義勇に嫌われたら。

 考えただけで炭治郎は悲しくてつらくて、泣きたくなる。嫌いにならないでと、好きになってと、泣き出したくなってしまう。しかたないなんて思えそうにない。
 義勇の特別になりたい。それがなぜなのかはわからないけれど。この気持ちがなんなのか、炭治郎はまだ知らないけれど。義勇のことをもっと知りたいと思う。義勇の一番傍にいたいと思う。義勇にだけは甘えたいし、自分にも甘えてほしかった。

 それはなんでかな。なんで義勇さんにだけなのかな。『好き』にはいろんな『好き』があるのかな。

 考えていたら、義勇がぽつりと言った。
「炭治郎が強くなりたいなら、煉獄道場のほうが通いやすい」
 さっきの一言では言葉が足りないと思ったんだろう。義勇は一所懸命考えながら言葉を探しているようだ。
「煉獄は、いい剣士だ。俺よりきっと強い」
 だから煉獄のところで剣道を習うのは炭治郎のためになる。義勇の口調は少しだけゆっくりだ。言葉を選び選び話している。たぶんだけど、炭治郎にきちんと自分の言葉で伝えるために。
 とてもうれしくて、ちょっとだけ寂しい気持ちがするのは、義勇の言葉には義勇の気持ちが含まれていないからだ。
 義勇は炭治郎のことを考えてくれている。それはとてもうれしい。でも、義勇が炭治郎の兄弟子になれないことをどう思っているのかは、教えてくれない。それが寂しい。
 きっとこれは自分の我儘だとわかっているのだけれど、義勇にも我儘を言ってほしいと炭治郎は思う。
 義勇がもしも炭治郎の兄弟子になりたいと言ってくれたなら、炭治郎はなにがなんでもお父さんたちを説得してみせるのに。どんなに大変でもちゃんと道場に通いつづけると誓える。
 でも、炭治郎だって我儘は言えないのだ。義勇が望んでくれないのなら、『お兄ちゃん』である炭治郎は、我儘なんて言えない。
 寂しいと思うのは、義勇への『好き』がみんなへの『好き』と違うからなんだろうか。
 わからないから、なにも言えない。炭治郎が黙り込んでしまえば、もともと無口な義勇とのあいだに会話はなくなる。

 お互いちょっとうつむいたまま無言で母屋に戻ると、宇髄と煉獄が、熾烈なジャンケンの真っ最中だった。
 いやもう本当に、熾烈としか言いようがない。ものすごいスピードであいこの応酬を繰り広げている。激しすぎる気迫とスピードは、なにかの稽古なんじゃないかと思うぐらいだ。
「どうして宇髄さんたちジャンケンしてるんだ?」
「風呂の組み合わせ決めてるんだ。どっちが禰豆子と入るかでもめてな。どっちも炭治郎と入るって譲らなくてこうなった」
 錆兎の呆れた声に、炭治郎は首をかしげてしまった。
 禰豆子はちゃんと肩までお風呂に浸かって百数えることだってできるし、シャンプーハットなしで頭だって洗えるのにな。なんで禰豆子より俺のほうがいいんだろう。それに義勇さんだっているんだし、絶対に煉獄さんたちと入らなきゃいけないってわけじゃないと思うけど。
 不思議に思っていたら、真菰も呆れたように言った。
「私と錆兎と義勇が一緒に入るでしょ? 鱗滝さんは最後に一人で入るから、炭治郎と禰豆子ちゃんには、宇髄さんと煉獄さんに分かれて一緒に入ってもらおうと思ったんだけど……炭治郎じゃなきゃ嫌だなんて我儘だよねぇ」

 あ、義勇さんと一緒に入るのは錆兎と真菰で決定なんだ。

 ちょっとしょんぼりして義勇をちらりと見たら、義勇も宇髄たちを見ながら首をかしげていた。きっと義勇もまったく疑問に思っていないんだろう。義勇と錆兎たちはいつでも一緒。それが三人の、いや、煉獄たちにすら不文律になっているに違いない。
「よっしゃぁ! 派手に俺様の勝ちだぁ!」
「くっ、読みが浅かったか……無念だ」
 ようやく勝敗がついたらしい。拳を突き上げている宇髄と、チョキを出したまま肩を落とした煉獄に、錆兎と真菰が呆れ返っている。よかったですねとも言えず、炭治郎はオロオロとするばかりだ。
「……禰豆子、お兄ちゃんと入る」
「え? どうしてだ?」
 悲しげな声がしてあわてて禰豆子を見ると、禰豆子はしょんぼりとうつむいてしまっていた。
「だって、煉獄さんも宇髄さんも、禰豆子と一緒は嫌だって……」
 クスンと鼻をすすり上げ、泣きだしそうに言う禰豆子に、煉獄と宇髄が一斉にあわてだした。
「嫌なわけじゃねぇぞ!? けど、ほらっ、禰豆子は女の子だろうが!」
「俺も宇髄も弟はいるが、妹はいないのだっ。女の子の扱いはよくわからなくてだな!?」
 二人とも焦っているのはわかるのだけれど、それがなんでなのかが、炭治郎にはよくわからない。