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ワクワクドキドキときどきプンプン 2日目

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3:杏寿郎



 スマホのアラーム音が静かな道場にピピッと響いた。パチリと目を覚ました煉獄は、一秒にも満たぬ素早さでアラームを止めると起き上がった。グッと伸びをすればすっかりエンジン始動だ。煉獄はいつだって目覚めがいい。布団のなかでぐずぐずとためらったりしない。
 時刻は午前六時。道場はすっかり朝の陽射しに満たされている。今日もいい天気になりそうだ。
 すぐに立ち上がり、畳んだ布団を道場の隅へと運ぶ。抱きあって眠る義勇と炭治郎に気づき、煉獄は思わず微笑んだ。本当にこの二人は仲がいい。
 んんっと炭治郎が身動いだ。きっともう起きだすだろう。義勇も目を覚ましそうだ。
 昨夜の出来事を思い返して、煉獄の微笑みが苦笑へと変わった。

 夕飯をとりながらの会話で、自分が失態を重ねていたことに気づいた煉獄は、少し反省したのだ。炭治郎はただ剣道をやりたいのではなく義勇と剣道をやりたいのだと、やっと気づいた自分の察しの悪さは、どうにも不甲斐ない。穴があったら入りたいぐらいだ。
 いつもならばそんなことはないと思うのだが、どうやら自分はかなり浮かれていたらしい。義勇の技を近くで見られた。炭治郎たちが自分と一緒に剣道をやるかもしれない。そんな喜びに浮かれてしまって、炭治郎の気持ちを察することができなかった。
 まだまだ俺も未熟だなと苦笑を深めた煉獄に、おはようと錆兎と真菰の声がかけられた。
「おはよう! いい天気だぞ!」
「……派手にうるせぇよ、寝起きから元気だな、おまえ」
 愚痴る声に振り向けば、宇髄も起き上がっていた。
「おぉ、すまんっ」
「地声がデケェからボリューム下げてもうるせぇ」
 起き上がりガリガリと頭をかく宇髄は、寝起きのせいか機嫌はイマイチに見えるが、言葉も表情もいたって軽い。言葉ほどには苛立ちを感じさせないから、煉獄も苦笑するのみだ。
 三々五々起きだす面々に笑って挨拶を返す煉獄の声は、やっぱり大きかったんだろう。義勇と炭治郎、禰豆子も起きだしてきた。
「煉獄さんと宇髄さんの髪、キラキラして眩しい……お日様とお月様みたいだね」
 ぼんやりとした声で言い、ふにゃんと笑う禰豆子に、煉獄は宇髄と顔を見合わせた。やたらと大人びている錆兎や真菰にくらべ、同い年でも禰豆子は年相応に幼く見える。ニコニコと寝ぼけ眼のまま笑う様の愛らしさに、煉獄の頬が自然と緩んだ。宇髄も同様なんだろう、いつもの斜に構えたシニカルさなどかけらもない、柔らかな笑みを浮かべている。
「禰豆子の髪も天使の輪がキラキラしてるぞ!」
 言いながら頭を撫でてやれば、禰豆子はいっそう愛らしく笑った。妹というのもいいものだなと、ほっこりとしていた煉獄の耳に、少し気遣わしげな錆兎の声が聞こえてきた。
「おはよう、義勇。昨日はちゃんと眠れたか?」
 日課なのだろうか。尋ねる錆兎に義勇がこくりとうなずくのを、煉獄もなんとなし凝視してしまう。ホッとして見える錆兎と真菰の顔は少しだけ切なく、胸がチクリと痛んだ。

 昨日の昼食で初めて知った義勇の少食ぶりは、夕食時でも変わらずだった。山盛りによそられた煉獄や宇髄の茶碗と違い、義勇は茶碗に半分だ。
 それっぽっちでも義勇にとっては限界なのだろう。大好物だという煮物を最初は少しうれしそうに食していたが、すぐに眉を曇らせていた。
 気づいた炭治郎が、昼と同様アーンと子供にするように食べさせていたのは、気遣わしくもじつに微笑ましい光景だった。仲がいいなと笑った煉獄と違い、宇髄や錆兎が生ぬるい眼差しをしていたのは少し気になったが、それはともかく。
 心配なのは食事量だけでなく、義勇は眠りも浅いうえ、たびたびひどくうなされもするらしい。就寝前に真菰がこっそりと教えてくれた。「夜中に起こしちゃったらごめんね」と、すまなそうに詫びられ、気にするなと笑いはしたものの煉獄だって心配だった。
 義勇が心に負った傷は、煉獄が想像するよりはるかに深く重いのだろう。いまだに食も進まない、眠りも浅いとくれば、スタミナが追い付かず稽古もままならないのは道理だ。一緒に稽古できないのはしかたないと理解していても、やっぱり残念だなと、煉獄は着替えながらチラリと義勇に目をやった。
 寝間着を脱いだ義勇の体は、自分はおろか文化部のクラスメイトたちと比べても、ずいぶんと薄い。煉獄の顔がわずかにしかめられた。
 ライバルやクラスメイトとしてだけではなく、義勇のことが心配だと思う。義勇がどう思っているのかは知らないが、煉獄からすればもう義勇は大切な友達だ。静かすぎる気配の義勇はどこかすべてを諦めているようにも見えて、なぜだか放っておけない。弟の千寿郎に対する感情に少し似ているかもしれない。無条件の慈しみを与えてやりたい気にさせられる。
 同級生の男子に対して抱くには不似合いな感情かもしれないが、不思議と義勇には、保護欲をかき立てられるのだ。それは義勇の事情を知ってますます深まった。
 いつか炭治郎のように、錆兎や真菰のように、自分も義勇と笑い合えたら、どれだけうれしいことだろう。思い願うけれど、義勇はまだ、煉獄や宇髄にはよそよそしい。自分達を見る瞳からは、ためらいや戸惑いが拭えずにいるのが見てとれた。

 このゴールデンウィークで、冨岡にちゃんと友達だと思ってもらえるよう、頑張らねば。

 決意を新たにした煉獄の耳に、明るい声が聞こえてきた。
「ねぇ、宇髄さん。スーパー銭湯ってなにを持っていけばいいの?」
「レンタル代がもったいねぇから、持ってくならタオルと着替えだな。シャンプーだのは、こだわりがねぇなら必要ねぇよ。たいがいのもんは備え付けのを無料で使えるからな」
 楽しみだねぇと真菰と禰豆子が笑い合っている傍らで、炭治郎もワクワクとした様子で義勇に向かい「義勇さんの髪は俺が洗いますね!」と宣言している。そんな子供たちを微笑み見ながら、煉獄も少しワクワクとしている自分に気づいた。

 それは昨夜の禰豆子の涙に端を発した小さな騒動。炭治郎たちが鱗滝道場に通えるかは、今日鱗滝が親御さんに相談してからの話なので保留のままだ。だが、義勇と風呂に入りたかったという炭治郎の小さな我儘は、宇髄が財布から取りだした割引券でひとまずの決着をみたのだ。

『ちょっと遠いがリニューアルオープンしたスーパー銭湯の割引券があるから、どうせなら皆で一緒に風呂に行くか』

 そんな言葉に子供たちが歓声をあげるさまは、たいへん微笑ましかった。
 せっかくのゴールデンウィークだ。稽古ばかりでは幼子――とくに見学ばかりの竈門兄妹には、やはり物足りないだろう。煉獄にとっても、義勇との友情を深められるなら、裸の付き合いは望むところである。
 全員で車に乗るのはさすがにむずかしい。駅からなら送迎バスがあるとの宇髄の言を受けて「それなら子供たちは車で駅まで送ろう」と鱗滝が言ってくれた。
「駅で待ち合わせて送迎バスで向かえばいい。君らは駅まで自転車で行ったらどうだ? わしの自転車を貸すぞ」
 その意見に、煉獄と宇髄はすぐに賛同した。煉獄家よりも学園の寮のほうが鱗滝家に近い。午前の稽古中に宇髄が自分の自転車を取りに寮まで戻り、義勇と煉獄は自身や鱗滝の自転車で駅に向かうこととなった。