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ワクワクドキドキときどきプンプン 3日目

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9:炭治郎



「こらっ、貞子大きな声出すなっ」
 あわてた様子で小さな女の子を叱った男の子が視界に入り、炭治郎はきょとりと目をしばたかせた顔を、すぐにパァッと輝かせた。
「玄弥だっ! 義勇さん、あの子が昨日禰豆子を助けてくれた玄弥です」
 突然の闖入者にも義勇の無表情は変わらない。けれどいぶかしんでいるのは確かなようで、警戒する匂いがうっすらとしていた。
「義勇さんを一緒に探してくれたんですよ」
 ニコニコ笑いながら炭治郎が報告した途端に、義勇の匂いがいつものやさしさの滲む淡い水の匂いに変わったのが、とてもうれしい。炭治郎の言葉を信じると、義勇の匂いが伝えてくれる。

「あれ? でもなんで玄弥がここにいるんだ?」
「おぉ! 君は昨日冨岡に茶をくれた人だな! 禰豆子を助けてくれた子供たちと知り合いだったとは、よもやよもやだ!」

 炭治郎と煉獄の快活な声が重なって、玄弥たちと一緒にいる宇髄が苦笑するのが見えた。
「俺もさっき知ったんだが兄弟だってよ」
「……キメ中の、不死川だァ」
 傷だらけの顔をした人が言うと、煉獄と錆兎の目が一瞬鋭く光った。さっきの義勇よりもっと警戒して見える。
 そういえば、義勇を探しているのもキメツ中学の人じゃなかったっけ。炭治郎が小首をかしげるのと、宇髄が面白そうに笑ったのは同時だった。
「おいおい、ここにいるのは全員不死川だろ? 紛らわしいからフルネームで頼むわ」
「チッ。不死川実弥。こっちは寿美だ」
 舌打ちする顔はちょっと怖いけれども、きちんと名乗ってくれるし、腕のなかの女の子の名前も教えてくれた。きっといい人なんだろう。宇髄が連れてきたのだし、警戒することなんてないですよねと言うように、炭治郎はにこりと笑って義勇をあおぎ見た。
 義勇が具合を悪くしていたときに、自分のお茶を義勇にくれた人がいたのは聞いていたけれど、まさか玄弥たちのお兄ちゃんだとは思ってもみなかった。
「あの人が義勇さんにお茶をくれた人なんですね。いい人ですね!」
 ニコニコ笑う炭治郎に、義勇も小さくうなずいてくれる。義勇の頭には炭治郎が編んだシロツメクサの花冠。白く可憐なそれは想像以上に義勇に似合っていて、炭治郎のドキドキは止まりそうにない。

「……うちの学校のやつらがアホなことしてるらしいけどよォ、俺はくだらねぇやつらとつるむ気はねぇし、おまえらが玄弥たちの知り合いなら、なおさらだァ。万が一そいつらがきやがったら、俺が片付けてやらァ」

 だから安心しろとそっぽを向いて言う実弥の顔は、少しだけ赤らんで見える。見た目はちょっと怖いけど照れ屋さんなのかなと、炭治郎が微笑ましく思っていたら、前田がパンパンと手を叩いた。
「はいはい、みなさん。とりあえず今のカットはOKです。さくさく撮っていきますから、見学の方はお静かにお願いしますね。ヒロインが登場するシーンは今日中に全部撮り終えないといけませんから、巻いていきますよっ」
 撮影のことしか頭にないのか、前田は実弥たちの登場など気にもかけていないようだ。
 次のシーンは義勇だけを撮るからと義勇の手を取ろうとして、錆兎に手を叩かれていたのはちょっぴり気の毒ではあるけれども、前田に触れられるのは義勇も嫌そうだったので、まぁしかたない。

 前田に指示され、木立に寄り掛かるようにして一人立たされた義勇は、どことなく不安そうだった。さっきのシーンは炭治郎たちと一緒に遊ぶだけで演技しなくてよかったが、今度のシーンは、セリフこそないものの言われたとおりに動かなければいけないらしい。
 演技なんてほどのものじゃないですからと前田は言うけれど、義勇にとっては十分むずかしい要求みたいだ。何度同じことを繰り返してもOKが出ないでいる。
「うーん、やっぱりなんだかぎこちないですねぇ」
 困り声で言う前田に申し訳なく思っているのか、それとも無茶を言うなと不満なのか、義勇はわずかに顔を伏せていた。頭にはまだ炭治郎が編んだシロツメクサの花冠。前田がやたらと気に入ったようで、すべてのカットで被ったままということになったのが、ちょっとだけ炭治郎には誇らしいような恥ずかしいような。
「木に寄り掛かっての人待ち顔からの~、待ち人に気づいて振り返りうれしそうに微笑む……のは、まぁ、なしでもいいですけど。いや、できれば笑ったショットは欲しいんですけどね。あの子に花冠を被せてあげたときみたいなのが。とはいえ、演技しなくていいって言ったのはこちらなんで、あまり無理は言えませんけど……うーん、相手がいないのが駄目なのかなぁ」
 言うなりくるりと振り向いた前田が、ずらっと並んで見ていた一同を順繰りに眺めまわしだした。
「おいっ、前田! 相手なら主役がいるだろうが。俺らを見んじゃねぇよっ!」
「え、あ、俺? う、うんっ、俺でよければ……」
 嫌そうに言った宇髄とは裏腹に、村田がブンブンと音がしそうなほどにうなずくのを無視して、前田はうーんと唸り続けている。視線も止まらない。
「宇髄くんには頼みませんから大丈夫ですよ……うん、そこの金髪の彼か、見学の彼にお願いしますかねぇ。村田くんよりは自然な表情を引き出せるかもしれません」
「はっ!? なんで俺なんだっ!」
 がっくりとうなだれる村田の隣にいた実弥は、目をむいて怒鳴ったものの、顔はやっぱり少し赤い。
「あれ? ヒロインの恩人じゃないんですか? 馴染みのない人が相手役じゃ自然な表情になりませんから、それじゃ金髪の彼のほうにしときますか」
「よもや俺か! 俺も演技なんてできんのだがっ!?」
「いえいえ、映すのはヒロインだけですから演技はいりませんよ。ヒロインに向かって歩いてもらうだけです。ちゃんと相手がそこにいるほうが、ヒロインも動きやすいでしょうから。お願いできます?」
 肝心の義勇の意思を確認することなく進んでいく話に、義勇の機嫌がだんだん下降していくのを感じたのは、炭治郎ばかりじゃなかった。錆兎と真菰はしかめっ面を見合わせているし、禰豆子も眉尻を下げて炭治郎を見上げてくる。煉獄もめずらしく困り顔だ。
「ねぇ、義勇に自然に笑ってほしいんでしょ? それなら炭治郎にやってもらえばいいじゃない。駄目なの?」
「俺?」
 真菰の提案にビックリしたのは炭治郎だけみたいで、義勇もどこかホッとしたように見える。けれども前田は駄目駄目と首を振った。
「僕もそこは真っ先に考えたんですけどねぇ、目線が合いませんから。この子だとどうしてもヒロインの視線が下に行くでしょ? 同じ理由で宇髄くんも却下です。視線が高くなりすぎちゃうんで。まぁ、ストーリー変更で、ヒロインの相手役は一切出さないことにしますから、多少は視線の位置を変えてもかまわないんですけどね。でもバランスを考えると、金髪の彼かキメ中の彼ぐらいがちょうどいいんですよ」
「俺マジで主役降ろされたのっ!?」
「いい加減あきらめろよ。こういうときの前田になに言っても無駄だって知ってるだろ?」
「竹内まで……主役だっていうから、昨日いつもより念入りにヘアケアしたのになんなんだよ、もう……」