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11：玄弥

　人のあまり来ない木立の奥にも、大きな怒鳴り声ははっきりと聞こえてくる。ずいぶんな大人数であるのがうかがい知れる喧騒に、貞子やことが怯えた様子で玄弥の足にしがみついた。
　実弥の強さを信じている。けれども、この喧騒はただ事じゃない。ひたひたと忍びよる不安に、玄弥はきゅっと唇を噛んだ。
「玄弥兄ちゃん……実弥兄ちゃん大丈夫かなぁ」
「大丈夫に決まってんだろ。兄ちゃんは誰よりも強いんだぜ？」
　怯えた目で見上げてくる貞子へと、どうにか笑い返してやったものの、心配なのは玄弥だって変わらない。いくら強くとも、人数が多ければ実弥だって苦戦するだろう。
「煉獄と宇髄もいるし、義勇も行ったから、そうそう負けることはないだろうけどな」
「まずいとしたら、人質をとられることだよね」
　錆兎と真菰がやけに真剣な顔でうなずきあい、玄弥に向き直った。
「人数が多い以上、誰かしらこっちに来る可能性は高いと思う。俺や真菰はともかく、おまえらは安全な場所に避難したほうがいい」
「炭治郎と禰豆子ちゃんも一緒に連れて行ってほしいの。ここから人のいる場所まで見つからないように抜けられる？　交番はまずいかなぁ。義勇たちまで補導されたら困るもんね。家に帰ったほうがいいかも」
　まるで自分たちは大丈夫と言わんばかりの発言に、思わず玄弥は眉尻を跳ね上げた。
「馬鹿言ってんじゃねぇぞ！　おまえらも逃げろよ！」
　二人が言わんとすることは玄弥にもわかる。たしかに自分たちがいては、実弥たちの不利になるだろう。けれどもそれは錆兎や真菰も同様だ。中学生はまだこの場に残っているが、頼りになるとは思えない。兄の代わりに自分がしっかりしなければ。チビどもを危ない目に遭わせるわけにはいかないではないか。
「俺たちは心配無用だ」
「やらなきゃいけないこともあるしね」
「真菰、それ、俺も手伝えるかな。義勇さんたちの手助けしたいんだ！」
　目をむいて叱りつけても、錆兎と真菰はどこ吹く風だし、とんでもないことに炭治郎まで残る気満々だ。あきれ返りつつも、玄弥はなおも言い募った。
「駄目だ。兄ちゃんに頼まれた以上、おまえらを放っておけるわけないだろ。だいたい、やらなきゃいけないことってなんだよ」
　この場において逃げる以上に重要なことなどあるのかと睨みつける玄哉に、錆兎と真菰はそろってニンマリと笑った。
「証拠がいるだろ？　こっちは喧嘩を吹っかけられただけの被害者だっていう、明確な証拠を押さえておかなきゃ、あとあと面倒だからな」
「宇髄さんが置いていったカメラもあるしね。てことで、えーと……」
　撮影を中断されておかんむりなのか不満げな眼鏡と、肩を寄せあい怯えた様子で怒鳴り声がしてくるほうを気にしている二人組を見やって、真菰がことりと小首をかしげた。
「カメラマンの人。えーと、竹内さんだっけ？」
「え、俺？」
「うん、あのね、あなたにもお願いしたいの。私たちも撮るけど、慣れてないから失敗するかもしれないでしょ？　だから、隠れて撮影してほしいんだけど……駄目かなぁ？」
　錆兎と真菰の発言に、呆気にとられたのは玄弥ばかりじゃなかった。怯えていた二人組も目をぱちくりとさせて驚いているし、眼鏡もどこか放心したようにパチパチとまばたきしている。素直に感心の声をあげたのは、炭治郎と禰豆子だけだった。
「そっかぁ！　前に宇髄さんが証拠を撮ってるって言ったら、いじめっ子たち逃げたもんな！」
「真菰ちゃんも錆兎くんもすごいねっ！」
「天元の真似するのはちょっと癪だけどな。でも、徒党を組んで言い逃れされると、場合によっては義勇たちが不利になる。前だってそうだったろ？　だから証拠は大事だ」
　小一らしからぬ不敵な笑みを浮かべた錆兎につづき、真菰もニコリと笑うと中学生たちに向かって手を合わせた。
「てことで、お願い！　安全な場所からでいいの。私たちが囮になるから、隠れて撮影して？」
「だ、駄目だよ！　そんな危ないことさせられるわけないだろっ！」
「そうだよ！　小さい子がそんなことしたら駄目だって！」
　お願いする真菰に、二人組が盛大にあわてている。反対する二人組には玄弥も同感だ。言葉の内容には納得するしかないけれど、いくらなんでも小一のチビどもが囮役を買って出るなんて、とんでもない話じゃないか。なのに、無言でなにやら考え込んでいたらしい眼鏡は、こともなげに軽くうなずくから驚いたなんてもんじゃない。
「うん、わかりました。囮うんぬんはともかく、撮影はしましょう。竹内くん、お願いしますね」
「えっ!?　前田、いいのか？」
　髪がサラサラしてるやつが飛び上がりかねないぐらいに驚いているのが、なんだか不思議だったけれども、疑問はすぐに解消された。
「だって、こんな機会めったにないじゃないですか。いつか使えるかもしれませんし、アクションシーンの素材として迫力あるのが撮れたらラッキーでしょ？　エキストラを雇うような費用はないですからね。タダで集団バトルを撮影できる機会なんて、そうそうないですよ？　はい、わかったら準備してください。あ、村田くんは小さい子たちを送ってあげてください。児童への暴行シーンはさすがにねぇ。使いどころがないですし、この子たちになにかあってヒロインに恨まれたら出演してもらえなくなりますから。ちゃんと家まで送り届けてあげてくださいね」

　なんだ、このゲスイやつ……。

　あまりと言えばあんまりな眼鏡の言い分に、呆気にとられたのは玄弥だけのようだ。竹内と村田はあきらめたように肩を落としているし、錆兎と真菰は冷めきった目をして眼鏡を見ていた。いや、就也たちもぽかんとはしているけれども、それはいい。こいつらはまだ、この手のゲスな思考に触れるのは早い。
「前田さん、手伝ってくれるんですか!?　やったぁ！」
「やったぁ！」
　手放しで喜んで、万歳している炭治郎と禰豆子のように無邪気すぎるのも、ちょっと……だいぶ、心配にはなるけれども。それはそれとして。就也たちを預けるのにこのゲス眼鏡でないのはいいが、村田という男もずいぶんと頼りなく見える。
「前田のことだからフィルム代渋って断るかと思ったのに」
「失敬な。この僕が、些末な費用をケチって先行投資を怠るように見えますか？」
　キラッと光った眼鏡が、なんだかイラっとする……が、まぁ、いい。理由はともかく利害は一致した。
「カメラの使い方教えろよ。俺が撮るから」
　錆兎や真菰よりはまだ自分のほうが危なくないだろうと思って提案したのに、二人はこともなげに笑って首を振るばかりだ。
「それは駄目。だって寿美ちゃんたちを守る人が必要でしょ？」
「この……村田さん？　って人だけじゃ、寿美たちの世話焼きながら敵に見つからないように逃げるのは、至難の技じゃないかと思うんだよな」
　どうだ、できるか？　と言わんばかりの視線を投げかけられて、村田という中学生が情けなげに眉を下げた。
「馬鹿にすんなって言いたいとこだけど……自信ないなぁ。俺、あんまり子守りとかしたことないし」
「喧嘩もしたことないだろ」
「うるさいよっ。竹内だって同じだろっ」
「はい、決まり。ね、玄弥はこの人たちよりももめ事に慣れてそうだから、ボディーガードお願い」