ワクワクドキドキときどきプンプン 3日目
にっこり笑って言う真菰は揺るがない。これはもう決定事項だと、笑みにたわめられた目が有無を言わせない光を放っている。
「……しかたねぇな。けど、無茶すんなよ。おまえらが捕まれば、兄ちゃんたちが困るんだからな」
「そんなへまはしない。竹刀も持ってきてるしな」
二ッと笑う錆兎は、弘たちと変わらない背丈――いや、ちょっとばかり錆兎のほうがチビか――だというのに、しっかりと男の顔をしていて。玄弥はとうとう苦笑した。
「おまえら本当に小一かよ。ま、いいや。炭治郎、禰豆子、こいよ」
寿美をしっかりと抱え直して声をかけた玄哉に、けれども炭治郎と禰豆子はふるりと首を振る。それを見て、錆兎と真菰の顔が初めてしかめられた。
「炭治郎、危ないやつらなのはわかってるだろ。家に帰ったほうがいい」
「危ないから残るんだろ。俺は長男なんだから、年下の錆兎や真菰を放って逃げるわけにはいかないよ!」
「禰豆子も! 真菰ちゃんたちと一緒に、ぎゆさんを助ける!」
危ないのは錆兎たちも一緒なのだ。そりゃ心配だろうけれど、炭治郎たちが残ったところで役に立つかといえば、甚だあやしいものだと玄弥も思う。錆兎と真菰も困ってしまっているようだ。
「まぁ、いいじゃないですか。炭治郎くんと禰豆子くんでしたっけ? 彼らには援護射撃をしてもらうのはどうです? 真菰くんも腕に覚えありと見ましたし、カメラを禰豆子くんにまかせて、ダミーとして撮っているふりでもしてもらいましょう。それを三人で守る。本命のカメラはあくまでもこっち。いかがです?」
意外なほどに物分かりよく言うゲス眼鏡……前田とやらが、味方について、炭治郎と禰豆子の意思はますます固くなったようだ。余計なことをとでも思っているんだろう。錆兎の眉間に盛大なシワが刻まれている。
真菰はといえば、錆兎よりは思考が合理的なのか、さっそく前田の案を検討しているらしい。真剣な顔でなにやら考え込んでいた。
「どっちにしても、時間はねぇぞ。誰かきてからじゃ逃げるのはむずかしくなるからな」
うながせば真菰の意思も固まったようだ。うん、とひとつうなずいて、ビデオカメラを禰豆子に手渡した。
「禰豆子ちゃん、危なくなったらすぐに逃げるんだよ。つかまったら全員アウトだから、責任重大。頑張って!」
「うんっ!」
「おいっ、真菰!」
拳をにぎりしめてきっぱりとうなずく禰豆子に対して、錆兎はといえば驚きをあらわにあわてている。錆兎や真菰は自分の身を守れるだけの自信はありそうだけれど、この反応を見ると、炭治郎や禰豆子は就也たちと同じく普通の小学生に過ぎないんだろう。玄弥はちょっぴりホッとした。
すごいやつらだとは思うけれども、自分よりもチビがこんなにも度胸が据わって、大人びたことばかり言うのはどうにも慣れないし、なんだかいたたまれない気すらしてしまうのだ。
「止めても意地になるだけだろ。あきらめろよ、錆兎。それよりも、炭治郎と禰豆子も竹刀持ってるけど、ちゃんと使えんのか? 自信がねぇなら、ほかになんか武器になるもん用意したほうがいいんじゃねぇか?」
「それなんですけど、撮影用の小道具に加圧式のウォーターガンがありますよ。それ使ったらどうですかね。この後に使う予定だった血のりも用意してありますし、水の代わりに使えば目つぶしにもなるんじゃないですか? 荷物になるだけかと思いましたけど、多めに持ってきておいてよかったです」
一体今日は何回呆気にとられればいいんだか。前田の言葉に、思わずため息をついた玄弥と同じく、錆兎と真菰もあきれ顔だ。とはいえ、その申し出がありがたいのに違いはない。いち早く我に返った真菰が強くうなずいた。
「前田さん、それ炭治郎でも使えるんだよね?」
「本格的とはいえオモチャには変わりないんで、大丈夫でしょう。とはいえ、水を満タンに入れたらそれなりに重いんで、しっかり踏ん張ってくださいね。加圧式なんで引き金を引くだけじゃ水が出ないのが難点といえば難点ですけど、射程距離が長いから間合いをとればなんとかなるんじゃないですか。やたら無駄打ちすると、給水できなくて無用の長物になっちゃいますから、気をつけてください」
「わかりました!」
元気に返事する炭治郎に、錆兎もようやくあきらめる気になったらしい。ハァッとため息をつくなり、ガシッと炭治郎の肩をつかんだ錆兎のまなざしの強さに、はたで見ている玄弥のほうがごくりと喉を鳴らしてしまう。
「……援護を任せるぞ、炭治郎」
「うんっ! 一緒に義勇さんを助けようっ!」
「おぅっ!」
そうと決まればと、あわただしく準備に入る。
一足先に前田と竹内はよさげな撮影場所を探しに行き、残る村田はといえば、本人も頼りにならないと思われている自覚があるのか、錆兎や真菰の指示に従っている。泣き言をもらしたり一人で逃げ出さないところをみると、それなりにいいやつなんだろう。ちょっぴり愉快な気分になりつつ、玄弥も小道具を置いていたテントを手早くたたんだ。
オロオロと見守るばかりだった就也や弘も、貞子やことも一緒になって撮影用の荷物をまとめたり、ウォーターガンに血のりを入れたりを手伝ううちに、喧騒がますます激しくなってくる。
だんだん声が近づいてきている気がするのは、不安のせいばかりじゃないようだ。先日禰豆子が話してくれた『ぎゆさん』とかいう人が加勢に行ったとはいえ、四人対多数じゃ、押されているのかもしれない。錆兎たちは信用しているみたいだけれど、女みたいに細っこい人だったし、兄ちゃんの足を引っ張ってないといいけど。玄弥の不安は尽きない。
「これでよし。持っていくのは厳しいからな。しっかり隠しておけば大丈夫だろ」
どうにか木の上に小分けした荷物をくくりつけて、錆兎と真菰が顔を見あわせうなずきあう。準備完了。玄弥が手伝えるのはここまでだ。
「兄ちゃんには、俺らは家に帰ってるって伝えてくれよ。下手にどっかで待つよりは危なくねぇと思うから」
「わかった。ちゃんと伝える。ありがとうな、玄弥」
グッと拳を突き出して言う錆兎に、思わず笑う。
「おう。……気をつけろよ」
ニヤッと笑い返してくる錆兎につづいて、真菰や炭治郎たちも拳を向けてきた。玄弥も小さな拳に向かって自分の拳をあわせる。我も我もと皆の真似をする就也たちに笑い、輪になった一同をながめまわした錆兎がすっと顔つきを改めた。
「行動開始だっ!!」
「おぅっ!!」
ダッと駆けだす錆兎たちの背を見送って、玄弥は小さく苦笑した。
まさかこんな騒動に巻き込まれるとは思いもしなかったけれど、忘れられない休日になったことに違いはない。とはいえ、これで終わりじゃない。ここからが、玄弥たちにとっての正念場だ。笑い話で終わるには……楽しかったよと実弥に笑ってやるには、自分たちが足を引っ張るわけにはいかないのだ。
「村田さん、だっけ? 悪いが万が一のときには貞子かことを抱いて逃げてくれ。寿美を抱っこして、どっちかおんぶするにしても、三人はさすがに俺一人じゃ無理だからな」
おまえらは気張って自分で走れよと、就也と弘に向かって言えば、二人もニィッと笑って「当然!」と元気に返してくる。まだまだ幼いと思っていたけれど、頼もしいかぎりだ。
作品名:ワクワクドキドキときどきプンプン 3日目 作家名:オバ/OBA