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ワクワクドキドキときどきプンプン 3日目

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 疑問に思う間もあらばこそ、敵の隙を見逃さず、義勇の竹刀の柄《つか》が相手の腹に勢いよくめり込んだ。うめき声とともに手が離れたと同時に、くるりと身をかわすのにあわせしたたかに脇腹を打ち据えた義勇が、男が膝をつくのを認めることなく炭治郎たちの元へ向かう。
「……なるほど、名前は禁止ってわけか」
 敵を投げ飛ばしながら笑い交じりに言う宇髄の声が聞え、煉獄もなるほどとうなずく。
 たしかに、まだこいつらは賞金首の男子中学生『冨岡義勇』と『華奢な美少女』にしか見えない目の前の義勇を結びつけたわけではないだろう。わざわざここにいるのが探し人だと知らせてやることはない。こんなときでも抜かりない錆兎たちに、煉獄の顔にも笑みが浮かぶ。
 なんとも将来有望なことだ。動揺が治まれば、やはり胸を占めるのは高揚感ばかり。
 義勇を追う敵を打ち据えてキッと周囲を見まわせば、なにも言わずとも以心伝心、宇髄は子供たちのもとへ向かった義勇を庇う位置へと近づいている。不死川も煉獄や宇髄の動きを悟ったのか、じりじりと義勇たちの前に移動しつつある。
 人質にとられて一番厄介なのは『賞金首』本人である義勇だが、当の義勇にとってはなにをおいても守るべきは子供たちだ。禰豆子がカメラをかまえている理由は、以前の宇髄と同様だろう。おそらく真菰が指示したに違いない。
 ならば、禰豆子を守る錆兎と真菰。その前で盾になる義勇。炭治郎はその援護射撃というのが、真菰たちが決めたフォーメーションだろう。煉獄たちは全体のバリケード役というところだろうか。
 望むところだ。あの恐るべき子供たちに見込まれたのだと思えば、闘志もわく。
「知ってるんだからねっ! あなたたち、お金で雇われたんでしょっ!! あんなやつの言いなりになるなんて情けないと思わないのっ!」
「首謀者がろくでもない卑怯者だってことも、こっちは先刻承知だっ! 首謀者がキサツ中のやつだってことも、おまえらがキメツ中だってことも調査済みだからな! 言い逃れはさせないっ!!」
 声を張り上げる真菰と錆兎に、さらに煉獄は笑った。意図がわかるだけに、愉快な気にすらなる。
 きっと言質を取るつもりなのだろう。この場だけでなく、後顧の憂いをも断つ気なのだ。
「まったく頼もしい子供たちだっ!」
「そりゃ同感しなくもねぇけどなっ、とはいえ長引かせるわけにはいかねぇぞ!」
 言いあうあいだも、炭治郎の援護射撃の赤い水が飛んでくる。ただの水と違って目つぶしにもなっているから、アシストとしては十分すぎるほどだ。
「俺様が作った血のりだな、ありゃ」
 愉快そうに笑いながら向かってきた相手の腕を取り、足払いをかけて地に沈めながら宇髄が言う。なるほど、映画の小道具か。たぶんあの水鉄砲も小道具なのだろう。いったいなにに使う気だったのかは、さっぱりわからないが。
 ともあれ、フォーメーションが整ったことで、義勇の矜持を傷つけることなく体力温存もさせてやれる。あとは収束させるタイミングだ。やつらがうかつに事の起こりを口にすれば、証拠としては十分。これだけの騒ぎだ。そろそろ通報されてもおかしくない。警官なり公園の管理者なりが駆けつける前に、こちらも退散したほうがよかろう。
 重要なのは、これだけの戦力差でも痛手を与えられなかったという、強烈な印象を植えつけること。はした金では割に合わないと、しっかり覚え込んでもらわねば。
「うるせぇなっ、このクソガキッ!! 一人痛めつけるだけで十万だぞ!」
「キサ中のあの馬鹿のことなんざ知るかっ! ただの財布だからなぁ!」
 錆兎たちに煽られて、いきり立ちながらわめく輩の察しの悪さに、思わずあきれる。が、その単純さがこちらとしては有り難い。
「馬鹿じゃないの!? 十万なんて、その人数で分けたら私たちのお小遣いと変わんないじゃない!」
「テメェこそ馬鹿か! 一人十万に決まってんだろ!」
 嘲笑う言葉に煉獄が驚くより早く、悲鳴のように上ずった声が少し離れた場所から聞こえた。
「そんなこと言ってない!! 全員に十万ずつなんて無理に決まってるだろっ!!」
 咄嗟に声が上がったほうへ目を向ければ、見覚えのある顔が狼狽をあらわに及び腰になっていた。
「おいっ! アレが首謀者かァ!!」
「おうっ! たぶん、情報が回って高みの見物のつもりだったんだろうぜ!」
「なるほど! 卑怯者の考えそうなことだ!」
 ちらりと振り向けば、禰豆子のカメラがしっかりと義勇の元クラスメイトがいるほうへ向けられていた。確認せずとも錆兎と真菰の唇がニィッとつり上がっているのが見えるようだ。
「アァッ!? ざけんな、テメェ!! こんだけ人数集めて十万ぽっちで足りるわきゃねぇだろ!」
「そんな……ふざけんなはこっちのセリフだろ!! 十万ずつなんて、そんな馬鹿な話あるかよっ!!」
 まだ余力を残している新手の怒鳴り声に、必死に言い返してはいるものの、遠目にも義勇の元クラスメイトが怯え切っているのがわかる。
「仲間割れかァ? つくづくくだらねぇなァ」
「同感だ! しかし、これでこの馬鹿馬鹿しい騒ぎも終わりそうだな」
 こいつらの怒りの矛先が首謀者に向かえば、こちらとしてはこれ以上乱闘する意味はなくなる。しかし、煉獄の思惑は早計に過ぎたようだ。
「おいっ、おまえらはそいつ押さえとけ! 金出させるまで逃がすんじゃねぇぞ!」
「テメェらは、俺らが相手だ。ここまでコケにされてただで逃がすと思うんじゃねぇぞ」
「賞金はもうどうでもいいけどよ、そこのきれいなネェチャンだけは置いてってもらわなきゃなぁ」
 品性の欠片もない嘲笑に、ぶわりとわき上がった殺気が煉獄の総身を包む。それは煉獄だけでなく、宇髄や知り合ったばかりの不死川も同様だ。見えずとも、錆兎や真菰の形相も般若のごとくになっていることだろう。無反応なのは、ネエチャンという言葉と自分を結び付けられない義勇と、意味合いにピンときていない竈門兄妹だけだ。
「……おい、ここらで引いたほうが身のためだぜ? ただの喧嘩で済むうちにな」
 嫌悪や怒りを抑えた宇髄の静かな声にも、残るやつらが引く様子は見られない。
 馬鹿なやつらだとつくづくあきれ返るが、それ以上に煉獄は、怒りが抑えきれなかった。こんなにも怒りに燃えるのは生まれて初めての経験だ。金で人を傷つけんとする心根だけでも愚かとしか言いようがないが、曲がりなりにも雇用関係を結んだ責任を果たす気もなく、ましてや婦女子――と、思い込んでいるだけだとしても――に対してなにをする気でいるのだか。考えるのもまっぴらだと、煉獄は、下卑た笑いを浮かべて近づいてくるやつらを睥睨した。
「ここまでやられてもまだ実力差を理解できないとは、呆れ果ててものも言えん! 言葉で伝わらないなら、その頭に嫌というほど覚え込ませてやるまでだ! 我が剣に叩き伏せられたいやつはくるがいい!!」
 晴眼のかまえをとり言い放てば、不死川もパンッと右の拳を左の手のひらに打ちつけて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。笑みというにはあまりにも殺気立っているけれども。
「おい……俺の拳を受けたことがあるやつァ、いんのか? もう一度食らいてぇならこいやァ」