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ワクワクドキドキときどきプンプン 3日目

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 途端に腰が引けた輩が数名、じりっと後ずさりする。これが理想的な最終形だなと、煉獄は心に刻んだ。つまりは、手加減一切無用、だ。
「たぶん、あと十分ぐらいだ。それまで派手に持ちこたえろよ、おまえら。……まぁ、その前にマジモンがくるかもしれねぇけどな」
 不遜な態度で敵を眺めまわしつつ宇髄が口にした言は、煉獄には理解が及ばない。だが、決してこちらの不利になることではないはずだ。それぐらいには、煉獄は宇髄を信用している。だから、返事はひとつしかない。
「うむっ、心得たっ!」
「ケッ! 一人残らずぶちのめせばいいだけだろうがァ!!」

 煉獄と不死川の声が、戦闘再開の先駆けとなった。

 及び腰だったやつらは数の有利を信じたか、一斉に向かってくる。そのうちの何人かは、まずは人質をとるつもりか、義勇の背後にいる子供らへと走りよっていく。
 だが、十数人で徒党を組んで襲いかかるのならばともかく、四、五人程度がバラバラに向かおうと、義勇の敵ではない。しかも、後ろに控えるのは恐るべき子供たちなのだ。ともに鍛錬した煉獄の目には、錆兎と真菰の実力は十分知れるところである。雑魚が一人二人向かおうと、錆兎たちの相手をするには力不足だ。
 ましてや……。
 向かってきた敵へとしたたかに面を打ち込みながら、煉獄は飛んでくる赤い水しぶきに、思わず忍び笑った。

 炭治郎と禰豆子が背後に控えているのだ。義勇が負けるわけがない。

 それが証拠に、ちらりとうかがい見る義勇の剣は、先ほどまでよりも鋭い冴えを見せている。
 きっと、義勇の剣は守る剣なのだ。守るべきものがいてこそ、その真髄を発揮する。
 四方八方から聞こえてくる怒号。だが、悲鳴はひとつきりだ。子供たちのものでは、もちろん、ない。
 首謀者が捕まったのだろう。いい気味だなどとは思わないが、煉獄は、自業自得と切り捨てる。身勝手な逆恨みの末の暴挙の責任は、自分でとるがいいと、心のどこかで冷めた侮蔑がよぎった。
 炭治郎や禰豆子は、あんなやつでも不憫だと思いそうだが、煉獄はそこまでお人好しにはなれない。最優先事項は義勇の敵を根絶やしにすること。そのためならば、大事な愛刀を下賤なやつらをたたき伏せるのに振るうことも厭わない。
 少々思考が過激になっているな。少しばかり苦笑して、過激思想の最先鋒はと視線を移せば、義勇を相手にするより造作無いとでも思ったか子供たちに向かうやつらが増えていた。
 しかし、しょせんは有象無象の輩だ。真菰につかみかかろうとした男が、逃げるどころか同時に姿勢を低く踏み込んだ錆兎と真菰に脛を激しく打ち据えられ、悲鳴を上げて倒れ込んだのが見えた。しかも、とどめとばかりに錆兎の蹴りが股間に炸裂しては、たまったもんじゃないだろう。目にしただけの煉獄すら、思わず首をすくめたぐらいだ。
 あれは、痛い。つい気の毒に思ってしまうほどには、見ているだけでも、かなり痛い。
 おまけに、うずくまった背を次の攻撃の踏み台代わりに二人して踏みつけられては、文字通り踏んだり蹴ったりもいいところだろう。倒した敵を利用して飛び上がり、背の低さと腕力不足をカバーして同時に面を打ち込む錆兎と真菰に対しては、感心するよりほかないけれども。

 まったくもって、とんでもない子供たちだ。頼もしいことこの上ない。

 身を守る手立てを持たない禰豆子はといえば、カメラをどちらに向けたらいいのかわからないのか、しきりにキョロキョロとしている。だが、しっかりと足を踏ん張り、逃げる気はこれっぽっちもなさそうだ。
 あのビデオは見ているだけでかなり酔いそうだなと、苦笑しているそばから、煉獄の背後に迫っていた男の顔にふたたび赤い水流が命中した。
 加圧式の水鉄砲なのだろう。ガシャガシャとせわしなくグリップを動かしては、かまえて引き金を引く炭治郎の顔は真剣そのものだ。連射は難しいようだが、アシストのタイミングは悪くない。
 勘所がいいのだろうなと感心していれば、宇髄も同じことを考えていたらしい。乱闘中には不似合いな軽い口笛を響かせて、いかにも楽しげに笑いながら男を投げ飛ばしていた。
「あいつら派手にやるじゃねぇか!」
「うむ! あれなら冨岡も戦いやすかろう!」
 そう。義勇の剣は、鋭さを増しただけではない。錆兎と真菰への信頼が見える剣には迷いが一切ない。全員を一度に相手にするのは無理だと、悟ってもいるに違いなかった。自分の力量を低く見積もりがちであるのはたしかだが、この場においては冷静に、己が相手をすることができる限界を判断しているようだ。
 一人、二人と、一見取りこぼされた敵は子供たちに向かうが、義勇がわざと見せた隙にまんまと乗せられているだけだと、理解できているのはきっと味方のみだろう。連係プレーにおいては、あの三人にはとてもかないそうにないのが、少しばかり煉獄には悔しい。

 いつか、あんなふうに冨岡と肩を並べて戦う日がくるといいのだが。 

 いやいや、こんな事態が二度も起きてはいかんだろう。乱闘で少なからず自分も興奮しているらしいと、煉獄が冷静になるべく深呼吸したそのとき。
「おいっ、サイレン近づいてきてるぞ!」
「誰かマッポ呼びやがった!」
 逃げるぞと誰かが怒鳴った声に、禰豆子の悲鳴が重なった。

「お兄ちゃんっ!!」

 一瞬の気のゆるみが、喧嘩などしたことのない炭治郎には致命的だったのだろう。死角から回り込んだ男の手にとらえられ、ジタバタと足を揺らしているのが見えた。
「炭治郎っ!!」
 悲痛な声とともに義勇が駆け寄ろうとするが、男は炭治郎をしっかりと抱えあげ、炭治郎が持っていたウォーターガンを取り上げニヤニヤと笑っていた。
「こっちにくんなら、その危なっかしい竹刀置いてきな。こんなオモチャでも結構重さはあるみてぇだぜ? こんなんで殴りつけられたら、このガキがどうなるかわかんだろ?」
 体格の違いを見れば、拳どころか平手だろうと、炭治郎が怪我をする恐れは十分にある。プラスチック製とはいえ、仕込まれた水の重さも加えたなら鈍器と変わらない武器まで手にしているとなれば、義勇はもちろん、錆兎や真菰もそうそう手が出せない。
 煉獄たちが加勢に向かうにも、いささか距離が離れている。すぐ傍らにいる禰豆子では、手を出そうとすれば蹴り飛ばされるかもしれず、かえって危ない。
 形勢逆転。どうすればと歯噛みした煉獄の耳に轟いた怒号は、宇髄のものか。

「炭治郎っ!! 非常事態!!」

 怒鳴り声に、きょとりと炭治郎がしばたいたのがわかった。けれどそれは、数秒にも満たない。すぐに炭治郎は宇髄の言葉の意味を理解したのだろう。スゥっと一つ大きく息を吸い込み、次の瞬間には、思い切り男の顔面に頭を打ち付けるのが見えた。
「よっしゃぁ!! 派手にずらかるぞっ、野郎ども!!」
 炭治郎を手放した男の顔が血のりではない赤い液体にまみれているところを見ると、どうやら鼻血を噴いたらしい。さもありなん。あの頭突きの威力を、煉獄は身をもって知っている。
 義勇たちに向かって駆け出す宇髄に続いて走りながら、どうしようもなく沸き立つ心のままに、煉獄は大きな声で笑った。