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ワクワクドキドキときどきプンプン 3日目

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15:炭治郎



「義勇、はい」
 真菰から受け取った竹刀を、義勇は宝物を抱え込むみたいにギュッと握りしめていた。安心の匂いが強く匂ってくる。でも、炭治郎と違って鼻が利かない人でも、義勇が心底安堵していることはすぐわかるだろう。それぐらい義勇の表情には、めずらしくも感情がむき出しだ。
 竹刀は剣だから、大切にしなきゃいけない。道場で言われた言葉を炭治郎は思い出した。真剣に聞いていたからちゃんと覚えている。
「杏寿郎」
「おぉっ、ありがとう!」
 錆兎から竹刀を返された煉獄も、即座に自分の竹刀を点検しているけれど、竹刀を見る目は義勇よりずっとサバサバとしていた。煉獄にとっても愛刀であるのに違いはないだろうが、義勇ほどには執着していないのが見て取れる。

 あの竹刀、義勇さんの宝物なのかな。竹雄が瑠璃色のビー玉をすごく大切にしてるのと同じで、きっと義勇さんにとってあの竹刀は、大事な大事な宝物なんだ。

 思って炭治郎は、俺も大事にしなきゃと心に刻み込む。義勇の大切なものなら、炭治郎にだって宝物だ。当然、自分自身の竹刀だって大切にしなければならない。と、考えた炭治郎は、肝心な竹刀を置いてきたことを思い出した。
「あっ! 俺の竹刀どうしようっ! 花冠も全部置いてきちゃったし!」
「禰豆子のも! 真菰ちゃんにもらったのに、公園に置いてきちゃった!」
 二人の竹刀は、映画の小道具や衣装と一緒に、木の上にくくりつけたままだ。取りに戻ったら危ないだろうか。でも、明日まであのままというわけにもいかない。明日の朝だって練習はあるのだ。それに、花冠だって放っておいたらしおれてしまう。せっかく義勇が作ってくれたのに。
「安心しな。俺のツレが回収してっから、ちゃんと届けてくれるってよ」
「あ、そうだ! 前田さんたちは無事? あのね、証拠映像を隠れて撮ってもらってたの」
 宇髄の返答にホッとする間もなくつづいた真菰の言葉に、炭治郎も不安になる。そういえば前田たちが敵に見つからずに済んだとは限らない。玄弥たちだって無事に帰れたか不安だし、一人で残ってくれた不死川のことだって心配だ。
 そうか、まだまだ安心するのは早いんだ。顔をくもらせた途端に、大きな手でグシャグシャと頭をなでられて、炭治郎はわわっと声をあげた。
「派手に手抜かりはねぇよ。前田からは無事帰ったって連絡入ってたぜ。音声もばっちり撮れてるってよ。村田ってやつも、玄弥たちをちゃんと送り届けたあとで合流したらしい。不死川のほうも、派手に伝説更新だ。サイレン鳴らしてくれた連中が、あいつが追手全員叩きのめしてキメ学に手出し無用って宣言したのを見てる。こっちの根回しより、あいつの睨みのほうが効きそうだわ、こりゃ」
 スマホを見てたのは、それを確かめていたのか。ニヤリと笑う宇髄の顔には、もうさっきまでの切なさはどこにもない。いつもと同じ、人を食った飄々とした笑みだ。
「根回し? 天元、なんか企んでたのか?」
「んー? ま、ちっとばかり本職の方々に頼んで、馬鹿どもにお灸をすえてもらおうと、な」
「……どうやって? そんな人たちに頼み事なんかして、宇髄さんは大丈夫なの?」
 どういう事態なのかは、炭治郎にはさっぱりわからない。けれど、錆兎や真菰の厳しい顔つきからすると、宇髄が危ない目に遭うかもしれないってことだろうか。それは炭治郎だって嫌だ。いくら助けてくれるためでも、宇髄が危険ならやめてほしい。
「心配すんな。友達の友達ぐらいの伝手でも使いよう……ってな。遊び仲間のツレのツレのそのまたツレってぐらいのやつの親父さんに、紋々背負ってる人がいるだけで、俺は関係ねぇよ」
「その仲間って、どうせ女の子でしょ」
「チャラい……」
「チャラい言うなっ。悪い遊びしてるわけでもねぇぞ」
 錆兎と真菰も炭治郎と同じように乱暴になでられて、やめろってわめいてる。もう二人もいつもどおりだ。
「よかった、宇髄さんは危なくないんですね!」
「俺らはな。あの逆恨み野郎がどうなったかは、知らねぇけど」
「それはしかたなかろう。そこまで面倒を見てやる義理などないしなっ!」
 これ以上あいつに関知する気はないとキッパリ示した宇髄や煉獄の声は、炭治郎たちに対するのと違って、ひどく冷たく聞こえる。
 炭治郎は思わず膝をギュッと握りしめた。
 ハチや飼い犬たちをいじめていた人だ。義勇にもひどいことを言った。でも、そんな人でも傷つけられるのはかわいそうだと、炭治郎は思ってしまう。けれど。
 だからといって許せるかどうかは別だし、炭治郎になにができるわけでもない。仕返したいとも思わない。
 嫌だなと思う。なにも悪いことをしていない義勇を恨んでいた人も、お金が欲しいからと義勇を捕まえようとした人たちも、どうしてあんなことができるのか、炭治郎には理解できないししたくもない。あのいじめっ子は義勇に嫉妬したから、義勇を恨んだ。誰かを恨んだり欲張りになったりすると、こんなことになるんだ。大勢の人を巻き込んで、迷惑をかけて、誰かを傷つける。そんなのは嫌だ。嫉妬っていうのは、こんなにも怖い。
 義勇を見ていた不死川からふわりと香った『好き』の匂いを、炭治郎は思い出す。あのとき感じた苦しさは、たぶんヤキモチ。嫉妬はまだよくわからない。
 ヤキモチは、ちょっぴりうれしくて、恥ずかしい。大好きだから独り占めしたくてするのがヤキモチ。義勇はそう教えてくれた。不死川から好きの匂いがしたときに、炭治郎は、今までで一番強く義勇さんを取らないでと思った。だからあれは、ヤキモチだったんだろう。でももしヤキモチじゃなく、嫉妬してしまったら。そうしたら自分も、あのいじめっ子みたいなことをしちゃうんだろうか。
 ちょっと不安になって、炭治郎は義勇をそっと見た。炭治郎の視線にすぐ気づいてくれた義勇はことりと首をかしげて、やさしく頭をなでてくれる。
 炭治郎がなにを心配しているのかなんて、義勇はわかってないだろう。それでも、まだ誰よりも苦しそうな顔をしているのに義勇は、炭治郎を心配して大丈夫かとなでてくれる。

 このやさしい人を傷つけたくないから、大丈夫。それだけしっかりと誓っていれば、きっと自分はあんなふうには絶対にならない。やさしい手に、炭治郎は素直にそう思う。

 きっとあの人には、こんなふうにやさしくなでてくれる人がいなかったんだろう。大好きで大事な人が、誰もいなかったに違いない。でも、炭治郎は違う。
 炭治郎には禰豆子たち家族だけじゃなく、錆兎と真菰や、頼もしい煉獄たちもいる。間違えたら叱ってくれる人たちがいるのだ。それに。
 少し不安そうに眉を寄せながらもなでつづけてくれる義勇を見上げ、じわりと湧き上がってくるうれしさのままに、炭治郎はエヘッと笑った。

 炭治郎には、義勇がいる。大好きな、大切な、炭治郎のヒーローが。

 義勇にはきっと、炭治郎が笑いかけた意味も伝わっていない。でも、小さく笑い返してくれた。それだけで、炭治郎には十分。なにが起きたって大丈夫と思えるのだ。
「おっ? 前田から追加連絡。残りの撮影はいつできるかってさ。こりねぇなぁ」