天空天河 六
靖王の視線に、長蘇は昔を思い出した。
自分を護る、この強くて優しい眼に包まれる。
昔からそうなのだ、辛く苦しい時には、靖王のこの眼が守ってくれたのだ。
──馬鹿、景琰、そんな目で見るな!。
、、、、泣けてくる、、、。──
長蘇が先に視線を外した。
じわりと潤む瞳を、見られたくなかった。
長蘇は再び、話を始めた。
・┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈・
滑族が滅ぼされる直前。
滑族は、言われの無い罪を捏造された。祥嬪は簫選に、再審をするよう嘆願したが、元より滑族など、潰すつもりだったのだ。
祥嬪の願いは聞き入れられなかった。
祥嬪は覚悟を決め、滑族の元に戻り、共にこの梁と戦った。
滑族は抵抗したが、赤焔軍に勝てる筈も無く。
赤焔軍と戦った男と男児は皆、処刑され、女達は奴婢となった。
その奴婢の中で生き残っていたのが、玲瓏の妹 璇璣だった。
『魔』を持つ娘は、一代に一人という伝説だったが、どういう訳か、妹の璇璣にも『魔』が宿っていた。
璇璣は一族が滅ぼされるのを目の当たりにし、そのせいか、璇璣の『魔』は邪念の塊。
その璇璣を見つけ出し、利用しようとしたのが、夏江だった。
夏江は璇璣と契りを結び、『魔』の力を得たのだった。
・┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈・
「何っ!、謝玉では無く、、、夏江だと!!。
夏江が『魔』を得ていたのか?!。」
靖王は憤怒の形相だ。
「ふふふ、、、懸鏡司は、魔窟ですよ。
陛下の力を傘に着て、何をしているのだか。
謝玉の『魔』功は、夏江が与えたもの。」
そう言って、長蘇は笑った。
「璇璣公主は、一族を滅ぼした赤焔軍に、恨みを晴らしたかったのです。夏江と璇璣公主は、互いを利用していたのです。
謝玉なぞ、夏江の隠れ蓑に過ぎぬのです。
夏江の目的は、あの当時、懸鏡司を廃しようとしていた祁王を、亡き者にする事。
祁王とて、懸鏡司は廃しても、夏江や、あれ程の能力を持つ掌鏡司達は、取り立てた筈。
夏江の懸鏡司への執着が、祁王を死なせた。
祁王の生母は、林家の血筋。
赤焔軍の主帥である林燮の妹です。
祁王と林燮を結び付け、陥れるのは容易い。
林家の血筋は、逆賊として絶やされた。
璇璣公主の一つの目的は、果たされたのです。
璇璣公主のもう一つの狙い、、怨みの大元である陛下を亡き者にし、この梁を潰す事。
凡庸な者が、帝位に就くか、あるいは滑族の血を引いた誉王が帝位に就けば、滑族の怨みは晴らされる。
、、だが、、璇璣公主は、志半ばで、簫選の命を脅かすには及ばず、病死しました。
璇璣公主の怨みは、夏江にそのまま移り、今や、この大梁を蝕んでいる。
今では、夏江の野望は膨らみ、この大梁すら、掴もうとしているのです。」
「、、、、、。」
「夏江は『魔』を増幅させ、配下や兵士に、自分が作り出した『魔』を注入している。
それはもう、地方の軍にも及んでいるのです。
夏江の『魔』を受けた兵士は、一見何も変わりがないが、体内の『魔』が効力を出せば、兵士は痛みを感じず、怖い物も無い。その能力は、人の限界を超えており、恐ろしい兵士が出来上がる。
夏江の『魔』を受けた軍隊は、どんどん広がり、大きくなっているのです。
夏江は、陛下に忠実であるように見えますが、その実、陛下は夏江の言いなりと言ってもいい。
二人のやり取りは、夏江が陛下の裁定を貰っている形ですが、そう答えざる得ないように、陛下は操作されているのです。
赤焔軍討伐の誤りを隠す為、内情を知る、夏江と謝玉は陛下を脅している。
人であれば、間違いも犯し、朝臣ならば、誤りの罪を償えば良い。
だが天子なら?。天子に誤りは許されないのです。
最終的に、討伐の命を下したのは、陛下なのです。全ての責任は陛下に、、、。
今、手に負えなくなった謝玉と夏江を、陛下は疎んじ始めていた。そして二人も、陛下を、持て余し気味な筈。
夏江と謝玉の野望が果たされるには、言いなりになる、新しい皇帝を立てねばならぬのです。
国家転覆までは望んではいない。景宣の様な、凡庸な皇帝を立てるか、又は、滑族の血を引く誉王を立てるか。かつて陛下が禅譲をさせた様に、、、。
誉王ならば、死んだ璇璣公主と滑族が浮かばれるでしょう。
夏江が誉王を影で操る、姿無き滑族の天下を、靖王殿下はお望みで?。
そして今後は、夏江の『魔』功に操られる、『魔』の軍隊だけになるのも、時間の問題。
その軍が、この大梁を守るだけならばまだ良い。領土を近隣諸国に広げようと考えたら?。痛みも恐れも知らぬ『魔』軍ならば、可能でしょう。
だが、『魔』に操られる兵士とて、心の臓が止まれば、死んでしまうのです。
そして恐ろしいのは、『魔』の兵士が、この梁の人々に、その刃を向けたら、、、、。
滑族を滅ぼせと、陛下から命を受けた赤焔軍でさえ、武器を持たぬ女子は殺せなかった。
夏江の命だけを聞く、奴のの支配下の兵ならば、同じ国の民を殺す事に、躊躇は無く、女子子供も皆殺しにするでしょう。
消耗品としか扱われぬ兵士や、何万もの、この大梁の罪無き人々は、紙屑のように、消えていくでしょう。
『魔』と戦うならば、今しかないのです。」
じっと話を聞いていた靖王が、口を開いた。
「だから、謝玉を先に、、、。」
「ええ、先ずは謝玉です。先に潰すならば小物の方から。小煩い謝玉から、背中を刺されては困る。
そして夏江の『魔』力を奪います。」
「奪えるのか?。」
「奪わねば。
命まで取ろうとは思いません。殺せば奴が貶めた者と、赤焔事案が、闇に葬られてしまう。冤罪で苦しんだ者の、汚名を濯ぎたい。
どれ程の者が浮かばれましょう。
幸いにも、私には飛流がいる。
飛流もまた『魔』なのです。」
「飛流が!!、、、『魔』だと!!。」
「そうです。殿下は、飛流が、ただの武功の強い子供とは、思ってはいないでしょう?。」
「、、、確かに、、、。
、、、、だが、、、まさか、、、飛流が、、。」
「飛流の存在を、不安に思う事はありません。
人に善人悪人がいるように、『魔』だとて、全てが悪では無い。
飛流は悪に染まってはいない、赤子の様なもの。
飛流は、私を主と決め、私の命に従う。
飛流は、『魔』の中でも、特異な存在です。
この世の悪の全てが、『魔』のせいでは無い。
『魔』の中には、心に恨みや欲望を抱いた人間に取り付いたり、或いは、人に望まれて悪事に加担したり。
そのせいで、『魔』が悪だと思われているが。」
「、、、、。」
「幸い、飛流は悪では無く、私の望みの能力を持っている。
この機を逃さずに、一掃せねば、二度とこんな機会は巡っては来ないのです。」
「、、、飛流の能力とは?。」
「飛流は『魔』の功力を、吸収できる。
『魔』が放出する功力を、自分のものに出来るのです。
謝玉は怒りに任せ、全ての己の力を出した。
飛流はその能力で謝玉の力を吸収し、結果、謝玉は廃人の如き姿になったのです。」