天空天河 六
幕間4 聖なる夜
(もう一息)
「聖なる夜??。」
大晦日の夜。
街は賑わいをみせていたが、それに反して、ひっそりと静かな夜の、蘇宅の書房。
ちゃんと認めてはいないが、ほぼ正体を明かしたと言っていい長蘇と、靖王が、杯を傾け、酒を交わしている。
年の瀬は例年のように。外は雪が積もっている。
換気のために幾らか開けた扉からは、晴れてきんと冷えた夜の月光に、時折、舞う雪のひらが良く見えた。
巡防衛での役目を理由に、靖王は早々に、皇宮での宴を切り上げて来た。
普段なら「融通が利かぬ」と、皇帝や、皇太子景宣の吊し上げに遭う所だが。
謝玉の一件で、皇太子は後ろ盾を失い、大人しく座っているだけで。
皇太子に対抗する誉王は、今は謹慎と言う処分を受け、この宴には出席していない。
ひっそりと静かな宴に、小さな皇子や公主達が、可愛らしく振る舞い、場を和ませていた。
靖王は、皇宮を去り、大急ぎで靖王府へ戻り、地下通路へ。
珍しい酒を手に入れたが、父親には献上しなかった。
長蘇と飲み交わす為に、取っておいた。
靖王が皇宮での宴に出る事は、言わずとも、長蘇なら承知している。
だが、こんなに早く王府に戻って、蘇宅に行くとは、思っていないだろう。
━━酒の壷を持ち、蘇宅の扉から私が姿を現したら、長蘇はどんな顔をするだろう━━
と、思っただけで、靖王の心は踊った。
所が、長蘇は予見していた様で、驚きもしなかった。
長蘇は靖王が現れるのを、待っていた様子で、穏やかに笑い、迎えてくれた。
驚く長蘇の顔が見られず、残念な結果だが、心地の良さに、靖王の酒量は進んだ。
長い夜の小噺として、長蘇が西域よりも、さらに遠くの国の物語を、靖王に聞かせていた。
「遠い遠い、西の果ての国の物語だ。
今日は天の御子が、地上に産まれた日なのだそうだ。
天の御子は、厩で生まれ、飼葉の桶にねかされたのだそうだ。」
「天の御子??。」
「小殊、天とは、、、何を指すのだ??。
、、天下??。」
「うーむ、、、良くは分からぬのだが、、。
天下の事では無いと思う。天子とも違う。
、、、、民間でよく言われている様な、、天界の物語とか、、そういう『天』では無いかと、、。」
「天界!!。」
「御子は教の開祖になり、奇跡を起こし、人々を救ったと。」
「開祖?。
仏教でいう、仏陀のような者か?。」
「うーむ、、そういう事になるのだろうか、、な?。」
「、、、取り留めがないな。」
「仕方なかろう。
私も、又聞きの又聞きのようなものだ。
西域より更に西の国の話なのだ。
大晦日に近い日に、その開祖の誕生を、祝う日が有るのだろうだ。」
「ほう、、。
開祖を祝う日が。」
「教舎での集まりの後は、家族で集まり、御子の誕生した日を、祝うのだそうだ。」
「そうか、家族で、、。
我が国の、大晦日の様なものか。」
「あぁ、、、そうだな、、、。
大晦日は、両親や家族の安寧を祈り、皆、夜更けまで賑やかにしている。」
「我が国にも、様々な宗教が、入ってくるが。
異国の宗教はよく分からぬ。
、、、その御子は、どんな事を教えたのだろう。」
「何でも、『隣人を愛せ』と教えているとか。」
「隣人を愛す??!!!。
、、、まぁ、、私は小殊を愛してはいるが。ポッ」
「ポッ、、コホ、、多分そういう事では無い、、と思うが。
人を慈しむと言う事、、かな、、。」
「ん?、、隣人とは?、どんな??。」
「うーむ、、隣人とは、、隣の者、、、。誰彼問わずに、仲良くしろ、、と言う事か?。」
少し考え込む靖王。
「誰彼、、、?、、か??。」
「景琰、飛流は慈しめるだろう?。」
考え込む靖王に、話しかける長蘇。
「うむ、、飛流は可愛らしい。慈しめる。」
「あははは、、藺晨も慈しめよう?。」
「無理だ!、藺晨は無理!!。」
「あははは、、、、藺晨も、話してみれば案外、悪い奴では無いぞ。」
「む────ッ。
なら小殊、、お前、誉王はどうなのだ!。」
「誉王、、誉王か、、、。
、、、、努力、、すれば、、少しは、、むむむ。」
「努力したら、誉王を慈しめるのか!!。」
「かなり、、、努力しないと、、、、。」
「なら景宣なら?。」
「やめろ!、無理だ!!。」
「あはははは、、、。」
互いは盃を干し、靖王が感慨深気に言った。
「大きな宗教を興した御子ならば、開祖として、教徒に囲まれ、さぞかし幸せだったのでは。
人を慈しむ事を説き、人々を救ったのならば、きっとその御子を愛した者も多かったはず。」
「、、、それが、そうでは無い様で、、、。
どの国も似たようなもので、民衆を慈しむ者は、弾圧を受ける。
その御子は、罪人として、処刑された。」
「なんと、、悲愴な、、、、。」
長蘇の答えに、眉を顰(ひそ)めた。
「自分を処刑した者を許し、全ての人の罪を背負い、磔にされた。
それでも、御子は天に、生きる全ての人の罪の、許しを請い、死んでいったのだそうだ。」
「、、、小殊、、、。」
何故か景琰の目には、『魔』と戦う長蘇と、天の御子の姿が重なった。
神々しいまでの志を持ち、『魔』と戦おうとしている長蘇が、『魔』に敗れ、磔にされて晒される幻が見えた。
「景琰、、今、私と重ねたな。」
靖王の瞳の奥をじっと見て、長蘇が言った。
「、、、いや、、違う、重ねてない。」
「あはははは、、、景琰は嘘がつけぬ。」
「重ねてないッッッ!!。」
否定すれば否定するほど、苦しいのだが。
━━磔の小殊なぞ、認めるものか!!。━━
ムキになり、怒り出した靖王を、長蘇はなだめるしか無い。こんなくだらない事で、喧嘩したくは無い。
「景琰、分かった分かった。もう、分かったから、こんな事で怒るな。」
「、、たく、、もう、、、。」
「ほら、景琰、飲め、良い酒だ。」
「私が持ってきた酒だ。」
「あははは、、、。」
長蘇は、靖王の手中の盃に、なみなみと酒を注いだ。
「ぁぁ!、馬鹿、どうやって飲むのだ!。子供じみた悪戯は止せ。」
「クククク、、、。」
盃の酒を、零さぬようにそっと口に運ぶ靖王が、可笑しくて、長蘇の笑いが止まらない。
「私は飲み干した。小殊の番だ。」
「あっ、、景、、コラ、、。」
長蘇に無理やり盃を握らせて、その器になみなみと酒を注いだ。
「おい!、これをどうやって飲めと!!。」
「小殊が、先に仕掛けたのだろ!。
飲まずには済まぬからな。ふふふふ、、、。」
「うわっ、、、なんて大人気ないヤツだ。」
「子供じみていて結構、どうせ私は堅物で冗談も通じぬ。、、、ほら早く飲め!。」
「、、、分かった分かった。飲む、飲むから。」
長蘇は盃をそっと口に運ぶが、手が震え、幾らか盃から指先へ雫が垂れる。
その酒を、ぐっと口の中へ。
「、、、。」
無言で盃の底を見せ、飲み干した事を証す。
長蘇の口の中には、まだ酒があり、喋る事が出来なかった。
何度かに分けて、飲んだ。強い酒で、最後に飲み下した時、酒には強い長蘇でも、少し噎せた。
靖王は、長蘇の指に付いた雫に、悲しさを覚えた。