君が幸せであるように
「あのとき登録されたデータの中には研究のために水心子が折った多くの刀の詳細が含まれてしまっていて。水心子の主観データでは不確かだった個体も記述が多くの目に触れて情報が増えてね。最近多くの研究が立ち上がって同定が進んでいる。流石に刀剣男士として単独で顕現した刀はまだ発見されていないけれど、最新の同定情報が積極的に拡散されてるんだ。もちろん原本提供者は伏せられているけれど丸わかりだよね。折られた刀の兄弟刀や同僚刀たちが折った当人に負の感情を抱いてもおかしくない」
「最近の動向は把握してなかった。負の感情……」
研究結果と作刀技法を読めた嬉しさに気を取られて、折られたほうの心情に気づかなかった自分を恥じた。過去の水心子が作った記録がきっかけとなって憎しみを抱いた刀剣男士がいる。
「水心子が自分で報告すると言っていたからてっきり耳に入れているはずだと思っていたのに」
「いや、聞いていない。……水心子は刀剣男士の恨みを買った。でもそれは歴史人物を恨むのと変わらないぞ。嵌ると歴史修正主義者になってしまう」
「そう、僕たちの敵は恨みの成れ果てさ。身内の最期と中身を暴かれる苦痛を味わったならなおさら、正史を認識できなくなる確率が高い。そうして堕ちたって歴史を守る本能はそのままだから自分では止まれない。刀剣男士である以上同士討ちをすることはできないけれど、水心子が狙われるとしたら寝返ってから、だ」
「データ自体に制限が必要か」
「今回は受容体が限定されているウイルス感染のようなものだからね。彼らを刺激したくない。対策は要請しつつ僕たちがデータからできるだけ距離を置いてデータに更なる害意を与えるつもりがないことをアピールできるならそうしたい」
「了解。政府に報告して各本丸への周知とデータの個別支給端末へのダウンロード制限を要請しよう。とりあえずメンテ係は前任の陸奥守……は水心子と特命攻略中か。政府で協力していた南海先生も関係者と見たほうが万全かな。他を考える。それぞれの本丸の対処に期待するしかないな。メンタルケアが行き届いていればいいが」
「メンタルケア、ねえ」
「あるじさま。玄関に喚あり。第二部隊が帰還しました。部隊長以下重傷者多数。手入れ部屋に向かった部隊長七星剣より伝言。阿津賀志山本拠地敵時間遡行軍部隊編成、苦無3名高速槍3名」
「白山、手入れには全員札使用、回転数優先。国広がいたら手伝ってもらって。すぐ行く。っはは、検非違使だけじゃなく時間遡行軍も変則編成できるのか……」
編成を聞いて手を止めた清麿が目の色を変えながら口だけを開く。
「待ってくれ、主。検非違使だけじゃなく、ってどういう」
「全員槍の検非違使部隊に第一部隊が青野原で遭遇した」
「政府の編成妨害機構が働いていれば変則編成なんてできない。異常が複数で発生しているなら高確率でシステムがハックされてる。中傷コントロール機構が突破されていれば最悪生存がフルでも、初手で刀剣破壊される!」
「清麿、通信機動いてるか!? 第三部隊に緊急音声通信!」
「今やっている! 陸奥守! 直ちに離脱体制を……」
ザザッ……「っ、罠はどうだ……」
ザッ……「ス…シンシ、マ、ヒデ」
ザザザッ……「おまん、今何言う……」
ザッ……「キョウダイノ、ウラミ」
報告
報告者:■■国■■本丸No.■■■近侍白山吉光
■■■■年■■月■■日■■時■■分■■秒■■
■■国■■本丸所属No.■■■通称水心子正秀刀剣破壊
於放棄された世界文久土佐
別項にて部隊編成、装備、同水心子正秀バイタルデータの写し、緊急音声通信データの写し、3Dデータの写し、時間遡行軍交戦勢力詳細、部隊長報告書を添付。
固有残留物
同水心子正秀居住部にて内番着、同靴、和服、帯、帯締め、根付、マフラー、草履、日誌、未提出報告書、研究論文を確認。
上記を政府合祀舎へ移譲とする。但し紙文書はデータ化及び同データ送信のちの送付のこと。
以上
作品名:君が幸せであるように 作家名:さかな