天藍ノ都 ───天藍ノ金陵───
この格好が、都の女子に『受ける』とは思っていたが、ここまで『受ける』とは、、、。
衣の宣伝の筈が、長蘇の姿見たさに集まっている様だ。」
「女子に『受け』て、一体どうするのだ!。
何とかしてくれ、、、私は見世物じゃない!。
、、、、、、、はぁぁァァァ──、、、、。」
この騒乱を噂に聞いて、霓凰がどう思うかとか、靖王が変な誤解をするとか、何かと頭が痛くなり、長蘇、深い溜息。
「きゃ──────────────!!。」
「なんて麗しい溜息〜〜。」
「私が守るわ!。」
「大丈夫よ〜〜〜!!。」
「キャーキャーキャーキャー!!!」
馬車の周りは小さな騒乱状態だ。
長蘇、涙目で藺晨を睨む。
「オイッ、藺晨!!!、ドーシテクレルッッ!!、ナントカシロ!!!。」
長蘇の涙目に、藺晨の悪戯心が湧き出す。
「、、ワカッタ、、ワカッタ、、長蘇よ、この薬を飲め。何とかなるかも知れぬ。」
藺晨は、懐に入って小瓶から、赤黒い小さな丸薬を一粒取り出し、長蘇に手渡した。
「、、この、、薬を?。」
「良いか、口の中で少し溶かしてから、飲み込むのだ。」
「ん。」
長蘇は、薬を口に入れ、水筒の水を飲む。
「、、苦ッ、。」
急いで溶かして飲み込もうとしたが、長蘇は、あまりの苦さに、飲みきれず吐いてしまった。
「、、、ぐふっっ、、、。」
口元を抑えた、か細く白い指の間から、赤い液体が溢れた。
「きゃ────────────────ッッッ。」
「血を吐いたわ!!!。きゃ─────ッッッ。」
「きゃ──────────ッッッ。吐血ぅ!!!。」
「ぎゃ──────ッッッ!!!。病弱万歳!!!。」
観覧者、勝手な事を絶叫。
血のような物を吐いたにも関わらず、嬉しそうな藺晨。
「あー、、苦かったか。
苦丁茶に、生薬を加えて作った丸薬だったが。健康に良いんだ。
赤い色素があるから、口の中で溶かしたら、血に見えるかと、、バッチリだな。
まぁ、これは、口で溶かして飲む物じゃないからな。」
しれっとほざく藺晨。
「なにぃ───ッ!。ワナワナ」
「だが見ろ、この観覧者の喜ぶ様を。
いい事したな、長蘇。」
女子達が吐血で更に騒ぎ出し、後ろでぞろぞろと歩いていたのが、馬車の前の方にも押し寄せて、馬車は、身動きが出来ない状態になった。
トンッ。
その時、馬車の屋根に、誰かが乗った。
「誰だッ、刺客か!!!。」
藺晨に緊張が走り、叫んだ。
屋根の上には、黒衣の覆面の男が一人。
「明るい時分のこの騒ぎに、刺客とは!!!。」
馬車の座席から立ち上がり、長蘇を守るべく、藺晨は軽功を使い、颯爽と馬車の屋根に乗る。
藺晨は、鉄扇で応戦し、素手の刺客と何手か、手を合わせる。
刺客は、中々の手練れだった。
「内功の強い奴だな!。くそッ、誰の手先だ!!!。」
刺客の鋭い攻撃を、藺晨が躱したり、藺晨の鉄扇が、刺客の首を掠(かす)めたりと、際どい攻防が繰り広げられる。
狭い馬車の屋根、藺晨が踏み外しそうになり、その一瞬の隙を、刺客が突いた。
刺客の内功が、掌から藺晨の胸に。
「ぐぅ、、ッ、、。」
藺晨は、崩れかけた体勢を踏ん張り、後方に飛び、馬車の側に店を構えていた、屋台の上に乗った。
「くそッ。」
藺晨が気を落ち着け、体勢を整えた時だった。
刺客は、屋根の上から、馬車の中に居る長蘇を引き上げた。
そして刺客は、そのまま、長蘇を抱えて、軽功で、通りの建物の屋根の上に飛んだ。
刺客は長蘇を連れて、屋根伝いに、走り去って行ってしまった。
「長蘇────────」
連れ去られる長蘇の衣は、風を孕み、美しく風に翻(ひるがえ)っている。
「───────ッ、ッ、、、ぁぁ、完璧な衣!。」
遠ざかる長蘇の衣に見とれながら、『我ながら、良い衣を作った』と、藺晨は思った。
「きゃ───────────ッッッ!!!。」
「刺客が拐って行ったわ!!!。きゃ─────ッッッ!!!。」
「麗しの君が、刺客に抱えられて───!!。
いゃ〜〜〜ん、素敵〜〜。」
「何処へ行ったの??。」
「私達も行きましょう!!!。」
「麗しの君と、あの逞しい刺客がどうなるのか、見届けるのよッ!!!。」
観覧者達は、あっという間に、長蘇と刺客が、去った方角に、騒々しく走って行った。
嘘の様にがらんとした通りには、馬車と藺晨。
藺晨は、屋台の屋根から飛び降りて、扇子で扇ぎながら馬車へと近付く。
「黎綱、、主が拐われたというのに、随分と落ち着いているじゃないか。
、、、、それにしても、長蘇は、刺客に自ら手を伸ばして、自分から拐われた様に見えたのだが、、、。
これは気のせいか?。」
黎綱は、主が連れ去られたというのに、慌てるでも無く、落ち着いていた。
「ぁ〜、若閣主、気のせいでは無く、多分、正しいかと、、。
刺客は、靖王殿下でしたからね。
靖王殿下は、この騒乱から、宗主を助けたのかと。」
にこにこと、機嫌よく答える黎綱。
「は????、、靖王だと???。」
「ほら、巡防衛が来ましたよ。」
遠くから、馬の蹄の音がして、烈将軍が率いる巡防衛の一団が、藺晨達の馬車に近づいてくる。
それを見た藺晨が、一つ、溜め息を洩らす。
長蘇を追いかける必要が、無いと分かって、安堵したのだ。
そして、衣の埃を、閉じた扇子で軽く叩(はた)いて言った。
「まぁ、憂える美しい者が、刺客に拐われる、とか。観覧者にとっては、最高の劇的な見世物だったな。
じゃ、黎綱、あと、よろしく。」
そう言うと、藺晨は軽功を使い、長蘇が去ったのとは逆の方に、飛んで行ってしまった。
「若閣主ぅ───!!!、
それは無いですよぉ───!!!。
ズルい〜〜〜!!」
黎綱の叫びとは対照に、藺晨は笑いながら、軽功で飛び上がると、通りの店の屋根を越して、去って行った。
雲ひとつ無い空に、藺晨は、軽々と飛んで行った。
紺碧の空に、藺晨の衣も、優雅に翻る。
今日の金陵は、清々しくも晴れて暖かい。
天藍の空の下、金陵には穏やかな刻が流れる。
作品名:天藍ノ都 ───天藍ノ金陵─── 作家名:古槍ノ標