天藍ノ都 ───天藍ノ金陵───
更に靖王の表情が、険しくなる。
──オイッッッ !!!。──
「、、、好き、、ではなく、、。」
──、、景琰、、嘘、、、だろ、、
、、、私が、嫌いだったと、、?。
、、、まぁ、、景琰に嫌な事も散々したが、、。
それは景琰だからであって、、、。──
考え込む靖王。
心中、穏やかでは無い長蘇。
──、、、景琰、、そんなに考え込まれると、、
、、、、正直、落ち込むんだが、、。
揺るぎない友情だと思っていたのに、、私の独り善がりだったのか。──
「、、、、好きとか、そういうのではなく、、。
友は、好敵手でであり、師だとは言ったが、、。
改めて好きかと言われると、、、。」
──、、、も、、もういいから、、景琰。
、、、もう言わないで、、。──
「、、何だろう、、非常に大切な存在で、、側にいるだけで、力が湧くというか、、。
友、と言いつつ、そんな言葉を超えている存在だった。
、、、私の、背中を預けられる存在、、、、と、言うのが正しい、、かな、。」
──、、、、え?。──
武人が、『戦場で背中を預ける』という意味は、信頼以上の情を指す。
身も心も、全てをその者に委ねる、何があろうと信じ切る、そういった意味を持つ。
「、、ぁ、、、蘇先生は、、書生だったな、、。
その、、、武人のそういう感じを、分かってもらえるだろうか、、。
、、ぁぁ、、だが、、、、分かりにくいだろうか、、ワカリニクイヨナ。」
──景琰、、。
お前、、離れてる間に、少し卑怯になったな。
ここでそれを言われたら、、。──
じわりと長蘇の胸が熱くなる。
うっかり、涙腺が緩む。
「ぁ?、、、蘇先生?、、どうかしましたか?。
変な話で、呆れましたか?、、、ハハ。
、、、、、ぇッ。」
靖王は、長蘇の眼が潤んでいるのを、見逃さなかった。
──不覚だ。景琰の話に泣くなんて、、。──
「、、、、失礼を、、その、、靖王殿下のお話に、感動してしまいまして、、、。
私は武人ではないですが、、その、、、、ぁッ。」
震える声を、平常に保とうとしたが、長蘇の瞳から、大粒の雫が零れた。
長蘇は大急ぎで、袖で拭ったが、もう靖王には隠せない。
「、、。」
長蘇はそれ以上、言葉が継げなかった。
靖王は長蘇に分かってもらえたと、珍しく嬉しそうな表情になる。
「蘇先生に分かってもらえて嬉しい。」
そう言った靖王の表情は、優しさに満ちている。靖王の深き傷が、束の間、痛みを忘れた。
「いつの日か、蘇先生に友を会わせたい。
フフフ、、。」
「はい、靖王殿下のご友人に、お会いしたいです。」
「三人で、酒を酌み交わしながら、語り合いたいものだ。
蘇先生に劣らず、友も博識だ。二人が、どのような論説をするのか、楽しみだ。」
ふと、靖王が北の方角を仰ぎ、言った。
目を細め、北に流れる、鳳凰の尾羽の様な白雲を見る。
どこか懐かしむ様な、切なげな表情をする。
「、、、友は、今は私の知らぬ所に、、、。
だが、必ず私の元へ、この金陵に戻るだろう。
一番に私の元へ来る筈だ。
そうしたら、蘇先生を呼ぶゆえ、三人で飲もう。」
友への懐情は、やがて『必ず会う』という決意に変わり、靖王の言葉を力強くした。
「はい、是非に。」
靖王のその気持ちを推し包む様に、長蘇もまた、柔らかに微笑んだ。
靖王の眼は疑いもなく、林殊の無事を信じている。
それが靖王の一番の切望なのだと、長蘇には痛い位に分かるのだ。
長蘇にはそれが、何よりも嬉しい。
嬉しい一方、林殊を待っている靖王に、自分の正体を明せぬ事を、心苦しく思った。
──景琰、、許せ、、。
梁の衆民の為だ。
何よりも、天下の太平の為。
亡き祁王の為、赤焔軍の為。
正体は明せぬが、私と共に戦う事は、きっと林殊との思い出にも負けぬ筈。
共に戦おう、景琰。──
靖王は、岩壁の先を、指差して言った。
「その岩の高い所に、勝者が立っていい事になっていた。
そこからの眺めはまた別格だ。
友は得意げにそこに立ち、都を眺めた。」
「はい?、あそこにですか?。
何と、足場は何処に??。
、、、ぁぁ、、失言を、、。
靖王殿下もご友人も、お二人共に武人でしたね。
武功をお待ちならば、そんな心配はありませんね。」
「そこに立ってみぬか?。」
靖王はそう言って、悪戯っぽく笑ってみせた。
「ぇ?、、いやいやいや、、私にはとてもとても、、。
そこに行き着く事も、出来ぬでしょう。」
じっと長蘇を見つめ、目を離さない靖王。
「私が助けてやろう。
腕に掴まれ、私が立たせてやる。」
「ぇ、、、殿下、、そのような、、恐れ多い。」
靖王には、少し目論見がある様に見えたが、ここは聞くしかないと、長蘇は覚悟を決める。
──景琰は、私の何かを確かめたいのだ。──
長蘇はおずおずと手を差し出し、靖王はその手を掴み、長蘇の体を支えて、岩の上へと移った。
ほんの一人立てるほどの足場に長蘇を置き、靖王はゆっくりと離れていく。
「、、靖王殿下、、、この小さな足場に、今、私は一人で立っているのですか?。」
「そのままそのまま、、、何かあれば、ちゃんと助ける。
それよりも蘇先生、金陵の方を見てみよ。」
「、、、、はい?。
、、、、、、、ぁッ、、、、。」
長蘇は、ここからの光景を、初めて見たもののように、するつもりだった。
だが、目の前に広がるのは、少年の折、嘗て見た金陵がそのままに。
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『あははは、、、。景琰、ここに登るのは、勝った方だけだからな!。』
『分かってるよ!!、小殊は強いよ!。
私だって次はそこに立つ。見てろ、小殊も驚く作戦を立てて勝つからな。』
『あははは。』
────────────
眩しく笑う少年林殊と、悔しがりながらも、やがて包むよう微笑みに変わる若き靖王。
──悔しがる景琰を尻目に、私はここに、、。──
光景を見た途端に、長蘇は少年の日を思い出した。
「また違った眺めだろう?。」
靖王が長蘇に話しかける。
山の木々に邪魔をされずに、金陵の全貌が見える。
──そうだ、まるで鳥になった気分だったのだ。
自由に金陵の空を翔ける、鷲のように、、、。──
靖王への返答は無く、ただ金陵を見る長蘇。
長蘇の横顔は、僅かに頬が見えるばかりで、どんな顔をしているのかは、靖王には分からなかった。
靖王は何故か、長蘇と居ると、林殊を思い出してしまう。
今、靖王の眼には、ここから金陵を得意げに眺める林殊が、鮮やかに蘇っていた。
書生の長蘇なら、こんな景色は見たことがあるまいと思って、ここに立たせてみたのだが。
暫し無言の長蘇の様子が、気にかかる。
━━言葉も出ぬほど、感動しているのか、それとも、怖がっているのか。━━
その時、ふわりと優しい風が吹き、長蘇の衣に触れて、衣は風を孕ませて嫋(たお)やかに舞っている。長蘇の黒髪も、風と共に流れ。
━━本当に、優美な天仙が舞い降りた様な。━━
作品名:天藍ノ都 ───天藍ノ金陵─── 作家名:古槍ノ標