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Sugar Addiction

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 すらすらと吐かれる嘘と、受付の名簿に書かれる二人分の偽名。渡された来客用のスリッパと赤い紐のついた来客カードを首から下げれば、まんまと校舎に通された。

「dramaなどで演技の勉強をしていた甲斐がありましたね」
 平然と見知らぬ学校の中を歩く司に呆気を取られながらも、その半歩後ろをついて歩く。並んだ窓ガラスと日の射す中庭、ところどころ傷の入った廊下に、木製の扉がついた教室。初めて歩くその場所は、なんだか少し落ち着かない。
「時期的に夏休み……ですね」
 遠くから微かに聞こえる野球部の掛け声、校舎に響く吹奏楽部の楽器の音。そのどれもが新鮮で、瞬きをするたびに視界がぱちぱちと弾ける。
「こはくん……?」
 服の裾を握れば、驚いた司が振り向く。
「歩くのが早いんじゃ、ボケ」
 そう言ったものの、自分でも分かるほどに消え入りそうな声。優しく笑った司は傍にあった教室の扉を開くと、こはくの指先を掴んだ。
「ここが教室です」
 鉄パイプの足に木の天板が付けられたイスと机が並んでいる。
「ラブはんが出てたドラマとそっくりやわ」
 いや、あっちの方がそっくりに作ってあるのか、と一人で頷きながら、その天板をなぞる。
「折角なので、座ってみては?」
 背を押されるがままに椅子に座れば、思った以上に固く、質の悪い座面に眉を寄せる。
「では、この答えを……桜河君」
 教壇に立った司がチョークを手に取り、適当な数式を書いている。
「ぬしはんに教師は無理やろ」
「ちぇ……つれないこはくん」
 では同級生になりましょうか、とひとつ前の席に座る司はどこか楽しそうだ。
「桜河! 放課後、新しくできたcaféに行きませんか?」
「女生徒みたいな会話やな」
 後ろを向いてきゃっきゃと話す司に思わず突っ込みを入れれば、司は唇を尖らせた。
「だって、同級生と放課後に遊ぶなど、夢ノ咲の頃に指で数えるほどしかしていませんから」
 正解が分かりません、と言う司に、そういえば自分とは違った意味で籠の鳥だったと思い出す。
「わしが通っとったら、ぬしはんのことは『朱桜先輩』ち呼ばんとあかんのやろうか」
「あっ、それ良いですね、もう一度」
「あほか」
 肩を竦めて見せるけれど、こういう時の司は梃子でも動かない。
「……ほな美味しいカフェにでも連れてってや、朱桜先輩?」
「勿論ですとも!」

 先輩にお任せください、と胸を叩いた司は、スマホを取り出し何やら検索し始めた。そんな司を横目に、こはくは席を立ってグラウンドが見える窓に近寄る。
八月も終わろうとしているのに、日差しはまだまだ強い。窓を開ければ風が吹き、ペラペラのカーテンを揺らしている。学校、なぁ……別に通わんでも不便はなかったけど、それでも通っていたら、と想像してみることはある。
 同級生は、先生は、部活動は……何をしていただろうかと、きらきら輝いて見えるグラウンドを見つめる。
体育館から学校の外に向かって走り出したのはバレー部だろうか。グラウンドの隅で準備を始めるサッカー部と、校舎の近くで高い声を上げながらグラウンドを見つめる女生徒達。かっこいいとか、好きだとか、きっとそんな話をしているのだろう。
「朱桜先輩もモテたんやろうなぁ……」
「嫉妬ですか? こはくん」
すっと寄ってきた司にげんなりした顔をしてみせるが、隠さなくってもいいんですよ、と調子に乗るだけで逆効果だった。まぁいつものことか、と流そうとしたその時、ふわりとカーテンに包まれる。
「ちょっ、何」
「しーっ、窓の下に女の子たちがいたので」
 見つかると面倒でしょう、と司が声を潜める。確かに甲高い声で、そこに私服の男の子がいたと騒いでいる。
「ちゃんと手続してるしええんとちゃうん」
「あの年頃の子は好奇心旺盛ですし、万が一『私たち』だとばれたら面倒でしょう?」
 だから、ね。と声を潜める司の吐息が顔にかかる。
「せやけど……」
 隠れ方なんて他にいくらでもあっただろうに、そう思いつつも囚われたまま逃げ出せない。とくり、とくりと心臓が煩くて、声を出すこともままならない。こはくは目を逸らすように俯いた。
 無言の数秒が、数分にも数時間にも感じられる。誰かが来たらどうするん、なんて思うのに離れがたくて。
「こはくんと学校に通えていたら、と。私はいつも考えていましたよ」
 ひそりと告げられた言葉に顔を上げれば、今にも泣きだしそうな瞳があった。ああ、またそんな表情で、そんなことを。……自分が悪いわけやないのに。
「ええよ、そんなん。人気者の朱桜先輩を遠くで見とるより、近くに居る坊がええわ」
 だから泣きなや、とその唇を塞ぐ。蝉の声と運動部の掛け声、金管楽器の音が、カーテンの向こうで遠くの世界の音のように混ざり合う。
「……しょっぱいなぁ」
 唇まで零れてきた涙を伝って目元を舐めれば、途端に真っ赤に染まる顔。
「しょっぱかったから、甘いもん食べたいわあ」
「っ! 美味しそうな、gelatoのお店を見つけたのです」
 行きましょう、と握った手を引く司の足取りは軽やかで。ぱたぱたと二人分のスリッパの音が廊下に響いた。

「……よう考えたら、わし、ちゃんと青春しとったわ」
 そう言いながらきな粉味のジェラートをスプーンで掬う。躊躇いなく口に含めば、優しい甘さがいっぱいに広がった。どこか懐かしくて、ほんの少し切ない。
「本当ですか?」
 司が調べてくれたジェラート屋は、古民家を改装した静かで小綺麗な店だった。注文したジェラートを受け取り、畳の敷かれた部屋の縁側で二人並んでジェラートを堪能する。
「おん、わしアイドルになって、ステージに立ったり色んな仕事してたあの時が『青春』やったわ」
 きな粉と抹茶を交互に楽しんでいれば、手元に注がれる視線。カップを差し出せば、代わりにコーンを差し出される。苺と桃の、どこかで見たことのあるような色の組み合わせだ。
「それって……」
「坊がおらんやったら、目指すことも無かったんとちゃう?」
 学校に行かなくとも、きらきらと輝く時間を過ごせたから。それだけで十分だ。
 果実味の強いジェラートは口に入れればすぐに溶けていく。きらきらしたものはみんなそう。あっという間に崩れて、溶けて、消えていく。
「……奪ったのが、私でも?」
 辛そうな顔をさせたくなくて言った言葉なのに、結局またそんな表情をさせてしまうのか。自分が不甲斐なくて、けれどへこたれている暇もない。
「決めたんはわしや。家のことも、アイドルのことも。……勝手に一人で背負いなや」
 苺と桃を遠慮なく掬って口に放り込めば、あぁっ、と大きな声を出す司。
「青春なんてあっちゅーまに終わるもんやろ」
欲しいもんは自分で選ぶし、自分で掴めるだけの力もある。いつまでもガキ扱いせんことやな、と強がって見せたこはくは、自分のカップを取り返し、大きく欠けたジェラートを押し付けた。



4.スイートポテト

 きらきらと落ちる砂糖、とろけるバター、どこまでも甘い香りの中で、自分の気持ちだけが苦い。

 スイーツ会のメンバーで、お菓子を作ろうと言う話になったのは前回の集まりのときだった。日時は、メニューは、と賑わうホールハンズを見るのは楽しくて。
作品名:Sugar Addiction 作家名:志㮈。