Sugar Addiction
【秋ですし、スイートポテトはいかがでしょうか】
【調べてみたけど、そんなに難しくもなさそうやしええんちゃう?】
【HiMERUも賛成です】
【では来週、楽しみにしてますね】
皆で材料の買い出しに行き、寮のキッチンで調理することが決まった。
「こういうの、なんだか楽しいですね」
このキッチンでは誰かしらが調理をしているから、近くを通ればご相伴にあずかることや誰かと調理をすることもあるけれど、司自身こうして計画的にお菓子作りなどを催したことはあまりないかもしれない。
夢ノ咲の頃のショコラフェスのようだな、と司は懐かしくすら思っていた。
「ええ、とっても」
そう言って笑うマヨイはとても器用で、その奥で材料を切っているHiMERUは容量が良くて、さてもう一人はと言うと……
「わしの滑稽な姿が面白いだけとちゃうん」
むすり、と頬を膨らませたこはくがボウルを片手にこちらを睨んでいる。
「いえ、そんなこと……こはくんが、ふふっ」
「笑ろうとるやんけ!」
ぶつぶつと文句を言いながら材料を混ぜているこはくに、すぐさまHiMERUのフォローが入る。
「HiMERUは頑張っている桜河の姿が愛らしいと思いましたよ」
「HiMERUはんも最初笑ろうとったやろ」
相変わらず機嫌の悪いこはくは、最初に材料を混ぜ始めた時に加減が分からず、思いきり材料が飛び散ったのを未だに気にしているらしい。
「まぁまぁ、そう言わず……こはくさんのおかげでお芋も滑らかなペースト状になりましたし、そろそろ盛り付けましょうか」
スイーツ会らしく綺麗な見た目にしようと、今回は輪切りにした芋の上に、モンブランの様に生地を絞ることにしている。こはくとマヨイは絞り袋に生地を入れ、司とHiMERUが天板の上に芋を並べると、四人で天板を取り囲む。
「あまり見られていると緊張しますねぇ……」
そう言いながらも生地を絞って綺麗なフリルの山を作ったマヨイが、絞り袋をHiMERUに手渡す。
「HiMERUに出来ないことはありませんので」
そう言うだけあってマヨイの物と同様に美しい山を作っていくHiMERU。次に絞り袋を手渡されたのは、司だった。
「こはくんのお手本になれるよう……って、ああ! 何故そこで歪むのですか!」
少し歪なそれを見て、得意げな顔をするこはく。
「なんや、坊も不器用やなあ」
食べれればええんよ、と笑うこはくはすでに肩の力も抜けたらしく、司同様に少々歪な山を描いた。
繰り返していくうちにすっかり様になってきて、二人ほどではないけれど、それなりに綺麗に絞れるようになった頃には生地もなくなってしまっていた。次はもっと綺麗に出来るのに、とこはくと駄々をこねながらもオーブンに持って行かれる天板を見送り、ほっと息を吐く。
洗い物をする係と食べる準備をする係に分かれることになり、司は飲み物を用意する役を買って出た。この日の為に用意しておいたとっておきの茶葉があるのだ。
「今日はチャイティーにしませんか」
「とてもいい香りですね」
お皿を準備していたHiMERUの表情が和らぎ、司もつられて笑う。スパイスが香るそれでミルクティーを用意していると、紅茶とスイートポテトの匂いにつられて通りかかった人間が集まってきた。
「何作ってるんすか~?」
「楽しそうなことしてんじゃねーか」
「ちょお、邪魔すんなや!」
ニキと燐音がやってきて、こはくを茶化している。
「すっご~くいいにおいがするよぉ……!」
「藍良さんも一緒にいかがですか?」
藍良はスイートポテトと引き換えに、洗い物を手伝ってくれるらしい。
「お菓子作りに紅茶ときたら、俺に一言あってもいいんじゃないの~?」
「凛月先輩……!」
「あら、HiMERUちゃんも居るのね」
「ええ。鳴上さんもご一緒にいかがですか」
結局それなりの人数が集まって、皆でお茶会をすることになった。
「これ、わしが作ったんよ!」
「こはくっちすご~い!」
「すごい美味しいっすよ、見た目も可愛いし」
甘い香り漂う共有スペースは、誰も彼もが笑っていて。司も色んな人と話しながら、焼きたてのスイートポテトを味わう。甘くて、滑らかで、どこかほっとする味。紅茶との相性も抜群で、美味しくて、楽しくて。
そう、大勢で賑やかに美味しいものを食べるこの空間が楽しくて嬉しいと、確かに思っている。……それなのに、司の目が追ってしまうのはたった一人。
「ほんまに美味しいなぁ」
楽しそうなこはくの姿を見て、胸が痛む。これを奪っていいのだろうか。結論を出したはずなのに、何度も渦巻いては心に影を落とすそれを、スパイスの香りと共に飲み干す。考えることは必要だけれど、考え過ぎるのも考え物だ。昔の自分だったなら、なんて思ってしまう。
せめて楽しい思い出を作ろうとしただけなのに、それが足枷になってしまうのではないかと、司は不安で仕方がないのだ。
俯く司の隣に、誰かが座る。ふわりと香った優しい匂いは、考えるまでもなくこはくのものだった。
「こは、くん……?」
先程までいた場所からするりと抜けだしてきたらしいこはくは、こっそりと司の手を握る。
「しょーもないこと考えんと、今は楽しんどき」
ひそりと掛けられた言葉に、司の心臓が跳ねる。やはりこはくには敵わないらしい。返事をする代わりに暖かな掌をぎゅっと握って、自分からその手を離した。大丈夫だと、せめてもの強がりだったのかもしれない。
「お二人とも、何を話していらっしゃるんですか?」
朗らかな表情のマヨイが、HiMERUと共にやってくる。
「ん、……食べ過ぎると瀬名先輩に怒られんで、って」
「ああ、確かに彼なら言いかねませんね」
くすくす、と零れた笑い声は、けれどもすぐに賑やかな周りの声に消えていく。司は立ち上がりながら笑顔を作り直すと、ぴんと背筋を伸ばした。
「けれど今日は、特別ですから。もう一つくらいいいでしょう?」
まだ残っているでしょうか、とオーブンへ向かえば、空の皿をもったこはくがついてきた。
「そんくらい欲張りな方が、坊らしいわ」
「では、また」
「お疲れ様でした」
片付けを終えて、今日のスイーツ会は解散となった。このあとの予定もなく、読みかけの本の続きでも読もうと自室に戻ろうとした司の袖を、こはくが掴む。
「散歩でもせえへん?」
優しい笑みを浮かべているのに、その視線は私を射抜かんばかりに鋭い。
「いいですよ」
想定していなかったわけではないそれに応じ、二人並んで外に出る。傾き始めた陽と色とりどりに染まった木々の色は、暖かいはずなのにどこか切ない。
「今日、楽しかったなあ」
他愛ない話をしながら、星奏館から少し離れたところまで歩く。誰も居ない、二人きりになれるところまで。そう思っていたのはこはくも一緒だろう。
「……また、迷っとるんやろ」
柔らかな声色で告げられた、真っ直ぐな言葉。ぴたりと立ち止まって隣を見やれば、悲しげな笑みを浮かべているこはくがいた。こはくの言うとおり、心が揺らぐのは、これが初めてではない。その度に見透かされて、話し合ってきた。
「決めたやんか。春になったら、二人で誰も知らんところに行こうって」
作品名:Sugar Addiction 作家名:志㮈。