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Sugar Addiction

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いらっしゃいませ、と出迎えてくれた着物の女性に別嬪さんやと褒められた。一泊二日の間、人目に付くところではずっと女装かと面倒に思っていると、足元にどすん、と小さな衝撃。
「ねえね!」
 二才くらいだろうか。小さな女の子が足元に抱きついている。
「どうしたん?」
 チェックインの手続きをしている司をよそに、そっとしゃがんで女の子と目線を合わす。
「ねーね」
 きゃっきゃ、と首元に抱きついてきた女の子を抱き上げると、それはそれは嬉しそうに笑うものだからこはくも釣られて笑ってしまう。
「すみません!」
 スリッパでぱたぱたと駆けてきた女性が、こはくにぺこぺこと頭を下げている。女の子の母親であろうその女性は、小さな乳児を抱えていた。
「いえいえ、こっちこそ人様んちの子勝手に抱えてもうて」
「いえ、助かりました。目を離すとすぐどこかに行っちゃって。もう、本当に綺麗なお姉さんが好きねぇ」
 あははと笑えば、腕の中の女の子も笑う。お名前は、と問えば、にしゃい、と立てられる人差し指。
「かっ、かわええっ……!」
 よく出来ましたと撫でていると、チェックインを済ました司がポカンとした顔でこちらを見ていた。
「こはくさん、いつの間に子どもを……?」
「あほか」
 母親と挨拶した司は、その腕の中から手を伸ばしていた乳児に触れる。
「小さな指……」
 惚けた顔の司に、抱っこしてみますかと母親が笑う。
「えっ、よろしいのですか……? わ、わっ……」
 乳児を抱き抱えた司は、壊れ物を扱うかのように丁寧に抱き抱えたままぴくりとも動かない。
「どっ、どうすれば」
 困っている司をよそにその腕の中を覗き込み、マシュマロのような肌に触れる。
「~~っ、やらかいなぁ……」
 ふにふに、ふわふわとした肌と、甘い香り。かわいい、かわいい、と零れ落ちる言葉に、抱えたままの女の子が自分のことのように嬉しそうに笑っている。
「重くないですか?」
「全然。でも毎日抱えるんは骨折れそうやわ」
 お母さんて大変やね、と女の子に言えば、女の子は意味も分からずに、ね~と小首を傾げた。

「こはくんが子供好きだとは知りませんでした」
 母娘と別れたこはくと司は、部屋に入るなり久しぶりの畳に転がる。いぐさの匂いなんて、いつ振りだろうか。
「アイドルしとったらそれなりに触れあう機会もあったやん? それにわし末っ子やし珍しゅうて」
「ふふ……素敵なお姉さんに見えましたよ」
 ごろん、と寝返りを打てば思いのほか近くにいた司が笑っていた。
「赤ん坊抱き慣れとらん姉はんも可愛かったで」
 顔にかかる長い髪を掬ってやれば、さっと頬が赤く染まる。
「何にときめかはったん? なあ、姉はん」
「う、煩いですよ」
 掌で顔を覆うその姿に笑いながら、先程の姿を思い出す。連鎖的に想いを馳せたのは、出会う前の、もっと小さい頃の司。
きっとさっきの赤ん坊の様に白くて、すべすべで、ふわふわもちもちしていて、まんまるくて……なんて考えたところで頭に浮かんだのは大福だったので、声を押し殺して笑った。
「失礼なこと、考えているでしょう」
「どうやろか」
 はぐらかすように夕飯までの時間をどう過ごそうか、と話していると、司がふと何かを思い出した様子でこはくの手を掴み起き上がった。
「こはくさん、はやくはやくっ」
 きゃっきゃと腕を引く司に連れて来られたのは、ロビーの一角にある浴衣コーナー。
「好きな物を選べるんですって」
 色とりどりの浴衣と帯が並んだそこで、司がきらきらと目を輝かせた。折角だからお互いのものを選ぼうと言う司に、こはくは目を細める。
「はぁん……これも狙ってたんやな」
「何のことでしょう」
 色は、柄は、とこはくの身体に宛てては首を傾げている司に肩を竦めながら、こはくも司に似合いそうなものを選んでやる。
「坊……やない、姉はんのはこれな」
 適当に選んだものを置いてあった籠に入れ、ぽいっと渡す。
「真剣に選んでくださいよ」
 むぅ、と頬を膨らませていた司はそれから散々首を捻った結果、浴衣と帯を籠に入れて手渡してくれた。
「ほな、部屋に戻って風呂でも入ろか」

 *

「はぁ~さっぱりした」
「気持ち良かったですね」
 座椅子に座って足を延ばせば、向かいに座った司がくすくすと笑う。上気した頬と浴衣の合わせから覗く鎖骨が色っぽくて、思わず顔を逸らした。
「なんですか、こはくん」
 首を傾げると肩からさらりと落ちる髪は偽物だと知っているのに、目に毒だ。
「別に……浴衣、馬子にも衣装やな」
 こはくが司の為に選んだのは、黒地に桜の花が描かれた浴衣と、淡い桃色の帯。色い肌によく映えて、想像以上に妖艶だ。
「こはくんはとっても可愛らしいですよ」
 そう言う司が選んでくれたのは、白地に淡い水色とピンクで桜が描かれた浴衣。深紅の帯がアクセントの、可愛らしい組み合わせ。
「着るの、逆が良かったんとちゃうん」
「いいんです、これで」
 さよけ、と返すと同時に扉がノックされ、開けば美味しい匂いがした。

「はぁ……流石に食べ過ぎました」
「せやな」
 一品ずつ出てくる料理にゆっくりと、けれども確実にお腹を満たされたふたりは、外の空気を吸おうとベランダに出た。
「飲みきれなかったですね」
 食事のお供にと注文した日本酒の瓶は半分ほど残っている。
「ええんやない、夜はこれからやろ」
 ベランダに設置されたテーブルにお酒とつまみを置き、二人掛けのイスに座れば司もすかさず隣に座る。普段なら近い、と退けるその体温が、寒空の下だと心地よくて。
「……もう、今年が終わってしまうのですね」
 はぁ、と吐き出された息が白く染まる。そうやね、と返した言葉はきちんと声になっていただろうか。澄んだ空には星々が輝いていて、きっと同じ景色を思い出しているに違いない。
 ちょうど一年前は、ステージの上にいた。年越しのカウントダウンコンサート。煌めくサイリウムは星々に囲まれているようで、いつも以上に眩しくて胸がときめいたのを覚えている。真冬なのに汗だくになりながら駆け回ったステージのことを、あの喧騒を、光を……今でもたまに夢に見る。司には、到底言えやしないけれど。
 テレビをつければかつての仲間がそこにいる気がしてベランダに逃げたというのに、けれど目を逸らした先の星々にさえそれを重ねてしまう自分がいる。手の中で持て余していたグラスを呷れば、喉が焼けるように熱い。
「……わしはこの一年、なんも後悔しとらんよ」
 今度ははっきりと、言葉にできた。澄んだ空気を震わせて、本当の気持ちを声に乗せる。
「あの頃が楽しかったのは本当やし、申し訳ないことしたって思うこともある」
 何も告げずに消えた自分のことを、彼らはどう思っただろうか。怒ったのか、悲しんだのか、悔しんだのか。でも彼らはきっと、最後には笑って許してくれるから。
「……でもな、それでもやっぱり坊と居れて、幸せやっち、思うんよ」
 こはくにだって、不安になることはある。けれど隣に司がいるから。
 ぎゅっと手のひらを握れば、緩やかに解かれる。そして指を一本ずつ絡めるように取られ、恋人繋ぎに直された。温かくて、爪の先から溶けて混ざってしまいそうで。
「私も、後悔していません」
作品名:Sugar Addiction 作家名:志㮈。