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Sugar Addiction

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先程までの心臓がぎゅっとするような感覚ももう既にどこかへ飛んで行ってしまって、目の前の一皿に心を奪われている。
「ええ匂い……! 坊、はよ食べよ」
 パスポートを鞄の内ポケットに仕舞ったこはくは、小さなポットに手を伸ばす。せーの、と小さな掛け声とともにそれぞれのパンケーキにメープルシロップを掛ければ、焼きたての温かく優しい匂いに、とろりと濃厚な甘い香りが混じる。口の中にじゅわりと涎が溢れて、はやく口の中に放り込めと脳が、胃が、渇望している。
「いただきます」
 二人でぱちりと手を揃え、ナイフとフォークを手に持った。ふかふかのそれをひと口大に切り取って、星を崩す。勢いよく口に含めば、口の中いっぱいに甘さが広がった。
「ん~~~っ、めっちゃ美味しい」
「幸せの味がします……っ!」
 二口目はストロベリー味のアイスクリームを絡めて。三口目はフルーツと共に。二人で黙々とパンケーキを食べ進めていく。
フルーツの酸味も、アイスクリームの甘さも、バターの程よい塩気も、メープルシロップの独特な風味も。全てパンケーキがふわりと受け止めて、舌の上でじゅわりと溶ける。

「ほんまに幸せな誕生日やわ……」
 一枚目を食べ終わったところで、こはくが幸せに満ちた溜息を吐く。
「喜んで貰えて何よりです」
 パンケーキに夢中で温くなってしまった紅茶を飲みながら、司は胸を撫で下ろす。
「和菓子と悩んだのですけれど、お誕生日感があった方が良いかなと思いまして」
「おん、出国前の最後の贅沢がこれで良かったわ」
 苺にフォークを突き刺したこはくの表情は本当に幸せそうで、司は勝った、と小さくこぶしを握る。
 滞在中快適に過ごすために、事前の情報収集は怠らない。最初の頃こそこはくが全て行っていたけれど、ホテルでじっとしているなんて嫌だと言った司に、こはくは情報収集術をみっちりと教えてくれた。
「こはくんのおかげで、調べ物も得意になりましたので」
 ホームページすらない喫茶店の存在を知ったのは、地元の掲示板。写真も何もなかったけれど、この賭けに出て良かったと思う。
「ん、そらよかったわ」
 誇らしげなこはくに笑って返し、溶け始めたアイスクリームを掬った。

「こはくんは、これからどんなことをしたいですか?」
 パンケーキが残り少しとなったところで突如投げかけた質問に、こはくは驚いたように目を丸くする。
「どうしたん、突然」
「いえ、そう言えば今まで海を渡る算段ばかりで、その先のことが曖昧だったなと」
 勿論お金を稼いだり、住むところを探したりとしなければいけない、という話はしていた。けれど、したいことの話はしていない。
「……せやな、何がしたいやろ」
 ううん、と頭を捻るこはくは、どこか楽しそうで。勿論私も楽しみで。だって、今までに見たことのない景色を、こはくんと一緒に見られるのだから。きっとこはくんも、そう思ってくれているでしょう?
「わしな、正月に夢を見てん。世界中の甘いものを、坊と二人で食べ尽くす夢」
 アホらしいやろ、と笑う表情がきらきらと眩しくて、司はすっと目を細めた。
「今も昔も、兄はんと甘いもの食うとるときが、一番幸せやっち思うんよ」
 こはくのメープルシロップよりも甘く蕩けた声が、司の脳を溶かしていく。
「せやから……これから先、どこに行っても兄はんとこうやって甘いもん食べたい。……なんて、わしのしたいこと、頭緩すぎやろか」
 苦笑交じりに言うこはくに、司は首を横に振る。
「いいえ、いいえ……! 私も、こはくんと食べる甘味が好きです。この先もずっと二人で、美味しいねって」
 ねぇ、約束しましょう。そっと小指を差し出せば、数回の瞬きの後に深くなる笑み。
「ステンドグラスの前で指切りて」
「誓いのキスの方が良かったですか?」
 くすくすと、と笑いながら小指を絡める。だって神様に誓うより、あなたに約束したかったから。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます……」
 指切った、と小さな声と共に離れる小指。こんな子供じみた約束なんて、破ろうと思えばいつだってできる。それでも今の私は、この約束を違えたら指を切ることも、万ほどの拳も、針を千本飲むことさえも構わないと思えたから。きっとこはくんも、そう思ってくれたから。
「この先も二人で。酸いも甘いも……いいえ、酸いは知り尽くしましたから、これからは甘いものだけ。食べ尽くしましょうね」

 最後の一口を放り込めば、シロップに浸されたパンケーキが口の中を甘さで満たす。けれどもまだ足りなくて。そっと目線を上げれば、欲に塗れた瞳でこちらを見ているこはくと視線が交わった。
「兄はん、わしこれだけじゃ足りん」
 吐息交じりに零された言葉に、背筋がゾクリとする。
「……Hotelに、戻りましょうか」
 席を立ち会計を済ませれば、するりと絡む指先。
「珍しいですね、こはくんがお外で手を繋いでくるなんて」
 なんて言ってみるけれど、心臓はばくばくと煩い。
「黙っとき」
 きっと彼の鼓動も、煩いのだろう。

 *

「好き」
 呟かれた言葉の一片も逃さないとばかりに唇を奪われる。何度も絡めた舌にはメープルシロップの香りすら残っていなくて、それなのに酷く甘く感じるのだから不思議だ。言葉にも味があるのだろうか。それなら私は、甘い言葉だけ囁いていたい。
「こはくん……好き」
「知っとる」
 口の端から零れた涎もシーツに落ちる前に舐めとられて、再び唇に噛みつくようにキスされる。
「言うとくけどな、わしの方が好きや」
「知ってます」
 そんなの、とうの昔に知っている。今度は私から唇を重ねて、舌を絡めた。中々言葉にしてくれないから、貰えた時は余すことなく飲み干したかった。
 甘い。そう感じているはずなのに、どんなに好きと交わしても、どんなに唇を重ねても、もっと、もっとと求めてしまう。
「欲張り」
「こはくんこそ」
 似た者同士ですね、と笑って唇に噛みつく。
 ずっと一緒にいようと約束しても、指切りしても、それでも心臓がぎゅっと掴まれたように切ないのは、ずっとや永遠なんてものは無いと心のどこかで思っているせいだろうか。それとも、頼りない灯火を手に歩むことに一抹の不安を覚えているせいだろうか。
「もっと」
 そう強請ったのはどちらだっただろうか。
 不安を掻き消す様に甘い言葉を囁いて、溶けて混ざってしまいそうな程キスをした。

 沈みかけている意識の向こうで、額に張り付く前髪を払ってくれる指先が心地よい。
「素敵な誕生日にしてくれてありがとう」
 額に触れた唇は熱く、口元が自然と緩むのが自分でも分かった。
「甘い夢見よな」
 そう言った声は甘く、柔く、司の心を溶かしていく。もうきっとこの甘さが無くては、満足できない身体になってしまったのだろう。

 翌朝目を覚ますと、目の前にはすぅすぅと小さく寝息を立てるこはくがいた。顔にかかる髪を耳に掛けてやり、現れた額に口付ける。
 この旅が始まったばかりの頃は、司が起きる頃には既に起きていたり、身動ぎ一つすれば飛び起きていたというのに。すっかりお寝坊さんになってしまいましたね。
「甘い夢は、見られたでしょうか」
 そう呟いた自分の声の甘さに、思わず笑ってしまう。
作品名:Sugar Addiction 作家名:志㮈。