D.C.III.R.E
「流石に高跳びされていては見つけられないが。だが、陛下の命を狙おうとした者達の仲間だ。必ず捕縛する」
……いつになく杉並が暑苦しい。
そりゃそうか。女王陛下が狙われていたわけだもんな……。
「しかしウィザリカだって同じ魔法使いだろうに。どうしてエリーの命を狙ったりしたのだろうか」
報告書では、ウィザリカの実質的トップを務めていたフローレンスは穏健な人物だったと記載されている。これが事実なら、なおさら分からない。
「これは俺の推測だが、穏健派のフローレンス・ナイチンゲールとは別に、横暴派もあったのだろう。今回の一件は、その横暴派が引き起こしたのではないだろうか」
「なるほど、一理ある」
しかしこれでその横暴派とやらが捕まればすべてが解決か。
「ま、暫くは杉並達に任せる。今日呼び出したのはこの件だけか?」
「ああ。非公式新聞部の実質ナンバー2には、せめて途中経過でも知っていてほしかったからな」
「よせよナンバー2だなんて。俺がやってることはエリーの使いっ走りだよ」
「ご謙遜を」
この杉並のにやけた顔がムカつく。
……ま、奴らの目的が分かっただけでも収穫か。
「もう他に報告がないなら、俺は帰るぞ。早く卒論を仕上げないとマズい」
「分かっている。今日はご足労頂き感謝する」
「いいよ、俺もこの件は気になってたし。……それより女王陛下の事、頼むな」
「無論、この命に代えても」
この杉並の、エリーへの忠義は信用できる。普段おちゃらけていても、こういうところは常に本気なのがこの男だ。
俺は杉並に一瞥すると、元来た道を引き返し、風見鶏の学寮へ戻った。
◆ ◆ ◆
翌日。
俺は自室で唸っていた。無論卒論の件だ。
そもそもテーマすら決まっていないのだ。
焦りを感じながら、どうするべきか考えていた。
……いや、このまま唸っていても仕方ないか。
「図書館島へ行こう」
本を読みながら何か考えよう。
そう思い立ち、着替えて外へ出た。
定期便ではなく、風見鶏から支給されているボートを使って図書館島へ向かった。
いつもの転移魔法を使ってもいいが、まだ魔力効率が悪く、目下改良中でおいそれと使えないのが現状だ。だから緊急事態でない限り使わないようにしている。
目的地に着いてすぐに建物に入り、カウンターに居座る者へ声を掛けた。
「ルイス、久し振り」
ルイス・ローランド。
王立ロンドン魔法学校の副学園長を勤める傍ら、この図書館の司書をしている女性だ。俺が風見鶏に入学してからの付き合いではあるが、エリーの性格もあって持ちつ持たれつといった関係だ。そして俺の事情を知る数少ない人物でもある。
「お久し振り、ユーリさん。今日はどうしたの?」
「卒論に悩まされている」
「<失った魔術師>ともあろう人が、なんと」
「そりゃ、卒業がかかってるからな」
「それで今日は図書館島まで来たと」
「部屋で唸ってても仕方ないからな」
「ごもっともで」
「そんなわけだ。レベル7、入るからな」
「ごゆるりと」
俺は周囲の本棚ではなく、カウンター内に入り、ルイスの裏の扉から書庫に入った。
「先客がいるので、騒がないようにしてね」
「了解」
扉を閉める間際に聞こえたルイスの言葉に返事し、俺は奥へ進んだ。
進んだ奥にあるのは壁。行き止まりではない。この風見鶏のエレベーターや、王宮の非公式新聞部のように、魔法のセキュリティが掛けられている。
壁にある魔方陣に手を翳し、壁に手を付けた。すると俺の体は壁の中にするりと入り込んでいった。
進んだ先にあったのは、真っ白の空間と幾つかの本棚、そして人影だった。
「先客って、お前かよ」
そこにいたのはこの国のクイーンだった。
「あら、ユーリさん。ご機嫌よう」
エリーは備え付けの椅子とテーブルに陣取り、本を読んでいた。
「よう。何してる、こんなところで」
「定期的にここに所蔵されている書物をチェックしてるんですよ」
「そんなの、ルイスか非公式新聞部の誰かに任せればいいじゃねぇか」
「それがそうもいきません。このレベル7に入る権限を持っているのは、私と貴方だけなのですから」
「……そうだっけか」
この図書館に所蔵されている本にはそれぞれ閲覧レベルが設定されており、個人毎に与えられる権限レベルの本しか閲覧することは出来ない。通常、風見鶏に入学した時点でレベル1で、そこから学年が上がる毎に一つずつ増えていく。その他生徒会役員になったり、女王からのミッションなどで叙勲されるようなことでもあれば、追加で上がったりすることもある。
清隆がいい例だ。確か名誉騎士の称号を得て、生徒会役員特権に追加で一つ上げているはずだ。
閑話休題。
このレベル7には、外には出せないような書物が保存されている。それこそ、禁呪と呼ぶべき代物の魔本とか。俺の使った<最後の贈り物>の原本や、大昔に俺のルーツとなる町にあった書物達もここにある。
つまり外に持ち出せば重大な事件を起こしかねない本が揃っているということだ。
「しかしリッカも持っていないのは意外だったな」
「彼女自身が辞退したのです。中に置いている本の話をした時に、『私はそんなものを見て、平静で要られる自信がないわ』と」
「……なるほど」
なんとなく理由は察した。
今はさておき、ここに入学したての頃のリッカなら言いかねない。ジルちゃんの件はつい数ヵ月前まで引きずっていたと聞くし。
「ルイスは、この次年度から私の名前でレベル7の閲覧権限を与える予定になっています。これまで副学園長の役職の傍ら、司書をやっていただいていましたし、そろそろここでの魔導書等の管理の仕事を任せたいなと思いまして」
「ちなみに、なんでここまで閲覧権限を渡してなかったんだ?」
そう言えば、ルイスが学園で仕事をしてる様子を見たこと無い気がする。
副学園長なのに、図書館島に籠って司書の仕事をしてばっかりだったような。
「単純です。彼女は大きな力を持つ魔法使いではないからです。なのでこれまで、魔書に込められた魔力に慣れてもらうために、ここで司書という形でお仕事をしてもらっていました」
なるほど、言わんとすることは分かる。
だが。
「……それ、副学園長の肩書きいるのか?」
「彼女もこの学園の設立に関わった者の一人ですから。名ばかりと言えばそうかもしれませんが。ですが来年度からはこのレベル7の魔書の管理と合わせて、私が居ない間の学園の運営を任せようと考えています。これからは女王としての公務も増えそうですから」
今リッカがやってるエリーからのミッションの件か。
そう言えば、俺が卒論を書く為にリッカに肩代わりをお願いした途端にエリーからのミッションが見るからに増えていた。
お陰で無茶苦茶忙しくなってリッカが大変そうだ、とは清隆から聞いていた。たまにすれ違う時にも、笑顔を見せるものの、親しい者が見れば分かる程度には疲れを見せていた。
……少し俺に愚痴ってくれてもいいのに。
とは思うものの、リッカはそれを口にしないだろう、とも思う。あいつはそういう奴だ。
「……事情は察した。それで俺とエリーしか入れないということか」
作品名:D.C.III.R.E 作家名:無未河 大智/TTjr