D.C.III.R.E
「わ、わかってます!」
少し迂闊な言葉だった。
俺は反省しながら生徒会室を後にした。
◆ ◆ ◆
翌日。
俺は王宮へ呼ばれていた。
正確には、その中にあるとある部屋。そこは非公式新聞部の活動拠点の一つだった。
いつも通り王宮内へ顔パスで入ると、俺は目的の場所へ向かった。しかし目の前にはただの壁しかない。
俺はその壁にある魔法陣に手を当てた。魔法陣が反応し、ただの壁だったはずの場所に扉が現れた。
「誰だ」
扉をノックすると、中から声が聞こえた。
「ユーリだ」
「スタヴフィード殿か。入っていただきたい」
許可を得て、扉を開けると、そこには杉並が居た。
「お呼び建てして済まない、スタヴフィード殿」
「いや、いつもの招集だと思って来たんだが、違うのか?」
俺はてっきり非公式新聞部の定期招集かとばかり思っていたが、そうではないらしい。
「ええ。今回来ていただいたのは、あの件の話だ」
「……先日のウィザリカの件か」
「ご明察。先の件で拘束した構成員から、あの騒動の目的を聞き出せましてな。その報告を聞いていただきたくて呼んだのだ」
「そういえば、これで今まで雲隠れしていたロンドンのウィザリカの連中は全員拘束出来たんだったな。……その話、生徒会室で皆に聞いてもらうんじゃ駄目だったのか?」
「……ああ」
杉並はなにやら神妙な面持ちで頷いた。
「何があった?」
「先の一件。どうやら目的は陛下だったらしい」
「なっ!エリーだと?」
「ああ。実際に発砲した者を問いただした。聞き出せたのは、『長い金髪の女を撃て』と構成員全員が言われていたということなのだが」
「……なるほど。末端の構成員に実行役をさせるには分り易い指示だ」
女王故、エリーは市民の前に顔を出すこともある。
しかし本当に一部の人間を除き、遠目に見るのが精一杯で、しっかり顔を見ようと思っても写真で見るしかないだろう。
その写真も、今の科学技術では白黒写真しか現像できない。カラー写真の技術も研究中とは聞くが。
閑話休題。
「だが、現実として陛下は現場に現れなかった」
「そりゃそうだ。あの日は連日の千里眼と市民への思考誘導の魔法で魔力を使い果たして、まともに動けなかったはずだからな」
あの通話の後、葵が一日付きっ切りだったと聞いている。それほどまでに消耗が激しかったのだろう。あのウィザリカの一件のまともな報告が出来たのは、暴動から二日経った朝だった。
昨日の風見鶏での仕事ですら、まだ少し調子が悪そうだったし。
「それで?」
「対象がいないと悟った奴は、代わりにグリーンウッド嬢を狙った。だが軌道が逸れ、アルペジスタ嬢に銃弾が向かった」
「……なるほど」
つまりカレンは狙われたのではなく、たまたま撃たれた、と。胸糞悪い話だ。
「確かに、この話は生徒会の連中には聞かせられないな」
「ああ。貴方には知っておいてほしかった。それと、この話を聞いてもらった上で見てもらいたいものがあってな」
杉並は白い手袋を付けると、傍にあったケースから拳銃を取り出した。型に詳しい方ではないが、リボルバータイプの拳銃だ。
俺はそれに見覚えがあった。
「あの時の銃か」
「ああ。非公式新聞部の有志で調べたところ、マジックアイテムであるところまでは分かった。だがどんな魔法を使う為の物なのかまでは特定できなかった」
「それを俺に見ろと?」
「俺の直感だ。禁呪の専門家の貴方なら、何か分かるかもしれない」
もう答えを言ってるようなものじゃないか。まあ、見てみよう。
俺も自前の白い手袋を着け、銃を観察した。
「弾が入っていない。……いや、薬莢だけ?」
「それは俺も気になっていた。なぜ薬莢だけが込められているのか」
薬莢を取り外し、見てみる。
……なんだ、この感覚。まるで負の感情が漏れてくるような感覚は。いや、これは。
「……そういうことか」
「何か分かったのか?」
「推測になるが、負の想いの力を撃ち出す為のマジックアイテムなんじゃないだろうか。それこそ、禁呪レベルの大きな負の力を」
「確かに大きな負の感情を感じるが、どうしてそこまで断定できる?」
「俺はカレンが撃たれたあの時、弾いた銃弾がその場で消えるのを見ている。まるで実体のない何かの様に」
「なるほど。だから薬莢だけがセットされているのか」
「それに、あの時俺とリッカが放った魔法で、ウィザリカの魔法使いを無力化していたはずなのに、なぜかこれの持ち主は動けていた。それはこの銃がただのマジックアイテムではなく、魔法使いではない一般人でも魔法を行使できるようになっているのではないだろうか」
「その魔力の出所は?」
「さあ、そこまでは分からん。だがあの当日まで暴動の実態が掴めなかったり、この魔力だけを撃ち出すことの出来る銃だったりで自分の姿を晒さずに、用意周到にしている当たり、かなり狡猾で用心深い奴と推測できる」
「なるほどな。もう少しかの構成員たちから話を聞く必要がありそうだ」
「ああ」
だが、それでは現状に対する対処にしかなっていない。
ロンドンで活動していたウィザリカを無力化できたとは言え、イギリス全土となると話は変わるだろう。既にこのことは他の地域のウィザリカに伝わっているかもしれない。
他に何か出来ることは……。
「現状、このイギリスのウィザリカの事はどうしている?」
「非公式新聞部のメンバーで、調査を行っているところだ」
「今までと変わらないじゃないか」
「それが興味深い情報が出てきてな」
杉並は俺から拳銃を預かりケースに仕舞うと、今度は懐から紙の束を出して俺に寄越した。
「これは?」
「昨年末頃に起こった、ウィザリカに関する出来事の報告書だ」
まだ俺が諸外国のウィザリカの無力化に注力していた頃の話か。
俺はその報告書に目を落とした。そこにはリッカの字で「ウィザリカ:フローレンス・ナイチンゲールの件について」と書かれていた。
「……フローレンス?クリミアの天使の名を騙った馬鹿が起こした事件かなんかか?」
「そうではない。そのクリミアの天使ご本人が起こした事件だ」
「……は?」
俺は耳を疑った。
すぐに中身を確認し、事件の内容を頭に叩き込んだ。
「リッカの報告書だから疑いたくないが、これは全て本当の事か?」
「ああ。グリーンウッド嬢が陛下に依頼されて、調査をしていたのだ。無論我々も時を同じくして行動していたが、彼女に先を越されてしまってな」
「……この件、今回の件と何が関係ある?」
「問題はこの事件そのものではない。この事件の舞台となった箱庭だ」
昔エリーに聞いたことがある。地下学園都市の風見鶏を建設するにあたって、試験的に地下に作った庭があると。
……まさか?
「お察しの通りだ、スタヴフィード殿。その庭がウィザリカの活動拠点だったのだ」
「どうりで、秘匿性が高いわけだ」
「俺達も最初は耳を疑ったさ。だが俺がこの報告書に気付いて、再度箱庭を調べた時、微かにだが彼らの痕跡を見つけた。それを元に、非公式新聞部で捜査中だ」
「見つけられるのも時間の問題だと?」
作品名:D.C.III.R.E 作家名:無未河 大智/TTjr