D.C.III.R.E
「『このロンドンには、禁忌を犯した魔法使いがいると聞いています。それも不死の呪いに掛かった者が。貴方の持つその力、それは禁忌によって齎されたものだと思った』、そう仰ったはずです」
「よく覚えていますね。しかも一言一句」
「それだけ印象的だったということです。貴女が俺の事をあそこまで知っていたのが」
「クイーンが民の事を思うのは当然の事ではありませんか?それが国にとって必要なら尚更」
「そういうことですか」
一つ疑問が解消された気がした。
いや、それより。
「それで、それがどうかしたのですか?」
「そうでしたね。……つまり何が言いたいかというと、俺の事を禁忌を犯した魔法使いであると知りつつ、迎え入れようと言うのですか、と聞きたかったのです」
「なるほど」
そう言って女王は微笑んだ。
「禁忌を犯した魔法使いだからこそ、傍に置いておきたいのです」
「それは今度は何をするか分からない危険人物だからでしょうか」
「それもありますが、本意はそこではありません。禁呪を行使して尚魔法を追い求める探究心、そしてそれを実行できる程の知識と技量。それを私は求めています。だからこそ貴方は貴重な人材と言えます」
俺は逡巡した。
こんな風に、誰かに求められたのは初めてだ。
女王に魔法使いとして頼りにされるのは誇らしいことなのだろう。それが陰の仕事であるなら、自分の事情としても願ったり叶ったりだ。
けど……。
「迷っていますね」
彼女の言う通りだ。
これまでの自分の行いを振り返ってみても、それにふさわしい行動をしてきたかと言えばNoだ。
だからこそ迷っている。
「貴方に苛むだけの思いがあるなら、それは良いことだと思います。貴方はどうやら自身が犯した禁忌に対して罪の意識を持っている。ならそれを清算する為に国に尽くすのもまた一つの方法だと思います」
目から鱗だった。
自身の行いを悔やんできた俺には、その発想をするだけの視野がなかった。
そうか、そんな風に考えることも出来るのか。
「憑き物は落ちましたか?」
「ああ。貴女を主と認め、この国と魔法使いの為にこの身を尽くすことを誓いましょう」
既に迷いはなかった。
この人になら、一生付いていける。
俺の直感がそう言っていた。
「ありがとうございます、ユーリさん。責任をもって貴方を預からせて頂きます。貴方の知識と技術を、この世界の為に役立ててください」
こうして俺は、この国の女王の元、魔法使いの為に働くこととなった。
「そういえば、カテゴリーと言うものはご存じですか?」
「ああ、魔法使いの力のランクを示すものだとは聞いていますが」
「貴方にもそれは与えられていますよね?」
「……ええ」
確かに、働き口を見つけるに当たって持っておいた方が良いと知り合いに言われて認定を受けていた。そのお陰で、今の魔法使いの家庭教師と言う職にありつけているのだが。
「それは幾つでしたか?」
「……カテゴリー……5」
「あら、最高ランクではありませんか」
「あまり吹聴して回るようなものではないと思うのですが」
「それは貴方の力の証明です。誇って良いのですよ。例え紛い物の力でも」
「そう言うものですか」
「ええ。……そうだ、貴方にはカテゴリー5として名乗っていただきたい二つ名を与えましょう」
「嫌ですよ、恥ずかしい」
「そう言わずに。国の為に尽力する者には、相応にそれを示すものが必要ですよ」
女王は少し考え、呟いた。
「失った魔術師、ロスト・ウィザードと言うのはどうでしょう」
「……俺の事情を分かって、それを言っていますか?」
「勿論。大切なものを失って、なおその運命に抗おうとする魔術師。ええ、貴方にピッタリです」
運命に抗う、か。
聞こえはいいが、諦めが悪いだけとも言える。
だが俺を一言で表す名としては合っている気がした。
「確かに言い得て妙かもしれませんね」
「決まりですね。今から貴方には<失った魔術師(ロスト・ウィザード)>と言う名を与えます。胸を張って名乗ってください」
「いや、胸を張ってまでは名乗れないですよ」
「大丈夫、そのうち慣れます」
本当かよ、と思う他なかった。
● ● ●
「……なぁ、完全に無関係な話までしなかったか?」
「そうですね。つい昔話に花を咲かせてしまいました」
二人揃って大きな溜息を吐いた。
懐中時計を確認すると、既に夕方だった。
無駄に時間を使った気がする。
そんなことを考えていると、不意にエリーが話し始めた。
「出会った頃の貴方は、生きる意味もなくただ死んだように生きているような方でしたね」
「……そうだったな」
エリーと初めて会った時、本当に自暴自棄だったと思う。
なんせその日暮らしも良いところだったわけだし。
「けど、それを今の状況まで引き揚げてくれたのは、他でもないエリーだぞ?」
「そうでしたっけ」
惚けやがって。分かってるくせに。
……そういえば。
「風見鶏に来られる前の俺なら、こんなに悩んでいなかったと思う、なんて言ったな。こりゃどういう意味だ?」
「言葉通りですよ。正確には悩む余裕なんて無かった、と言うところでしょうか」
「それは確かに」
「ですがカテゴリー5の魔法使いだと自負し、それに見合った成果を求める。そんなことを考えられているのは、良い方向に変わったと言えるでしょう」
「それも巡り巡ってお前のお陰だ。お前が俺に価値を見出だして、こうして非公式新聞部に誘った事が俺を変えたんだから」
「それでも変わったのは貴方の意思ですよ、ユーリさん」
ふとエリーの顔を見る。
そこには笑顔が映っていた。
「そんな貴方がこの世界の魔法使いの為に出来ることなんて、決まっているのでは?」
「そんなこと……あっ」
本当だ。
何で今の今まで気付かなかったんだろう。
「改めて言いますよ、ユーリさん。貴方の知識と技術を、この世界の為に役立ててください。貴方の論文、期待していますよ」
エリーはクスリと笑い、数十年越しの言葉をもう一度言った。その後エリーは立ち上がり、扉を開けて書庫を出ていった。
……してやられた。本当にあいつには頭が上がらない。
なら、俺がやるべきことは何だ?
行くべき道は何だ?
数分考え込んで、俺は居てもたっても居られず、エリーを追うように書庫を出た。
書庫を出た俺を迎えたのは、この図書館の司書だった。
「ルイス、エリーは?」
「学園長ならもう既にここを発たれましたよ」
「そうか……」
一歩遅かったか。
仕方ない、暫く考え込んだんだ。
「どうされたんですか?」
「いや、お礼を言い損ねただけだ。また会った時に言うよ」
「そう言うことですか」
「なんだ」
「いえ、ユーリさん良い顔してるなって」
「どういう意味だ」
「だって書庫に入る時の貴方、かなり険しい顔してましたよ?それが憑き物が落ちたみたいな感じで」
「そう言う意味か。まぁ、エリーにまた助けられた、と言ったところだな」
「なるほど」
「そんじゃ、暫く本探すわ」
「レベル7の書庫はもう良いのですか?」
「ああ。あそこには俺の求めてる本は無い。必要なのは俺の知識と、それを噛み砕く為の言葉だ」
作品名:D.C.III.R.E 作家名:無未河 大智/TTjr