D.C.III.R.E
「……なるほど。頑張ってくださいね」
「ああ。ありがとう」
俺はルイスに手を軽く振り、今度は一般開放されてる書庫を漁った。
求めていた本はすぐに見つかった。
「これ、借りるぞ」
「本当に初歩的な事ばかり書いてある本ですね」
ルイスは話ながら、慣れた手付きで貸し出しの手続きを進めていく。
「これまで行動で人に教えることはあっても、言葉で説明することは無かったからな」
「なるほど、納得ですね」
話終える頃には手続きは終わっていた。
「貸出期間は二週間ですから、気を付けてくださいね」
「了解した」
俺は振り返り、寮の自室へ戻ろうとした。
その時だった。
「あれ、ユーリさん」
「カレン……に、チェルシー、エミリア。揃ってどうした」
真後ろに生徒会役員の予科二年三人組が立っていた。
「私達はテスト勉強をしに来てたんです」
「流石に生徒会役員として赤点取るわけにはいきませんからねぇ~」
「そう言うユーリさんは何してたんですか?」
「俺は卒論の資料を探しにな」
「……およそユーリさんらしからぬ資料の数々ですが」
カレンよ、嫌なところに気付くじゃないか。
「確かに~」
「魔導書とかではなく、一般言語の書物ですか」
「声がデカい。静かにしなさい」
「あっ、すみません」
「それで、ユーリさんは何故そんな本を?」
「色々考えて、やるべきことが決まった。そんで自分に言語力が足りてないことに気付いただけだ」
「あー、なるほど……」
カレンは遠い目をした。
いや、そりゃカレンなら気付くか。
「カレン、どゆこと?」
「いや、まあ……。ユーリさんって、言葉よりも感覚と行動で物を教えるタイプの人だから」
「そういうことね」
「教えるのはすっごく上手いんだけどね」
「それを言語化するのが苦手と」
「うん」
カレンの指摘がおおよそ間違ってないだけに反論しづらい。
まあ、普段から魔導書の読み方指南のようなことをしているが、教えることに言葉が詰まることがあって、それでカレンに苦労させたことはある。
「……それで、今から帰って論文を書くんですか?」
流石にこれ以上俺の醜態を晒すわけにはいかないとでも思ってくれたのか、カレンが話を変えてくれた。
スマン、カレン。助かる。
「あ、ああ。そろそろ期限も少ないし、今後の事を考えて少しでも早く仕上げたいからな」
「そりゃそうですね」
「悪いが三人共、俺はこれで」
「はい」
「頑張ってくださいね~」
「カレンの為にも、ですよ」
「ちょっとエミリア!」
「二人共静かにしなよ~」
……なんとまあ、姦しいこと。
俺はカレン達の様子を尻目に、寮の自室へ急いだ。
◆ ◆ ◆
あれから数週間が経った。
俺は予科二年の定期テストの監督や、クラスのホームルームをこなしながら、卒論を書いていた。途中、何度も書き直すことになって苦労したが。
「……終わった」
ペンを置き、俺は背筋を伸ばした。
「あ、終わりましたか。お疲れ様です」
不意に聞こえた声に驚いた。
聞こえた方を見ると、カレンが俺のベッドに腰掛けて魔導書を読んでいた。
「カレン、居たのか」
「ちゃんと来た時言いましたよ」
「そうだっけ」
「はい。なんだか心ここに有らずって感じでしたけど」
お前が言うと冗談に聞こえねぇよ。
「そりゃ、これが佳境だったからな」
「でしょうね。一心に論文を書き上げることを第一にしていたみたいですし」
カレンが部屋の簡易キッチンでお湯を沸かし始めた。
……なんだか、勝手知ったるなんとやらって感じだな。
「それは、何度もお邪魔してますし」
「……勝手に心を読むんじゃない」
「駄々漏れなんですよ。おっきな課題が一つ片付いて気が抜けるのはわかりますが」
「そいつは悪かったな」
「私の前でくらい、気を抜いてもいいですよ。そ・れ・と・も、恋人の前でも気を抜けないんですか?」
「そんなわけないだろ」
俺はカレンの後ろに立ち、優しく抱いた。
「カレンの前でも気を張るようになったらおしまいだ」
「そうですね。ほらほら、もっとリラックスしてください」
「助かる」
俺はカレンが居ないとダメらしい。
こうして抱いているだけで心地良い気分になる。
もっと抱いていたくなる。
このまま離したくない。
「……ユーリさん、心の声駄々洩れですよ」
「まあ、今日くらい許せ」
「いつもは読むなってうるさいのに……」
「たまにはいいだろ」
「さっきも読むなって言ったくせに」
俺達は暫く二人でくつろいでいた。
◆ ◆ ◆
次の日。
俺はカレンを連れ立って生徒会室へ向かっていた。
書いた論文をエリーに提出する為だ。
「結局論文はどんな内容にしたんですか?」
「うん?ああ……」
まあ、どうせ俺が卒業したら公開されるものだ。
今カレンに伝えるくらいはいいか。
「『魔法陣を用いた魔術式とその構築理論』なんてタイトルを付けた」
「完全にユーリさんの十八番ですね」
「ある意味灯台下暗しと言うやつだな。でも別に魔術に関することだけが書かれてるわけじゃない。有志で研究されている術式魔法にも応用できる内容を書いたつもりだ」
「ということは幅広い魔法使い達に役立ててもらえそうですね」
「だといいけどな」
後は、あの件をエリーに伝えるだけだ。
「……そういえば、女王様から打診されてるっていう宮廷魔術師の件はどうするんですか?」
心を読まれたのかもしれない。
これもカレンに伝える約束だったな。
「ああ、決めたよ」
「結局私に相談も愚痴もなしですか」
「こればっかりは俺の問題だからな。カレンの気持ちは嬉しかったけど、それ以前に自分でしっかり考えて決めるべきことだったからな」
その割に、結局最後はエリーの一押しがあった気がするけど。
ただそれは昔の俺の言葉と思いを思い出させてくれたってことでノーカンと言うことにしておこう。
「そうですね。これでどうしたらいいと思う?なんて泣きつかれたらどうしようかとは考えてました」
「酷い奴だ」
「冗談ですよ」
隣のカレンがくすくすと笑う。
まったく、いい性格してやがる。
「それで、どうするんですか?」
「ああ、まあ――」
俺は、俺が決めた俺の道をカレンに語った。
その夜。
俺は一人で王宮にいた。
あいつにこの話をするのに、流石にカレンを連れてくるわけにはいかなかった。
最初にあいつにここで会った時に通されたのと同じ、マジックアイテムが多数並ぶ空間だ。
彼女はそこにいた。
「そろそろ来ると思っていました」
目的の人物は振り返らずに、俺に声を掛けた。
「千里眼か」
「いいえ、そんなものを使わなくても分かります。貴方のことは大概」
「そんなに分かりやすいか、俺」
「この前話した時の貴方の顔を考えれば、自ずと分かります」
「そうかよ」
思えば、彼女のと付き合いも数十年ほどになる。
その間に接し方も変わったし、立場も変わってる。
女王とその従者。
裏組織のトップと実質ナンバー2。
学園長と一学生。
そのうちの一つを、今日この場で変えようとしていた。
作品名:D.C.III.R.E 作家名:無未河 大智/TTjr