D.C.III.R.E
「分かりました。それではユーリさんは宮廷魔術師を、カレンさんはこの王立ロンドン魔法学校の教職をそれぞれお辞めになるということで宜しいですか?」
「「はい」」
エリザベスの問いに、俺達は揃って答えた。
「それではユーリさん、非公式新聞部の方はどうされるのですか?」
「初音島はまだ俺達の間でも調査が進んでいません。なので非公式新聞部には残り、先んじて俺が調査するという形を取ろうと思います」
「良かった」
目の前のエリザベスがほっと一息、胸を撫で下ろす。
「どうした?」
「いえ、非公式新聞部まで辞めると言われたらどうしようかと思いまして。今となっては大きな組織になりましたし、私一人で切り盛りするのはしんどいなと」
「俺が辞めたとしても杉並がいるでしょう?」
「彼は根っからの現場肌ですから。デスクワークは似合いませんよ」
「ああ、確かに」
エリザベスは紅茶を少し口に含み、考える仕草をする。
数刻の後、その答えを口にした。
「委細承知致しました。貴方達二人の辞意を認めましょう」
少し厳しい表情でそう言った後、柔らかい表情で続けた。
「よく決心しましたね、ユーリさん。ご自身の為の大きな決断なんて、初めてでは?」
「いや、カレンが背中を押してくれたからです。それに陛下が教えてくれたからこそ、行きたいと思えた」
「カレンさんも、よくユーリさんと一緒に行きたいと思いましたね」
「それは、ユーリさんと一緒に生きるってことが夢ですから。私はその為に出来ることをしただけです」
その話を聞いてエリザベスは微笑んだ。
「さあ、これから暫く忙しくなりますよ。各種お仕事の引継ぎ、住む場所の手配に国籍の移動やお引越し。やらなければいけないことは沢山ありますよ!」
「なんでお前が気合入ってるんだよ」
「それは勿論、貴方達の門出ですから」
笑顔で言うエリザベス。
それにつられて俺達二人も笑っていた。
「ありがとうございます、陛下」
「ありがとうございます」
「いえいえ。これも大事な友人の為ですから。ところでユーリさん」
「なんです?」
「何故ここで女王としての私に話を持ち掛けるようにお話されていたんですか?」
「今突っ込むか?」
「それ、私も気になってた。別に学園長でも良かったんじゃないの?」
「……まあ、俺の本来の仕事は女王陛下の秘書兼近衛で、且つ非公式新聞部のまとめ役だ。だったら女王陛下に話を通すのが筋だろうと思って」
「ああ、確かに」
「そこまで考えていただいていたのですね」
カレンもエリザベスも納得した様子。
「もう話は終わったってことで、戻していいですか?」
「勿論」
「……すまない、エリザベス。本当にありがとう」
「いえいえ。これからは非公式新聞部のオブザーバーとしてよろしくお願いしますね、ユーリさん」
「えっ、そこまで決めるのか?しかもオブザーバー?」
「話は早い方が良いでしょう?」
「それはそうだが、オブザーバーって……」
その意味は傍観者。
意味通りに捉えるなら、俺は非公式新聞部では仕事を与えられないことになる。
「ええ。だって貴方は根っからのデスクワーカーでしょう?それなら魔導書解読に尽力していただく方が良いと思います。貴方にフィールドワークは似合いませんよ」
「確かにね、学園長の言う通りだ」
ぐうの音も出なかった。けどエリザベスがそう言うなら、それに甘えておこう。
俺達はエリザベスにもう一度頭を下げ、残っている仕事を片付ける為にそれぞれの持ち場へ戻った。
◆ ◆ ◆
イギリスを出る決心をして数日後。
俺は図書館島に来ていた。彼女に会う為だ。
「あら、ユーリさん。久し振り」
「久し振り、ルイス」
王立ロンドン魔法学校の副学園長兼この図書館の司書。
俺は卒業してから何度もこの図書館と彼女に世話になっていた。
彼女は変わらず受付カウンターに居た。
「聞いてるわよ。宮廷魔術師を辞めてイギリスを出るんですって?」
「ああ。今日はその挨拶に来た」
「律儀なのね」
「ここにもお前にも世話になったからな。ありがとう、本当に助かった」
「いえいえ、どういたしまして」
「それとエリザベスのこと、頼むな」
「分かってますよ。ただ今後学園長に振り回される役目が降ってくるのは不安ね」
「それに関しては問題ない。俺の代わりに他の宮廷魔術師が赴任する予定だ」
そいつは俺と同じく非公式新聞部にも籍を置く者だ。
エリザベスの事情も知ってるし、ある程度は何とかなるだろう。
「用意周到ね」
「そりゃ、俺もカレンもいなくなるわけだからな」
「そうね」
こうやってしっかり話すのは初めてかもしれない。
なんだかむず痒い気分だ。
「それじゃあ、俺は行くよ」
「ええ。ベストウィッシュ、またね、ユーリさん」
「ありがとう、ルイス」
俺はルイスと別れ、図書館を離れた。
◆ ◆ ◆
月日は過ぎて、旅立ちの日を迎えた。
俺達夫婦は初音島で住む場所や国籍などの問題をクリアし、全ての準備を整えた。
そして十数年住んだ地下学園都市にあるこの家も引き払うことになった。
「どうしたの?」
「いや、色々あったなと思って」
「……そうだね。風見鶏で学生してる頃から色々あったね」
「出会ってすぐに俺の事情に引き込んだり」
「とても不純な目的で生徒会役員になったり、その日にお付き合いすることになったり」
「思いが通じ合ったと思ったら、付き合ってすぐ長い間会えない期間があったり」
「色んな事件に巻き込まれたり」
「秘密結社の暴動とか、時空を超えた迷子とか」
「あったねぇそんなことも。あの娘、元気にしてるかな?」
「いつか再会出来るといいな」
「ユーリさんの魔法があれば出来るでしょ?」
「まあそうだが、向こうの世界で一から探すとなるとかなり大変だぞ」
「確かに」
色んな思い出がある。
そんな街を、都市を、国を、今日俺達は離れる。
「思い残しはない?」
「無いよ。世話になった人達にはちゃんと挨拶した。カレンは?」
「私も無い。パパ達ともしっかりお話出来たしね」
「流石にアルトに泣かれた時はビビったけどな」
「あったねー、そんなことも」
駄目だ、これ以上話してたら飛行機の時間に遅れる。
「さ、行こうか」
「うん」
俺達はそれぞれ手荷物を持ち、空いた手を繋いで元の住処を後にした。
風見鶏近くのエレベーターに辿り着いた時、見覚えのある人影が見えた。
「エリザベスじゃないか」
「どうしたんですか?」
「お二人がそろそろ出発する頃かと思いまして、お見送りに来ました」
「ありがとうな、エリザベス」
俺は繋いでいた手を放し、その手を差し出した。
エリザベスはその手を取り、俺達は固い握手を交わした。
カレンも同じく手を差し出した。
するとエリザベスはカレンを抱きしめた。
「え、エリザベスさん?」
「カレンさん、ユーリさんをよろしくお願いします」
「当然です。ユーリさんの奥さんですから!」
「はい」
エリザベスはカレンから体を離し、再度俺達に顔を向けた。
「それではお二人共、また会いましょう。困ったら頼ってくださいね」
作品名:D.C.III.R.E 作家名:無未河 大智/TTjr