D.C.III.R.E
「一条可憐」
「可憐ちゃん、って呼んでいいかな?」
「うん。貴女は?」
「私はカレン。カレン・アルペジスタ。私も名前で良いよ」
「同じ名前?」
「そうだね。同じ魂を持った私達は、偶然似た名前を貰ったってところかな」
女性――カレンさんはそう言うと俯いた。
「ごめんね、可憐ちゃん。私の我儘に巻き込んでしまって」
「どういうこと?」
「この前見せたあの夢。あれは私が死ぬ直前の記憶なんだ」
「カレンさんが死ぬ直前?」
「うん。辛かったよね。苦しかったよね。でも私と彼にとって、あれが一番大事な記憶みたい」
「彼って、あの男の人?」
「うん。私の大事な人」
大事な人。
何だろう、恋人とかかな。
「で、その記憶がどうしたの?」
「うん。本来なら魂に記録された記憶は、うっすらとしか認識できないはずだったんだよ」
「確かに。他の夢は何となくしか感じられなかったのに、あの夢だけははっきりと見えた」
「本来なら他の記憶と同じで、うっすらとしか貴女は見ることが出来なかったはず。それなのにあの人が掛けた魔法が、貴女にも影響を与えてしまったみたいだね」
カレンさんの言うことの意味は分からない。だけど本来見るはずの無かった記憶を見てしまった事は分かる。
「それで、どう?彼、かっこいいでしょ?」
「うん。私の王子様だって思うよ」
「でしょ?だからこれは、同じ魂を持ってる私から貴女へのお願い」
カレンさんは私の両手を取って、私の目を見て言った。
「好きにならなくていい。ただ一度会うだけでいいの。彼を彼の呪縛から救って」
「彼の呪縛?」
「彼は私に囚われている。ずっと私を待ち続けている。その為にずっと生き続けている。私が『期待しないで待ってる』なんて言ったから」
カレンさんの目には涙が浮かんでいた。
「だから、彼に私を忘れさせて?」
「嫌」
だけど私は、その言葉を否定した。
「私は貴女の生まれ変わりなんでしょ?同じ魂を持っているんでしょ?貴方は私で、私は貴女なんでしょ?だったら私が彼に恋をするのは必然だよ」
「それは……」
「だから、彼を悲しませるようなこと言わないで。少なくとも私は、一度悲しませた彼にもう一度別れなんて言いたくない」
そうか。
そうだったんだ。
だから"記憶"だったんだ。
前世の記憶を朧気に覚えていて、それが夢として表面化してきた。そこに彼の魔法の影響で、一番大きな記憶が流れ込んできた。そしてそれを察知した前世であるカレンさんが、私に忠告をしに来た。
「……ホント、私も往生際が悪いなぁ」
「再会を祈ったんだもん。往生際が悪いくらいでちょうどいいよ」
「言うねぇ」
やっとカレンさんが笑った。
私も笑うとこんな顔をしているのかな?
「……うん。私の全てを貴女に託す。その上でどうしたいか考えてみて」
「分かった」
カレンさんが私を抱きしめる。
やがてカレンさんが光に包まれ、消えていく。
その光は私と一つになった。
流れ込んでくる無数の記憶。カレンさんが歩んだ短い生涯の記憶だ。
想いが強くなる。彼に会いたい。
これは誰の想い?
無論私だ。
これは私の、一条可憐の想い。同時にカレン・アルペジスタの想いでもある。
でも可憐もカレンも私だもの。
でも一つ分からないことがある。カレンさんが言った魔法って、何だったんだろう。
● ● ●
それから私は、カレンさんから託された記憶を少しずつ紐解いていった。
力を疎まれて捨てられた孤児になった時のこと、アルペジスタの家に引き取られた時のこと、ロンドンの地下にある魔法学校のこと、そこで私たちが魔法を学んでいたこと、ユーリさんの秘密、そして私とユーリさんが過ごした時間。
全部、全部、大事な記憶。それら全てが私という一つの存在を作る大事なファクター。
だけどこの記憶は膨大だ。私は時間をかけてゆっくりと記憶を辿った。
全てを紐解く頃には、私は小学校を卒業する間近だった。
● ● ●
待てど暮らせど、王子様は迎えに来ない。
やっとの思いで記憶を整理して、彼への想いが本物だって理解できたのに。どこにいたって、見つけて見せるとは何だったのか。
そんな頃、お父さんからあることを言われた。
「お父さんの転勤でな、初音島に行くことになってしまった」
初音島。
お父さんの実家がある島で、昔から何度かお父さんの里帰りで連れて行ってもらったことはあった。
まさかこのタイミングでお父さんの仕事の都合で初音島に行くことになろうとは。
だけど不思議と良い予感がした。なんだかよく分からないけど。
暫くして、私達一家は本土を発ち、初音島へ住処を移した。
両親揃ってこの島を終の棲家にすることにしたみたいだ。
それに関しては異論はない。私は私の王子様を探すだけだから。
今日は風見学園への編入手続きを済ませていた。
色々説明を受けて、来週から本格的にこの島での学生生活がスタートする。
その後私は一人で島を散策していた。何度か来ているとは言え、流石に一人で出歩けるようにならないと思ってのことだ。両親二人揃って何も言わずに送り出してくれた。
まだ春休み中らしく、学生らしき人達が友人と出歩く姿をよく見る。
来週からあの中に入れるだろうか。少し不安だ。
そんな時だった。
見覚えのある背中を見つけた。
ああ、そうだ、間違いない。あの背中は、100年前からずっと見ていた背中だ。
兄妹のような二人の子供を眺めるその横顔。確かに私が探し求めていた王子様だ!
私は一目散に駆けだした。
「ユーリさん…ですよね…?」
近づいた背中に声を掛ける。
振り返るのその顔は、驚きに満ちた顔をしていた。
間違いない。私が探していた、私が大好きな人だ。
「やっぱりユーリさんだ!ユーリさん、久しぶり!」
私は興奮のあまり、彼に抱き着いた。
◆ ◆ ◆
「起きろ、可憐」
何かを叩く音がする。
と言うか、ほっぺが痛い。
誰かに叩かれてる?
「起きろー。ってか、起きてるよな?」
「……バレたか」
目を開けて眼前を見る。大好きな人が私を覗き込んでいる。
この人が早めに起きてるの、珍しいな。いつもなら私が起こすのが多いのに。
「どうかしたの?」
「まあ、ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
「お前の見た夢が流れ込んできた。多分、お前の過去の記憶」
寝耳に水だった。
「ユーリさん。ゆっくり話したいから、先に朝ご飯用意してもいい?食べながら話そ」
「構わん。それにもう用意してるから、着替えて来い」
それはまるでそうなることを予見していたかのような言葉だった。
私は着替えてすぐ居間に向かった。ユーリさんの言う通り、朝食の準備は済んでいた。
「なんでって、聞いても?」
「可憐が起きる前に目が覚めたから、時間つぶしに……と言っても、お前には無駄か」
「まあね」
――お前の見た夢が流れ込んできた。多分、お前の過去の記憶。
さっきそう言ってたじゃん。そんなこと野暮だから言わないけど。
「それじゃ、いただきます」
作品名:D.C.III.R.E 作家名:無未河 大智/TTjr