D.C.III.R.E
After da capo:My graduation 新しい世界、進むべき道
ウィザリカの騒動から数日後。
学寮の女子寮のとある部屋へ向かっていた。
目的の部屋の前で、深く溜め息。
……出来れば借りは作りたくないが、致し方ない。
部屋の扉をノック三回。
「はーい」
居た。居たなら、覚悟を決めよう。
「ユーリだ。今大丈夫か?」
「いいわよ」
部屋の中からパタパタと音が聞こえる。それが止むと、扉が開いた。
「どうしたのよ。貴方から訪ねてくるなんて珍しい」
部屋の主、リッカが顔を出した。
「頼みがあってな」
「……まあ、入りなさいよ」
誘われるまま俺はリッカの部屋へ入った。中は思ったより整頓されていた。
思わずまじまじと眺めてしまった。
「何よ」
声の方を見るとリッカが睨んでいた。
「いや、思ったより綺麗だなって。部屋が」
「あー……」
リッカの目が明後日の方向を向く。
もしや。
「まあ、甲斐甲斐しくお世話してくれる人がいてね……」
「恥ずかしいと思えよ」
「分かってるわよ!でも、どうしても研究してると時間とか諸々を忘れてしまって、つい散らかしてしまうのよ」
「分かるけど……」
俺は片手で顔を覆った。
昔から変わらないな、とは思いつつ恋人に何させてるんだと。
「それで!何の用なのよ」
不意のリッカの大声で気付かされた。
閑話休題。
今日の話はこれじゃない。
「あ、ああ。そうだった」
いつの間にかリッカが用意していた紅茶を受け取り、俺は話し始めた。
「用っていうか、頼みなんだけど。これから暫く、俺とリッカで受け持ってるエリーからのミッションを、俺の分まで引き受けて欲しいんだよ」
「また唐突ね。どうしてよ」
「……卒論、書かなくちゃいけなくてな」
「あー……なるほど」
既に五月も末まで来ている。
残り二ヶ月で卒論を仕上げてしまわないと、次の進路に間に合わない可能性があった。
「進路は?」
そのリッカからの問いに俺は答えられなかった。
「もしかして、まだ決まってないの?」
俺は黙って頷いた。
「なんでまだ決まってないのよ!」
「……そんな暇なかった、は言い訳だな。決まってないと言うよりは、決めかねてるってのが近い」
「どういう意味よ」
「エリーから打診されてるんだよ。宮廷魔術師にならないかと」
「それでいいじゃない」
「禁忌を犯した俺がか?」
リッカは目を見開いた。
俺の犯した禁忌とは、無論<最後の贈り物(ラスト・クリスマス)>と呼ばれる禁呪を行使したこと。それにより、俺は厳密には魔法使いではない為、魔術師を自称している。
「リズはなんて?」
「ユーリさんの意思に任せます、だと」
「リズなら言いかねないわね」
今度はリッカが溜め息を吐いた。
「それで、進路を考える為にも時間が欲しいと?」
「察しが良くて助かるよ」
リッカは少し考える振りをして、俺に言った。
「貴方の行動原理はなんだったかしら?」
「そんなの、決まってる」
noblesse oblige.
これは俺がこういう生き方を選んだ時から変わっていない。
俺は俺自身が高貴な存在だとは思っていない。だが、俺自身には背負うべき責務がある。罪を犯した者として、或いは<失った魔術師(ロスト・ウィザード)>として。
「それを胸に、もう一度考えてみたらいいんじゃないかしら」
「……そうだな」
「ま、それまでの間くらいエリザベスからのミッションの肩代わりはしてあげるわよ」
「恩に着る」
俺は深々とリッカに頭を下げた。
「ま、貴方にも返しきれない恩はあるわけだし」
「……あの事を言ってるんなら、気にする必要は――」
「私が勝手に思ってるだけよ、気にしないで」
俺はそれ以上口にすることはなかった。リッカがそれを望んでいない気がしたから。
「分かった」
その一言だけ呟いて終わらせることにした。
「で、エリザベスは何て言ってるの?」
「あ、いや。まだ何も話してない。流石にお前に先に話しておかないとと思って」
「懸命な判断ね。じゃ、本格的に決まったら教えて頂戴」
「分かってる。それじゃ、また学校で」
「ええ」
俺は出された紅茶を飲み干して、リッカの部屋を後にした。
◆ ◆ ◆
次の日。
予科二年Bクラスの終わりのホームルームで、俺は学生達に話をしていた。
「前々から言っていたが、明日から定期考査だ。今回は中間テストだから、これの結果で追試なんてことはないだろうが、気を引き締めて掛かるように」
教室内から口々に声が上がる。概ね面倒だなんだと言ったことだが。
「ま、面倒なのは分かるよ。俺だってそうだし」
「そう言うユーリさんはテストどうなんですか?」
クラスの一人から問われた。
「俺か?俺自身は特に心配はしてないはない。代わりに卒業論文を書かなければいけないが」
目下一番の問題はその卒論なのだが。
「それじゃ、今日は解散。帰ってしっかり勉強しろよー」
俺はホームルームを締め、荷物を片付け、クラスを後にした。
……さて、エリーに話をしに行かないと。
と、そんな時。
「おっすーカレン」
「行きましょうか」
「チェルシー、エミリア、お待たせ」
前を歩く三人の少女たちを見つけた。
……流石に、彼女たちの邪魔をするのは無粋か。
俺は少し遠回りをして生徒会室へ向かうことにした。
◆ ◆ ◆
今日の最後のホームルームを終えて、同じ学年で生徒会役員のチェルシー・エミリアと一緒に生徒会室へ向かう途中。
……なんだか、ユーリさんの心の声が聞こえたけど、どうやら私達の邪魔をしたくなかったらしいので、気にしないことにしよう。
「で、最近ユーリさんとはどうなの?」
と、そんなことを考えていると、エミリアが聞いてきた。
「どうって、何さ」
「分かってるくせに~。私ら一人身は、親友が恋人と普段どんなことしてるのか気になるのだよ」
今度はチェルシーが話に乗っかってきた。
恋人と普段どんなことをしているか……か。
「それを聞いてどうするのさ」
「今後の参考にするのよ」
言ってくれる。
というか、私とユーリさんとのことで何か参考になることってあるのかな?
「と言ってもなぁ……」
三ヵ月くらい前にユーリさんが女王様からのとあるミッションで世界を回っていたのから戻ってきてから、それなりに恋人らしいことをしつつ、この前のウィザリカの一件があって。それからお互いに定期テストとユーリさんは追加で卒業論文を書かなければいけないってことで、あの時添い寝してもらって以来あんまり構ってもらえてない。
「……なんもないの?」
見かねたらしいエミリアが聞いてきた。
「ないかなぁ」
あの時の件は話さないでおこう。彼女達も知っているとは言え、ウィザリカの件は今でも緘口令が敷かれているし、何より私自身の件もあるからあんまり人に話したくない。
「もしかしてマンネリ化してるの?」
「そういうわけじゃないんだけどなぁ。なんというか、忙しくてすれ違ってる感じ……」
「あー、なるほど」
「大丈夫なの、それ?」
「お互いに忙しいの分かってるからねぇ。ユーリさんも気にしてくれてるし」
「と言うと?」
作品名:D.C.III.R.E 作家名:無未河 大智/TTjr