拝啓、すてきな笑顔のあなたへ
サイレンススズカは、それを認めるとドアの影に身を隠し、一度、二度、深呼吸をした。
大丈夫、大丈夫。
昨日、あれだけ練習したんだから。
歩いて行って、声をかけて、誤解を解く、謝る。
これだけなんだから、しっかり、そう、余計なことは考えずに。
よし、と誰ともなしに言い、振り返って歩み始めると──。
「スズ……カさん?」
「えっ……」
ちょうど教室を出て行こうとしていたようで、スズカはフクキタルと三十センチほどの距離で顔を合わせてしまった。
固まる時間、強張る体。
二人とも、見つめるのみで、言葉を交わすことはなかった。
いや、できなかった。
とは言っても、時間はしっかりとその流れを保っており──それは、二人の頬をゆっくりと伝い落ちる、雫たちでも感じられた。
それに何より──スズカの思考が、それを物語っていた。
ど、どうしよう……。
言わなきゃ、そう、言うのよ私。
挨拶でも、ごめんでも、なんでもいいから口から出さなきゃ。
口が、顎が、言うことを聞かない。
開きたいのに、奥歯はそれを拒否するようにかちかちと音を立てた。
そうしている間にも、目の前の輝く瞳は、その星を失っていく。
そして、その何処か期待を持ったような視線はその目線を沈ませてゆき──。
「……あ、う」
「……ごめんなさい」
暗く、俯いたまま──スズカの横を、すらりと通り抜けて行ってしまう。
待って、と言う口の形、喉の形を作ったものの──その言葉がスズカの口から出ることはなく、ただ虚しく空気が漏れてゆき、行き場を失った腕は、だらりとその場に落ちていくのだった──。
そして、フクキタルが廊下の先へと消えたあと、陰から見ていた二人がスズカの元へと駆け寄った。
「……この作戦はだめか」
「ごめんなさい、上手く……声が」
「ノー、スズカ、次がありマース!」
「そうね……そう、うん、ありがとう、二人とも」
「作戦二だな、任せておけ」
そう言って、エアグルーヴが取り出したのは──レターセットだった。
作品名:拝啓、すてきな笑顔のあなたへ 作家名:かてろん