ポケットにしまう有限の涙と無限の栄光。
伊藤理々杏は答える。「ポケモンゴーはリリース当初、アプリ入れてたんだけど、そん時まだ、地元にいて沖縄にいて……。沖縄ぁ、ポケモンそん時、今はどうかわかんないんだけど、全然いなくてぇ……」
「ポケモンゲットするゲームでポケモンいねえのって、なんだそりゃ」
磯野波平はげらげらと笑った。
「逆に何ならいるの?」風秋夕は興味深そうにきいた。
伊藤理々杏は、にやけて答える。「コラッタと、ドードーが、ぽつんぽつんと、公園にいるだけ。え待って沖縄やっば!」
どっと笑い声が上がった。
「東京にぃ、こっちに来た時にぃ、ポケモンゴー開いた時にめちゃくちゃ東京ポケモンいっぱいいるんだけど、て…、それにぃ、凄いびっくりした記憶ある……」
伊藤理々杏はそう言った後で、また食事に戻った。
広大な地下二階のフロアに、ファット・ジョーft.アシャンティーの『ワッツ・ラブ』が流れる。
「綾ティーはストラス2だもんね!」
風秋夕は、にこやかに吉田綾乃クリスティーに微笑んだ。
「は~い、ストラス~。いえーい」
吉田綾乃クリスティーは小さなガッツポーズを作って屈託なく微笑んだ。
「勇気ちゃんが好きなの?」
稲見瓶が吉田綾乃クリスティーに言った。
「え、ゆうき?」
与田祐希は焼き芋を食べながら、唐突に呼ばれた名前において驚いた顔をする。
「ちーちゃんだろ?」風秋夕は嫌そうな顔で稲見瓶を一瞥した。「勇気ちひろちゃんだろ、にじさんじの。あの子の事勇気ちゃんって呼ぶ人いないでしょうよ……。ちーさんか、ちーちゃんだろ、普通に」
「ああ、詳しくないからね。別に何ちゃんでも構わないけど」
「何それ……」
「ちーちゃ~~ん!」吉田綾乃クリスティーは食事を途中でやめて、大きなばんざいをした。「けっ、こう、観ちゃう……。え可愛いし、面白いし。ねえ波平君知ってるぅ?」
「な~いいだろぉ、飛鳥っちゃんよ~」
「んもううざったいな~」
磯野波平は、齋藤飛鳥にちょっかいを出していた。齋藤飛鳥はよそよそしく嫌がっている。
「波平くぅん!」
「ああ?」
「ちーちゃぁん…、知ってる? てきいてんの!」
吉田綾乃クリスティーは、可愛らしくぷんすかと磯野波平に言った。
「知ってんに決まってんだろうよ……」
磯野波平は横顔で、真顔で答える。その体勢はまだ、齋藤飛鳥にちょっかいを出している体勢のままであった。
「可愛いよね!」吉田綾乃クリスティーは満面に微笑む。
「綺麗だな」磯野波平は、体勢を戻して、斜め上を見上げてあごを触る。「ま可愛いっちゃ、可愛いよな~。一級品の可愛いだよな、ちーちゃんはよ。なんたって、声がいいもんな!」
「そーなのー、声が可愛すぎるのー!」吉田綾乃クリスティーは大喜びする。
「ストラス2、お前わかるの?」
風秋夕はふと、真顔で磯野波平にきいた。
「スト2だろ? おう、知ってんよ」磯野波平は微笑む。「俺は豪鬼(ごうき)だ」
「はあい?」
風秋夕は座視になる。
「ごうき?」吉田綾乃クリスティーは小首を傾げる。「はて?」
「そりゃストリートファイターでしょうが!」風秋夕は声を張り上げて言った。「豪鬼って、お前それ格ゲーだろ~?」
「そうだよ?」磯野波平には何を言われているのかがわからない。
「ストリーマーラストだよ、サバゲーだよ、サバゲー」風秋夕は困ったような表情で磯野波平に言う。「ストラス2、ストリーマーラストツーだよ、ちーちゃんだけ知ってて、ストラス知らねえのかお前は……」
「ちーちゃんはだって、全国放送じゃねえか。だろ? あれは……」
磯野波平は、なんとなく吉田綾乃クリスティーの顔を窺った。
「全国放送?」風秋夕は腕を組んだまま、怪しそうに小首を傾げる。
「え、ちーちゃんって、どんな人?」
吉田綾乃クリスティーが磯野波平に言った。
「どんな人って……、乃木坂の元一期生で、首が長くって、美人でよぉ……」
風秋夕は眼を瞑って、数度、頷いていた。「そうきたか……。まあこいつは独特の世界で生きてるから別にいいとして。綾ティー、ALGSとかに出ちゃえばいいじゃん」
「いやっ、いやいやいや、無理だよー、出たって瞬殺瞬殺」
吉田綾乃クリスティーは苦笑した。
「サバゲーの大会か何か?」稲見瓶は二人を交互に見た。
「エペの世界大会」吉田綾乃クリスティーは笑顔で答えた。「すっごいんだよ~」
「普段はLEONさんとかの配信観るだけ? 自分でもやるんでしょ? あれ、やるのってれんたんだっけ?」風秋夕は吉田綾乃クリスティーにきいた。
「ううん、あやもやるよ。自分でもやる。でも気づいたら配信観ちゃってるな~」
「わかる?」山下美月は梅澤美波を見る。
「全然わっかんない」梅澤美波は苦笑した。「えそれこそ、飛鳥さん、わかりますか?」
「うーううん」齋藤飛鳥は唸って首を横に振った。
広大な地下二階のフロア全域に、ラキムの『ゲス・フーズ・バック』が流れた。
「麗乃ちゃん達の『ラブシェアリング』、最強面白かったな~」
風秋夕はイカゲソを箸でつまみながら言った。
「あ~、ありがと~う」
中村麗乃はにかっと微笑む。
「波平、」風秋夕が言う。
「んあ?」磯野波平は振り返る。
「『ラブシェアリング』を一言で言い表すなら、なんだ?」
「大傑作、だな!」
磯野波平はソファにふんぞり返って言い放った。
「ナイス評価」
風秋夕は親指を立てて、今度は稲見瓶に言う。
「イナッチ、『ラブシェアリング』を一言で表すなら、何?」
「サイコパス」
「こぉら、ハウスっ!」風秋夕は驚いたように言った。
「あでも、そうじゃない? 実際サイコパスだったし。かなり」
中村麗乃はそう言って微笑んだ。風秋夕を見て、稲見瓶を見る。
「過激な内容だったね」稲見瓶は親指を立てて、それを中村麗乃に見せた。「そこが良かった」
「最初は可愛い学生生活できちゃうのかな~、て、期待してたんだけど」
中村麗乃は苦笑した。
「演技ってできちゃうもんなのな?」磯野波平は誰にでもなく言った。
「私できないよ」山崎怜奈はそう言ってから、苦笑する。「出来ないって言いながら、舞台とかやったけど」
「じょしらくか」風秋夕は咄嗟に言った。
「れなちは『チームら』だったね。飛鳥ちゃんは『チームご』だった」
稲見瓶が懐かしそうに囁いた。彼は現在すこぶる機嫌が良いが、それは大好物のアイスコーヒーを飲んでいる為ではない。無論、乃木坂46と過ごしている奇跡のひと時だからなのである。
「すげえ笑ったあれ」風秋夕は笑った。
「黒歴史、黒歴史」山崎怜奈は嫌がる。
「2015年かな」稲見瓶は言った。「色んな事が動き出した年だね。続く2016年の夏には、名作『少女のみる夢』が生まれた」
「飛鳥ちゃんね」山崎怜奈は齋藤飛鳥を見る。
「れなちは2016年に、傑作だった『じょしらく弐~時かけそば~』に出てる」
稲見瓶は山崎怜奈に微笑んだ。
「いやだから、黒歴史だってば」
「面白かった」稲見瓶は微笑んで、頷いた。
「だ~ら、演技ってよぉ、意外とできちゃうもんなのな?」
磯野波平がまた言った。
「いやいや、麗乃ちゃんだって、いきなり演技初挑戦、てわけじゃないんだぜ。麗乃ちゃん、ジュニアモデルだったんだから」
作品名:ポケットにしまう有限の涙と無限の栄光。 作家名:タンポポ