ポケットにしまう有限の涙と無限の栄光。
「食うぜ。メシをなぁ……。地下八階の〈BAR46〉っつうのが俺様の行きつけでえ、地下六階の〈無人・レストラン〉三号店もまた、俺様の行きつけなわけよぉ……。そこで、食う! うまいメシを!」
「まだ子供ですよ!」
井上和は、困り果てている小川彩を己の前に立たせて、肩を押して、小川彩を前に出す。
「え、え、え、え、」
小川彩は困り果てている。一方、稲見瓶はまだ動けずにいた。
井上和は小川彩の背中側から叫ぶ。
「まだ十五歳ですよっ! 十五になったばっかりですよっ! 食べちゃうんですか!」
「メシをだぜ?」磯野波平は顔をしかめる。「いいじゃんかよ、ダメなんか。メシぃ……」
「やめろ波平っ!」
その場にいた皆が一斉に声のしたそちら側へと振り返った――。
それは、三期生の山下美月であった。
「美月ちゃん……、何がやめろなのよ……」
「波平っ、ハウス!」
山下美月は磯野波平に近寄って行く。それを五期生達は呆気に見つめていた。
「ハウスって……、キャインキャイン、てか?」
「あ、の、ねえ、……まーだ入ったばっかなんだよう?」
山下美月は磯野波平の目前で脚を止めると、両手の拳を腰において、磯野波平を可愛らしい大きな瞳で見上げた。
「五期生だよ? 子供なんだよ?」
「あ、私二十歳です……」
池田瑛紗は気まずそうに呟いた。小さな呟きであったが、ちょうど何かの音頭が終わったところであった為に、その声は山下美月と磯野波平まで届いた。
お祭り会場に『花笠音頭』が流れ始める……。
「二十歳だよう? そんっなに、若い乃木坂が好きなの?」
「いや、別に(好きだぜ!)若いってのは、別に(若いのも年上も好みだぜ!)あんま関係なくて……、ただ、(好きなだけだぜ!)興味があったからよぉ……」
「じゃあ三期でいいじゃん!」山下美月は磯野波平に顔を近づけて言う。「三期にからみなよ三期にぃ!」
磯野波平は、山下美月のあまりの可愛さに、神に捧げられた供物のように心を浄化される。外見では顔が真っ赤に赤面していた。
「ありがとうございます……」
井上和が初々しく、微笑んで山下美月にそう言って近づくと、他の五期生達もまた、初々しい笑みを浮かべて山下美月に感謝を述べた。
「大丈夫? ま、これでも先輩だから、一応ね」
山下美月はそう微笑みを残してから、しゃがみ込む。
「イナッチ~……、だいじょーぶう?」
「あ、ああ、……もう少しで、動けそうだよ……。大丈夫、ありがとう」
稲見瓶はなんとかで答えた。だがしかし、彼は現在四つん這いになって顔を伏せて震えている。
山下美月は深い溜息を吐いてから、磯野波平の腕を掴んで、己が来た方向へと引き返して行く。磯野波平は黙っておたおたとついて行った。彼の心の中は今、山下美月と薔薇色でいっぱいであった。
「あんっな、ムッキムキの人を黙らしちゃうんだから…、やっぱ先輩だよねぇ」
菅原咲月は尊敬の眼差しで囁いた。
「あの人、ちょっと変なのかなあ?」
池田瑛紗は本気で思った事を口にした。
「色んなファンがいる事は事実よ」中西アルノは言う。「ほんとに変な人は、筋トレとか時間を費やす修練は出来ないと思う……」
「あの人、ちょっとヘンなのかなあ?」
川﨑桜は大人しい無表情のままで、唐突に池田瑛紗のモノマネをした。
「あはは似てる」
「何突然?」
五百城茉央が無邪気に笑い、井上和は笑顔で驚いていた。
「びいっくりしたぁ~……」
小川彩は、そう呟いて、レインボーのかき氷をまた食べ始める。かき氷は程よくとけ始めていた。
「強そうだったね、磯野かつおさん」
一ノ瀬美空は山下美月達が去っていった方を眺めながら、笑みを浮かべてバター醤油味のポップコーンを食べ始める。
「波平さんだから。ていうか、今日うぉーあいにーの髪型で来たんだよねー」
池田瑛紗は、耳の後ろで二つのお団子に結んだ髪を触りながら、誰にでもなく言った。
「うぉーあいにい?」
五百城茉央は笑いながら、チョコバナナの続きを食べ始める。
「あたた、っつう、頭痛い……」
「キーン?」
菅原咲月は続きを食べ始めたかき氷で頭痛をもよおし、井上和はそれを笑った。
「キーンって、そんなに早くなる?」
奥田いろははそう呟き、それらをしり目に、パイン串を食べる。
「なるなる。あはは」
岡本姫奈は、スター・バックスの屋台で貰ったマンゴーパッションティーフラペチーノを美味しそうに飲んだ。
中西アルノは、去っていった磯野波平達から視線を五期生達へと修正して、ひんやりと冷たいみぞれ味のかき氷を一口食べた。
「わたあめ食べたい……」
川﨑桜は、隣に立っていた冨里奈央へとかき氷を手渡して、すたすたと続く屋台の景色の中に歩き進んでいく。
「何味だ、これ? んぅ?」
冨里奈央は、複雑に混ざり合った褐色のかき氷を、難しい表情で見つめながら唸っていた。
11
夕焼け色のお祭り会場では、音頭が鳴り止み、今はR&Bサウンド、ルトリシア・マクニールの『ストゥランディド』が流れ始めていた。
「あれ、R&Bになっちゃったの?」
山崎怜奈は、夕焼け色の景色を見回して呟いた。山崎怜奈は現在、姫野あたると共に、焼肉の屋台の前まで出向いて来ていた。
焼肉の屋台の前には、乃木坂46の四期生達が勢ぞろいしていた。このお祭り一番の大繁盛屋台である。
「れなちさん」
「あ、はい!」
山崎怜奈が声に振り返ると、笑顔の賀喜遥香が待ち受けていた。
「焼肉ですか?」
「はい、そうです」
山崎怜奈は笑顔で答える。姫野あたるは田村真佑達と何やらの会話を始めていた。
「あーじゃあ、カルビ、美味しいですよ」賀喜遥香はにこりと微笑む。「私もさっきっからカルビばっかり頼んでるんですけど、他では違うやつよく頼むんですけど、…ここのカルビ、全っ然、脂っぽくなくて、店員さんいわく、A5ランクらしいです」
「お祭りの屋台でA5出しちゃうんだ?」山崎怜奈は驚いて苦笑した。「夕君らしいっちゃあらしいけど。あ、じゃあ私も、カルビ頼んどこう」
「すいません」
賀喜遥香は笑顔で、焼肉の屋台の店主に小さく手を上げた。カルビを注文した。
「ありがとかっきー。あ、悠理ちゃん、どうしたの?」
山崎怜奈は、近くにいた北川悠理に問いかけた。北川悠理は、紙皿に載った焼肉を、食べにくそうに苦戦している。
「あー、れなちさん。ちょっと聞いて下さい」
「はいはい?」
「なんかぁ、私は元左利きの、現、右利きだと思ってたんですけど……、最近左腕が痛くて、痛くなってからは左をいかに使っていたかに気付いて、現、左利きの可能性が見えて来たんです……」
「はいはい。あ、それで、どっちの手で食べるか迷ってたわけだ?」
「はい」
山崎怜奈は思わず笑った。北川悠理も賀喜遥香も笑う。
「へい、カルビお待ち!」
店主が腕を伸ばして山崎怜奈へと焼肉の載せられた紙皿を手渡した。続いて箸を取って、山崎怜奈は賀喜遥香に「では、いただきます」と言ってから、食べ始めた。
「うーん、…おいひいじゃーん。さっすが、A5ランクだわ」
「ね、美味しいですよね!」賀喜遥香も喜んだ。
「おまつ、口についてるよ」佐藤璃果は言った。
作品名:ポケットにしまう有限の涙と無限の栄光。 作家名:タンポポ