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ポケットにしまう有限の涙と無限の栄光。

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「何処かの、軍人さんのお言葉ですわね」
「私達のれなちは消えません。イナッチいわく、との事です。決して消えないのであれば、安心して推し続けましょうよ」
「ああ、泣いてもいいかしら?」
「結構ですよ」

 東京都港区のとある道路工事において、三島ガード株式会社から派遣されて、ガードマンを務めているコンビは、姫野(ひめの)あたると、宮間兎亜(みやまとあ)であった。
 宮間兎亜は鳴ったスマートフォンを見る。
 姫野あたるは、着信を鳴らした電話に出た。
「おお、イナッチ殿、こんな時間に珍しい。どうかしたでござるか?」
 「れなちが、卒業する事になった」
「……そ、れな、ち殿が、…なんと?」
 「よく聞いてくれ。れなちが、七月に、乃木坂から卒業する」
 宮間兎亜は、開いたライン画面に驚愕の表情を浮かべる。
「ちょっとダーリン! 誰からよその電話! 切っちゃいなさいよそれどころじゃないんだから!」
「イナッチ殿、からでござる……」
 姫野あたるは、顔をうつむけた。
「じゃあ……、聞いたのね?」
 姫野あたるは、うなだれるようにして、頷いた。
 「ダーリン、もしもし。気を強く持つように。今日の夜、仕事終わりにリリィに直行してくれ。ファン同盟で集まる」
「了解でござる……。わざわざ、ありがとう、イナッチ殿……」
 「気を強く持って。じゃあ、また後で」
 姫野あたるは、稲見瓶との通話を終了し、スマートフォンを制服ズボンのポケットにしまった。
「れなちがー、卒業って……。この世は地獄か」
「れなち殿がいってしまうと、あやめちゃんは二期で一人でござるな……」
「そんなの、わかってて卒業って言ってるのよ、れなちは。あやめちゃんをヨロシクって気持ちでいくんでしょうが。あんたしっかりしなさい?」
「小生は、れなちの卒業を、たったの一ヶ月で、受け入れなければならないのでござるな……」
「そんなの、あたいだって一緒よう」
「れなち殿は、今、笑っているでござろうか……」
「え?」
「れなち殿の、笑顔が見たいでござる……」
「そうねぇ……。あんたたまにはいいこと」
「むっしょうにぃ、見たいでござるぅうううーっ!」
「ちょ、ちょっとお、大声出すな馬鹿男!」
 姫野あたるは、閑静な住宅街に響かせるように、全力で雄たけびを上げた……。
 ちらほらといる通行人達が、二人のガードマンを一瞥していく。
「なんなのよあんたはっ! 馬鹿なのっ!」
「見たいんでござるもん……」
 姫野あたるはしゅん、と答えた。
「仕事中でしょ! ガキかっ!」
 宮間兎亜は、眼の色を白黒させて、姫野あたるに怒鳴った。
「悲しいのはあんただけじゃないのよっ! あたいだってれなちの推しなんだからっ!」
「れなち殿……」
「ちょっと聞いてんの!」
「小生、帰るでござる……」
「ええ?」
 姫野あたるは、その場を動こうとする。しかし、宮間兎亜がそれを制止した。
「あとちょっとで今日の工事は終わるんだからっ、さっきお昼に言われたでしょう? 今日は早く帰れて良かったねって!」
「どいてくれ、でござる……」
 姫野あたるは強引に動こうとする。
 宮間兎亜は、大きく溜息を吐き、姫野あたるの頭をぶっ叩いた。
「あ痛たぁっ~でござる!」
「いいござるの助、よく聞きなさい! れなちは卒業の報告して仕事放棄して社会の調和を乱す奴と、仕事を全うしてから、卒業を悲しむ奴の、どっちを望むと思う!」
 姫野あたるは、大きく眼を見開いた――。
「そうよ……。わかった?」
「リリィ・アースに行くでござる。今すぐに行けば、もう向こうも来ている時間かもしれぬでござる」
「……あそう。よ~し、わかったわ……」
 宮間兎亜は、大きく振りかぶって、姫野あたるの横っつらを全力でひっぱたいた……。
「つっ……っ」
「気はすんだわ……。行くなら、行きなさい」
「うう、れなち殿……っ、ううぅ……」
「……」
 宮間兎亜は、じんじんと疼く手の平を意識しながら、泣き出した姫野あたるを見つめた。
「あんなに、明るいれなち殿が、今…寂しい気持ちでいるとしたら……、小生は、れなち殿を元気づけたい……」
「チャンスはあるわよ。ふんっ、仕事終わりに直行っていう約束だから、リリィ・アースに行ってから、そういうのは話し合いましょう」
「うう……、承知した、でござる」
「ほんっとに、人っ騒がせな奴……」
「小生、焦りが転じてうまくコントロールできなんだ。一つ、借りでござる」
「ふん」
「とーちゃん殿」
「んー?」
 宮間兎亜は頭の後ろに後ろ手を組んで、トレードマークの半眼で姫野あたるを見つめた。
「ほっぺが痛たーいでござるー……」
 姫野あたるは、顔をくしゃくしゃにしかめて、笑っていた。

 比鐘蒼空(ひがねそら)は、本日東京都港区のとある書店でアルバイトをしているところ、稲見瓶からの電話を受け取っていた。
 比鐘蒼空は、電話先の稲見瓶に、思わずきき返した。
「誰が……、ですって?」
 「れなちだよ」
「れなちって……」
 「乃木坂46二期生、山崎怜奈ちゃん」
「いつ? いつですかっ?」
 「七月の十七日に、卒業するみたいだ……」
「えぇ……。そ、んな……。本当なんですか?」
 「嘘の逆。虚実の実」
「そんな……、急じゃないですか……」
 「急だね。でも悲しむ時間も、見送る時間も残されてる事に、感謝しなくちゃいけない」
「……」
 「今日の勤務は、何時頃に終わる予定?」
「五時、六時には……」
 「その後、そのまま、リリィ・アースに直行して下さい。何をどうするのか、まだ不明確だけど、とにかく集合がかかってる。大事な集合だ。欠席する場合には、それなりの理由を用意してもらう」
「ああ、行きますよ……」
 「うん。よろしく。仕事中に悪かったね。それじゃあ、また後で」

       2

東京都港区のとある高級住宅街に秘密裏に存在する、巨大地下建造物〈リリィ・アース〉その地下二階のエントランス・フロアの東側のラウンジ、そこにある四角くテーブルを囲うように置かれた非常に大きなソファ・スペース。通称〈いつもの場所〉にて、PM八時には乃木坂46ファン同盟の十名全員が集合を果たしていた。
現在、乃木坂46のメンバーでは、一期生の秋元真夏と、同じく一期生の樋口日奈と、同じく一期生の和田まあやと、OGの新内眞衣が訪れていた。
尚、乃木坂46ファン同盟の十名は、全員がはるやまのスーツを着用している。これは同盟の掟であった。
「そろそろ、なんか食べませんか、お姫様達」風秋夕はアイス・ミルクティーのカップを手に取りながら女子達に向けて言った。「お腹空いてるでしょう?」
「空いた~」秋元真夏は表情を曇らせて笑った。「イーサン、色とりどりの季節の野菜天ぷら、ご飯とちょうだい」
「ひなは今週の一押しラーメン、ちょうだい?」樋口日奈は空中を一瞥して言った。
「あー、まあやはー、サラダとー、サラダは何でもいいや、サラダとー、……からあげ! とご飯ね! あ、あとおしんこも!」
「うちはー、炙り馬肉の特上霜降り握り、一人前…お願いします」新内眞衣はパタン、とメニュー表を閉じた。