ポケットにしまう有限の涙と無限の栄光。
遠藤さくらに、焼きたての焼肉が紙皿で届いた。齋藤飛鳥はそれを覗き見る。
「へぇー……美味しそ」
「食べます?」遠藤さくらは、齋藤飛鳥に小首を傾げる。
「ふん、いいから、食べなさい」齋藤飛鳥は微笑んだ。「優しいねえ」
遠藤さくらは微笑んで、焼肉にか細い息を吹きかけていく。
「くろみんが、乃木メで、電話くれるメンバーナンバー1だよ」風秋夕は爽やかに口元を引き上げて、黒見明香を見つめた。「何気に、超絶あざといしね、くろみん……」
「えへへそうですかぁ? あざといかな……」黒見明香はえくぼを作って笑った。「あざといのかな……。ヤバいですか?」
「ううん。超絶、可愛い」
「あは良かった……」
齋藤飛鳥はメニュー表と睨めっこしながら、小さく唸り声を上げている。
「あ、飛鳥だ」
山崎怜奈は、齋藤飛鳥の存在に気付いた。
「おお。んー、何が美味しい?」齋藤飛鳥は山崎怜奈に開口一番にきいた。「A5のやつで」
「英語で?」山崎怜奈は困惑した表情を浮かべる。「ビーフ・オワ・ポークって事ぉ?」
「はい?」齋藤飛鳥は一瞬、考えてから、答える。「A5ランクね……。誰もイングリッシュって言ってないから」
「あぁーー、A5、A5ね!」山崎怜奈は納得の笑みをもらした。「英語でっていうから、一瞬考えちゃったぁ。A5ランクねー、なーるほど」
「あの、そゆボケいらないんで」齋藤飛鳥は微妙な笑みで呟く。「やめてもらえます?」
「はぁい、すいませぇーん」山崎怜奈は苦笑した。「あのねえ、A5かどうかは怪しいけど、ハラミ、美味しいよ。あとねえ、カルビはA5らしい。賀喜ちゃん情報によると」
「カルビは、んー……、脂がなぁ……」齋藤飛鳥は考える。
「それが全っ然、脂っこくないの! ここのカルビ。さすがA5よ、飛鳥ちゃん」山崎怜奈は大袈裟な表情で言った。
「あぁ、めっずらしいゲスト、見っけ!」
風秋夕はそう笑ってから、礼儀正しく会釈をした。
「やあ、こんばんは……。食べてもいいの?」
その場に現れた人物は、乃木坂46のプロデューサー秋元康先生であった。夕焼け色に染まる広い会場、誰もが持つ懐かしいあの日の心象風景から飛び出して具現化したかのような紅の時間の中で、彼はお洒落なジャケットにネクタイ姿でこの場に参上していた。
「あ……」齋藤飛鳥は薄い反応を示す。「なんかきた……」
「あらぁ……、秋元さん、来るんですね、ここに……」山崎怜奈は感心していた。
「食べて下さい食べて下さい」風秋夕は上品にそう微笑んでから、店主に注文する。「飛鳥ちゃんと秋元先生に、シャトーブリアンの薄切りと厚切り、何枚か焼いてもらえますか」
「はいよ!」
周囲の乃木坂46のメンバー達も、ぞくぞくと秋元康先生の登場に気が付き、驚天動地の表情を浮かべていた。
「夕君、こんばんは。わっ! 秋元せんせ……」
生田絵梨花は驚愕する。
「夕君、どう最近は、どんなかん、え! 秋元、先生?」
白石麻衣は、口元を両手で押さえて、その大きな瞳を全開で見開いた。
「え、嘘? あ……」
西野七瀬も、小さく驚いて笑っていた。
「ほんとだ……。来るん、だねぇ」西野七瀬は、隣で驚愕している高山一実に囁いた。
「うっそぉ!」高山一実は、口元を両手で押さえて驚愕している。「え、ほんとにぃ~~! えうっそ、……ほんとに、本物ですよねぇ、えちょっと、これは、びっくり……した」
「え? 本物だよぅ?」秋元康先生は苦笑を浮かべた。「近くでさ、お祭りやってたら、ちょっと寄ってみるでしょうだって? 僕は普段寄らないけどさ、ほら、乃木坂が来てるの知ってるから、挨拶がてら。何、可笑しい?」
「えや全然可笑しくないです。可笑しくはないんですけど……」高山一実の顔はまだ驚愕していた。
「珍しい、と思って。え初めて会いましたよねえ? ここでぇ。会えた~」白石麻衣は微笑んだ。
風秋夕は、店主から受け取った焼きたての焼肉が載った紙皿を、齋藤飛鳥と、秋元康先生に「どうぞ、味見を」と、上品に手渡した。
「うちの稲見が発注した自慢の肉です。食べてみてあげて下さい」
風秋夕は二人に微笑んだ。白石麻衣と生田絵梨花と西野七瀬と高山一実も、メニュー表を見始めていた。
「うん、美味しいよ」
「うまっ……」
秋元康先生は、落ち着いた様子で焼肉の味を評価し、齋藤飛鳥は、驚いた様子で焼肉の味を評価した。
「これ……、タレが独特だねぇ。タレがうまいんだけどさ」秋元康先生は風秋夕に言った。
「設楽さんちの焼肉のタレなんです」風秋夕はにこやかに答えた。齋藤飛鳥を見る。「うまかった? 良かった」
「うま……」
齋藤飛鳥は、何とも言えない愛嬌溢れる無表情で、ゆっくりと味わいながら焼肉を食べ進めている。
「え。本物?」
賀喜遥香は眼を見開いて驚愕する。
「え、本物ですか……」
「なんか、ここに来ちゃいけない人みたいな扱いにされてるな」秋元康先生は苦笑して、囁いた。「賀喜、こっちおいでよ、ちょっと」
「え……。あはい」
賀喜遥香は、緊張をまき散らしながら、秋元康先生の前まで移動した。悪戯(いたずら)がバレてしまった子供のような純粋な上目遣いで、起立する。
「飛鳥、来てごらん」
秋元康先生は齋藤飛鳥も呼んだ。「んあ?」と顔を上げてから、「はい?」と齋藤飛鳥は、秋元康先生の近くまで歩み寄った。
秋元康先生は、並んだ二人を見つめる――。
「うん……」
「何? 何ですか?」と齋藤飛鳥。
「……」と微妙な笑みで賀喜遥香。
「いやね、いや、ほら、乃木坂をしょって立ってる二人だから、ようく顔を見とこうかなぁと思って……」
白石麻衣と生田絵梨花と西野七瀬と高山一実は、笑顔で待ち構えていた店主に、各々の好みの肉を愛想の良い笑顔で注文した。
「さくちゃんもいるんですよ、先生の後ろに」風秋夕は微笑んだ。
「ん、うん。あそう」秋元康先生は、一瞬だけ後ろを振り返って言う。「さくらも、頑張ってるよね。二曲も表題やってるわけだから。まあそんな事言ったらみんな頑張ってるんだろうけど。さくらもこっちにおいで。来てごらん」
遠藤さくらは「え……。あはい」と呟いて、秋元康先生の正面までとことこと小動物のように素早く移動した。
秋元康先生は、遠藤さくらの顔を短く見つめ、そして齋藤飛鳥、賀喜遥香と、短く顔を見つめていき、己の背後と横にいる乃木坂46のメンバー達を一瞥しながら言う。
「これからさ、誰がどのタイミングで、どうなっていくのか、まだわからないわけだけど。僕はね、第二の白石麻衣とか、第二の西野七瀬とか、そういうのには興味が無いから。というか、そんなの作れっこないわけだから。だって経験も何もかもが違うのに、さあ、ね? 人間がおんなじ魅力に育つわけがないじゃんか」
「うちの父親達は、何年か前の今野さんとの雑談で、第二の白石麻衣ちゃんとか、西野七瀬ちゃんとか、橋本奈々未ちゃんとかを作る事だ、みたいな事を偉そうに語ってましたけどね。監視カメラをちょっと覗いたらそんな事をしゃべってたんだけど。彼らはあくまでも素人だから、天才プロデューサーの意見にそぐえるわけがない。今、俺達は神の御言葉を聞いているわけだけど……」
作品名:ポケットにしまう有限の涙と無限の栄光。 作家名:タンポポ