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ポケットにしまう有限の涙と無限の栄光。

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「中国では、昔から桃は神聖な存在なんだ。徳を積んで人間を超える仙人が修行し暮らす山は、桃源郷(とうげんきょう)と呼ばれる。こういうふうに、桃は中国にとって邪を祓う超神聖な力を持った存在なわけ」風秋夕は微笑んだ。「その神聖な大きな桃から生まれた子供は、神聖力によってすくすくと邪を嫌うよう正しく育ち、ついに鬼退治を進言し、成長した姿の旅立ちの中で、鬼門の牛と虎と対抗しうる縁起のいい神聖な十二支、犬と猿とキジとの出逢いを果たし、仲間にして、見事、鬼を打ち倒すという物語なんだってさ。中国の考え方に酷似してる、ていう、ようはそういう説だよな」
「おおー」山崎怜奈は唸った。
「なるほどね」稲見瓶は囁き、何やらを考えていた。
「結果、どうなのよ?」宮間兎亜は風秋夕と山崎怜奈を交互に見つめて言った。「日本と中国、どっちが創った話なの?」
「うーーん……」山崎怜奈は、一度、言葉を呑み込んだ。
「わっかんないからミステリーなんじゃんか」風秋夕は笑った。
「あのねぇ、陰陽五行も、干支(えと)の十二支(じゅうにし)も、風水も、全部中国が発祥なの……。そう考えると、中国から日本に伝承されたものって多くて……」山崎怜奈は、そこで思考の回転と同時に、口を噤(つぐ)んだ。
「例えば、世界で意外と慣れ親しまれてるジャンケンも、発祥の地は古来の中国からだからね」稲見瓶は無表情で淡々と言った。「明朝のとある作家の書いた本の中に、その遊びが漢時代に遡(さかのぼ)るとあるらしいと書かれてる。書いた作家の名前は忘れたけどね。十七世紀には日本に伝わり、二十世紀までには東南アジアに広がり、日本の欧米進出に伴(ともな)い、ジャンケンの形が西洋にも広まったみたいだよ」
「中国の歴史は深いんでござるな~」姫野あたるは、腕組みをして呟いた。
「あらゆる起源が中国という中で、お弁当の起源はちゃんと日本だよ」稲見瓶は眼鏡の縁を持ち上げて、言った。「奈良時代の、西暦710年から794年頃が始まりと古事記に書かれてる。当時はお弁当の事はミカヒレと呼ばれ、平安時代、西暦794年から1185年頃からはトンジキと呼ばれたらしい。お弁当と言われるようになったのは中国からで、中国の、西暦1127年から1279年、南宋(なんそう)時代の俗語で、ビエントン、つまり弁当と呼ばれていたのが起源とされてる。今の中国語に自信は無いけどね」
「弁当と言えば、れなち、大学に自分で弁当作って行ってたんだよね?」風秋夕はきらきらと眼を輝かせて山崎怜奈を見た。
「うーん、そう」山崎怜奈は風秋夕に頷いた。
「やばい、それはヤバいってれなち……」風秋夕は胸を掴んで、表情を険しく言う。「そこまで聡明で、家庭的だなんて、ぐうあ、だ、抱きしめたいっ!」
 山崎怜奈は風秋夕を真っ直ぐに見つめ、可笑しそうに苦笑している。
 それを密やかに、姫野あたるは、にこやかに微笑んでいる美しい山崎怜奈を見つめて、興奮していた。
「れなち、前は立つ﨑、方の、山﨑だったね。懐かしい」稲見瓶は言った。
「ああ、うん。でも私、自分が文章読んだり書いたりするからか、自分の名前だからか、表記揺れめっちゃ気になるタイプなので、山崎のザキの字は引き続き、大の方の崎がいいです!」山崎怜奈は、頷いている稲見瓶を見つめて小さく笑った。「訂正しようとしてくれる人とか、初期のを言ってくれる人とか、たまにSNSでも見かけるんだけど、大の方の崎がいいです!」
「了解ですわ」御輿咲希は笑った。
「おっけ~い!」宮間兎亜は指先でOKマークを作った。
「状況変わったらまた言うけど」山崎怜奈は勢いよく言う。「現状はそれで! いやどういう報告?」
「かあっはっは!」姫野あたるは笑う。「了解したでござるよ~れなち殿~」
「れなち、ご一緒にコーヒー、おかわりしませんか?」駅前木葉は笑みを浮かべて、山崎怜奈に言った。
「あ、うんじゃあ、…もらお、かな」山崎怜奈は苦笑して考える。「またコーヒーかぁ……。どうしようかなー……」
「梅ちゃんに教えて頂いたとても美味しいコーヒーがあるんです」駅前木葉は更ににこりと微笑んだ。「コールドブリューコーヒーという名前のアイスコーヒーです」
「梅ちゃんのおススメで間違ってるもんはないよな」風秋夕は頬杖を付きながらにこやかに言った。
「そうだねー……」山崎怜奈は眼を笑わせて、元気よく駅前木葉を見つめた。「じゃあそれにしまーす」
「俺も飲んでみたい」稲見瓶は言った。
「おーれも」風秋夕は無邪気に微笑む。」
「あたいも飲むわ、それ」宮間兎亜は半眼でにんまりと言った。
「わたくしも、興味ありすぎますわ。梅ちゃんの事、もっと知りたいもの。飲みますわ、一杯でも二杯でも、三杯でも!」御輿咲希は駅前木葉に言った。
「小生も飲むでござるよ。すると~、何杯でござるか?」姫野あたるは人数を数え始める。
 駅前木葉は、「イーサン」と、宙に声をかけた。
「コールドブリューコーヒーを、七人前、トールサイズでお願いします」

       4

「お江戸に恋して、だっけなー……。れなちが歴女としてテレビに出てたの、なんて番組だったっけ?」
風秋夕は、ラム・コークのコリンズ・グラスを手に取りながら皆に言った。
「それこそ、多彩なジャンルで歴女としてオファーされてるよ、れなちは」稲見瓶は風秋夕を一瞥して言った。「出演した番組は山ほどある。お江戸のリスクマネジメントという番組のタイトルは、なんとなく憶えてるけどね」
「山崎怜奈の歴史レポーター、とかな?」風秋夕はにこやかに言った。
「あねえ、レナっていうカクテルも、あるの?」山崎怜奈は、風秋夕と稲見瓶を一瞥して言った。「呑んでみたいんだけど」
「もちろん」風秋夕は微笑む。
「あるよ」稲見瓶は頷いた。「呑んでみるといいよ。美味しいからね」
「俺が創作したんだぜ~れなち~!」磯野波平ははにかんで、山崎怜奈に言った。「繊細で、天然っぽい感じだかんな、カクテルのレナは」
「イーサン、カクテルのレナ、一つ」
風秋夕が小さな仕草で虚空を見上げて、電脳執事のイーサンに注文した。
「ありがと」
「そういえば、ガクたび料理対決、なんかもあったでござるな!」姫野あたるは活き活きとして言った。「れなちのエプロン姿は可愛すぎたでござるよ~」
「馬鹿、それ歴史と関係ねえだろうが」磯野波平は言った。
「あ、そうでござるな」
「れなち、政治家になりそうだよな」風秋夕はそう言った後で、ラム・コークを喉の奥に流し込んだ。
「政治家か~、それ昔っからよくマネージャーさんにも言われたし、共演者の方々にも言われた」山崎怜奈は微妙に微笑んで、風秋夕を見た。「そんなに政治家、似合う?」
「はっきり言って似合うな」風秋夕は小さく笑った。
「そっか~……、政治家ね~……」山崎怜奈は視線をうつむけて苦笑を浮かべる。
「そういえば、江戸川区の、未来カンファレンス委員も務めていたよね」稲見瓶は山崎怜奈を見つめて言った。
「うん」山崎怜奈は微笑む。
「政治家にはならないの?」稲見瓶はきく。
「なるつもりは、少しぐらいあるでござるか?」姫野あたるもきいた。
「興味は? ある?」風秋夕も山崎怜奈にきく。