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ポケットにしまう有限の涙と無限の栄光。

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「小説書けんなら、脚本家とかもな?」磯野波平は明るい表情で提案する。「んでもって、自分脚本のドラマとか映画に、出演してな!」
「執筆活動と役者とは、ちょっとかなり器用じゃないとあれなんじゃない?」来栖栗鼠が言った。
「今のところぉ、自分が負けちゃう土俵では戦ってないのでぇ」山崎怜奈は、真剣な面持ちで来栖栗鼠を一瞥してから、皆を見て言った。「役者さんはぁ、ほんと、あんま考えてないというか」
「でも見たいよね~」来栖栗鼠はどうしようもなく、微笑んだ。「れなちの出る物語~」
「女優さんとか、モデルさんとかをやるぅメンバーは他にいてぇ、ほんっとに可愛いので、負けるんですよ」山崎怜奈は笑わずに言った。
「いやいや、れなちも可愛すぎるし!」風秋夕は焦ったように言った。
「綺麗だし!」来栖栗鼠も焦って言う。
「美しいでござる!」姫野あたるは必死に訴えた。
「そう思うと、ダンスとか歌とか演技とかは、全く視野に入ってないみたいだね」稲見瓶は落ち着いた仕草で、コーヒー・カップを手に取った。「考えれば考えるほど、乃木坂でのれなちの活動は、貴重品で、尊いものばかりだ」
「ダンスとかれなちよっくとちってるよな~?」磯野波平はげらっと笑った。
「間違えてる」山崎怜奈は苦笑を浮かべる。
風秋夕は山崎怜奈にきく。「れなちは間違えた時、めっちゃ焦るタイプ?」
「めっちゃ焦る」山崎怜奈は答えた。
「てかさー、れなちさー、僕僕一生踊れないよね」風秋夕は笑う。
「踊れないっ!」山崎怜奈も笑った。
「全ツかな? 全ツだよな」風秋夕はにこやかに話す。「まあやちゃんが言ってたんだけど、毎日のようにれなち僕僕踊ってんのに、毎日のようにれなち隣でずっと間違って、ずっとれなち焦ってるって」
「しかもあれさー」山崎怜奈がアンサーする。「ちゃんとね、ホテル帰ってね地方のツアーとかだから、ホテル帰ってちゃんと、鏡の前で寝る前に練習してから寝てるの。なのに無理なのっ」
 山崎怜奈は大笑いする。乃木坂46ファン同盟の皆も爆笑していた。
「はい。蘭世とまあやによく馬鹿にされてました……」
山崎怜奈は、苦笑を噛み締めた表情で言った。
「辛かった事も、楽しかった事も、何もかも、思い出になれば全てが無限の栄光だ」
 稲見瓶はコーヒー・カップを手に取りながら言った。
 風秋夕は、ラム・コークを飲み干したコリンズ・グラスをテーブルに戻して囁く。
「卒業の涙だけは、有限だな。卒業がそもそも、有限の時間の中にだけ存在できる。有限に流れた涙や、体験したその全てを、忘れないと思う心こそが、無限の栄光だ」

       5

 二千二十二年六月二十三日。この日の夕方に、乃木坂46三期生の与田祐希はぶらぶらと〈リリィ・アース〉へと遊びに訪れていた。
 与田祐希が地下二十階の〈ハード・トレーニングジム〉で汗を流している間に、乃木坂46二期生の鈴木絢音が〈リリィ・アース〉地下七階の〈図書室〉に訪れた。
 更に、仕事終わりに合流し、立ち寄った乃木坂46一期生の秋元真夏と二期生の山崎怜奈は、食事を目的として地下六階の〈無人・レストラン〉一号店へと訪れていた。
 同じく、仕事終わりに立ち寄った乃木坂46一期生の齋藤飛鳥は、現在、地下二階のエントランス・フロアの東側のラウンジに、乃木坂46ファン同盟達と共にいた。
 地下六階の大浴場を利用している乃木坂46のメンバーは、乃木坂46四期生の遠藤さくらと清宮レイ、筒井あやめ、柴田柚菜、そして乃木坂46三期生の久保史緒里と、梅澤美波と阪口珠美と、岩本蓮加と、佐藤楓、向井葉月である。
「何を頼んだの?」
 稲見瓶は、料理を上品な仕草でそしゃく中の齋藤飛鳥にきいた。
「ふぇ?」
「いや、何ていう料理を食べてるのかなと、思って」
 稲見瓶は齋藤飛鳥を見つめる。
 齋藤飛鳥は、黙ったままで稲見瓶に視線を返し、そしゃくしている。
「そんなに見るなよ、イナッチ。飛鳥ちゃんは食べてる時は見られたくない人だぞ」
 風秋夕は柔らかな眼差しで、口元に笑みを浮かべながら言った。
「うん」
「知ってるけどね、興味深い」
「美味しそうだっつって言えねえのお前、正直に」
 磯野波平が言った。
「同義だ」稲見瓶は磯野波平に言う。「食事に対して興味深い、と言ったんだ。美味しそう、とは同義だよ」
「教えないけどねぇ」齋藤飛鳥は更に食べ続ける。
 風秋夕も、稲見瓶も、磯野波平も、それぞれが夕食のフードを食していた。
「イナッチこそ、何食べてるんですか」
 齋藤飛鳥はきょとん、とした表情できいた。
「とろろそば」稲見瓶は答えた。
「夕君は?」
「チェッターアールヒン。知ってる?」風秋夕は答えた。
「知ってる、かな。波平は?」
「鯛茶漬け……。何で俺だけ呼びつけなん?」磯野波平は顔をしかめて答えた。
「ペット感覚じゃない?」風秋夕は澄まして言った。
「キャインキャインてか!」
「一期生で出かけたんだってね」風秋夕は齋藤飛鳥に言った。
「あー、ご飯ね」
齋藤飛鳥は風秋夕を一瞥して答えた。流れるような動作で、クリア・アサヒを飲む。
「方向性とか話したらしいじゃん」風秋夕は笑みを浮かべた。「さすが一期だよな」
「何を食べたの?」稲見瓶が効いた。
「ん。しゃぶしゃぶ」齋藤飛鳥は答える。
「そういう時って、まなったんがお店予約するの?」風秋夕は興味深そうに言った。
「あー、その時は、まあやが、お店取ってくれて」齋藤飛鳥は答える。
「現役の一期生で集まるとは、エモすぎるな……」風秋夕は嬉しそうに呟いた。
「団結されると、何だか嬉しさがあるね」稲見瓶は言った。
「団結、かなぁ……。そら話すでしょう、普通に」齋藤飛鳥は呟いた。
「話し合いに中々応じない奴もたまにいるじゃん、何でも流れでいいだろ、みたいな奴さ」
 風秋夕は、嫌そうな眼で、磯野波平を見ながら言った。
「何だよこんにゃろいじめっ子っぉ! 俺だって言いてえのかっ!」
「ほらほら、鯛茶漬けがこぼれますから……」齋藤飛鳥は眉間を狭める。
「団結力は必要だよ、波平」稲見瓶は無表情で磯野波平に言った。
「だ、団結しぃてぇんじゃねえかっ!」磯野波平は興奮する。
「今な、大浴場に乃木坂がいるんだが、行かない事が団結なんだが、お前にそれができるか?」
 風秋夕は、磯野波平を一瞥する。
 磯野波平は、虚空を見つめて、ふるふると身体を震えさせていた。
「大浴場にっ……、の、乃木坂が……」
「サウナにハマってんだってよー」風秋夕はさらっとした視線と口調で言った。
「行っても入れないでしょう? 一緒には」
 齋藤飛鳥は心配そうに風秋夕にきく。風秋夕はすぐに頷いて説明を始めていた。
「虹彩認識(こうさいにんしき)システムが大浴場にもあって、片眼を合わせて扉が開くんだけど、女湯のゲートは女子の認識が無いと絶対に開かない。それこそ、緊急事態と天才のイーサンが判断しない限り、絶対に女子の花園は守られる」
「それでも行きたいの?」齋藤飛鳥は不思議そうに、磯野波平の顔を見た。
「い、行かねえ!」
 磯野波平はがたがたと身体を力ませて、鯛茶漬けをぼちゃぼちゃとこぼしながら食べ始める。
「だ、誰が風呂行ってんだ……。それだけ、教えてくれ……」
「やだ」風秋夕は言った。