僕はきっと、この日を忘れない。
クラップが始まる。
鳴りやまないクラップ。クラップ。クラップ。
紫一色のこの空間で。
そう、オーディエンスは知っているのだ。
彼女達が、また帰って来る事を――。
息を吹き返したようにクラップが早くなった。
VTRがアンコールに登場するメンバー達を紹介する。
メンバー達は東側ステージと西側ステージに分かれての登場だという。
紫のライブTシャツと紺色のスカートで齋藤飛鳥が登場し、会場を煽った。
衝撃が走る。現役メンバーの発表が終わると、卒業生、西野七瀬、白石麻衣、生田絵梨花とアナウンスが続き、三人の卒業生の出演が発表された。盛大な拍手が鳴り響く中、更に卒業生の、高山一実、松村沙友理とアナウンスが続き、そのサプライズ登場にオーディエンスはかつてない喜びを叫んだ――。
齋藤飛鳥が「久々にあれ聞きたいので、まいやんお願いします」と煽ると、白石麻衣のセンター曲『ガールズルール』のイントロが流れ、白石麻衣が『日産スタジアム、出し切れ~!』と恒例の煽りを見せた。
会場中を回る伝説達。それに応える、伝説を垣間見る者達。
そしてアンコールの終盤『ロマンスのスタート』では、思わず泣いてしまった与田祐希の頭を西野七瀬が優しくなで、そのままぎゅっと抱きしめるワンシーンもあった。久々の再会に、想いを伝えあう仲睦まじいワンシーンであった。
西野七瀬は「アンコールまでお邪魔させていただいて、めちゃくちゃ楽しかったです。すみません、息切れしちゃって、あっちの方まで行かせていただいたので。現役の子達はみんな走ってるから凄いなと」と、笑顔で語ってくれた。
白石麻衣は、「10周年という素晴らしいライブに卒業生も出演する事ができて本当に嬉しく思う。これからの乃木坂11年目もずっとずっと第一のファンで応援し続けるから、これからも頑張ってほしいなという気持ちでいっぱいになりました。本当に10周年おめでとうございます!」と笑顔で語ってくれた。
生田絵梨花は、「こうして10周年をお祝いする事ができて本当に嬉しかったです。私達は卒業しちゃったけど、ずっとずっと乃木坂ファミリーだから、みんなも心配しないで自分達の力をどんどん発揮して、光り輝いてほしいなと思います」と笑顔で語ってくれた。
高山一実は、「出演が決まってから、すっごく楽しみにしてたんです。こんなに乃木坂が好きなんだなって改めて思ったし、乃木坂最高です! ライブをずっと観させていただいて、一体感に感動しました。メンバーの頑張り、スタッフさんのお力添え、ファンの皆さんの会場づくり。私もこれからも頑張ろうと思いました! ありがとうございました!」と元気よく笑顔で語ってくれた。
松村沙友理は、「あっちで観てたんですけど、設楽お兄ちゃんと。言ったらアカンかったかな? 最近はみんな卒業しちゃって個々の活動をしてるけど、こうやって観に来ると私達は乃木坂46として始まったんだなって改めて感じられる。私達には乃木坂46があるんだっていうホーム感を感じられます。乃木坂46大好き」と笑顔で語ってくれた。
設楽修氏と日村勇紀氏が観客席にいる事も知らされ、巨大スクリーンにはふーんをする設楽修氏と、バルシャークをする日村勇紀氏が映った。
VTRが流れる。2月22日に生まれた満10歳の子供が、今年も真夏の全国ツアーを行う事を告知してくれた。 今回のツアーは大阪、広島、福岡、北海道、宮城、愛知、東京の全7か所で行われる予定だという。
乃木坂46が北海道で公演を行うのは約9年ぶりであり、グループの聖地である明治神宮野球上でのライブは約3年ぶりであった。
秋元真夏センターの『乃木坂の詩』が始まった。それは、今日の終わりの始まりを告げる歌でもある……。後ろを向くな。正面を見ろ。
「皆さん11年目も、よろしくお願いいたします!」
乃木坂の詩。――僕らの詩。
皆さんありがとうございました。秋元真夏は、最後のMCで泣いていた。素敵なライブになったと。安心感と温かさを感じる事ができたと。
ここから私達は11年目を走り続けます。立ち止まっている時間は無いと思っています。
どうかこれからも、皆さん、一緒に歩いていって下さい。皆さん本当に、本日は、ありがとうございました……。
何度も、何度も、ありがとうございました――を繰り返し、笑顔と涙の乃木坂46は、その記念すべく偉大な幕を下ろしていった。
10
乃木坂46十周年記念ライブから数日後。〈リリィ・アース〉の地下八階の〈BARノギー〉では小さな祝勝会と銘打った、ささやかなパーティーが催されていた。とは言え、ライブが終われば終わったとて、現役の乃木坂46である。その激務ゆえに、今夜のパーティーに参加している乃木坂46のメンバーは少数であった。
店内を飾る酒の価値を存分に上げるBGMには、タミヤの『フォーリング・フォー・ユー』がかけられていた。
スペシャルサンクス・乃木坂46合同会社
「呑んでる?」風秋夕はにこやかに齋藤飛鳥に言った。
「うん」齋藤飛鳥はきょとん、とグラスを持ちながら頷いた。「呑んでる……」
内側に半円にカーブしているカウンター席の、最も左の席に、稲見瓶が座り、その右隣りに、齋藤飛鳥が座っている。更にその右隣りに、風秋夕が座っていた。
紫色に発光するブラックライトと柿色のライティングで店内は照らされていた。
「いやー、凄いライブだったね」稲見瓶はグラスを見つめながら呟いた。「こんな陳腐な言葉しか出てこないけど、生きてて良かった」
「盛り~上がったぁね……」齋藤飛鳥も呟いた。「まま、大成功ですよ」
「なぁちゃんが出て来た時、気持ちそっくりそのまま当時にかえったよ」風秋夕は微笑みながら言った。「追いかけたなー、なぁちゃんの事……」
「わかるよ、その気持ち」稲見瓶が風秋夕を一瞥して言った。「俺も、いつも儚い表情を浮かべる彼女を守りたかった」
スペシャルサンクス・秋元康先生
「追いかけても追いかけても、掴みどころがない人はここにいるけどな」風秋夕は短く笑った。
「なに? ……私、ですか?」齋藤飛鳥は風秋夕と稲見瓶を交互に見る。「私にも感情は在りますけど」
「もちろん」風秋夕が言う。「飛鳥ちゃんが笑ってると、安心するんだ」
「何かの話に聞き入ってる飛鳥ちゃんも、見ていて安心するよね」稲見瓶が言った。
「そんなこと言ったら、ぼけっとしてる飛鳥ちゃんなんて至高の存在だよお前。超絶可愛い……」風秋夕は頷いて、ビールを呑んだ。
「掴みどころがないって、どゆこと?」齋藤飛鳥は表情を少しだけ険しくする。
「女子としての、手応えがない、て事かな」風秋夕は笑顔で言った。「王族のお姫様を相手にしてる感じ。そのままだよ」
スペシャルサンクス・今野義雄氏
「ああ、それはわかるな」稲見瓶は頷いた。
「ふうーん」齋藤飛鳥はビールをちびちびと呑み込んだ。「え普通の女の子とは違うって事?」
「そう」
「イエス」
風秋夕と稲見瓶は同時に答えた。
「えどういう意味ぃ?」齋藤飛鳥は苦笑する。
「特別、って事だよ」風秋夕は微笑んだ。
「女子として、個性的、ともいう」稲見瓶は無表情で言った。
作品名:僕はきっと、この日を忘れない。 作家名:タンポポ