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僕はきっと、この日を忘れない。

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 齋藤飛鳥は、ふうと一息ついて、ビールを呑んだ。
「イーサン」比鐘蒼空は宙を見上げて言った。「キムチ鍋、十人前下さい……。飛鳥ちゃんのキムチ鍋が、ちょっとかなり美味しいって、聞いて。付き合って下さい、皆さん」
「いいぜいいぜ~、食べようぜ~!」磯野波平ははしゃぐ。
「あー、ちょうど欲しかったかも、ね」齋藤飛鳥も評価した。
「えー食べよう食べよう」和田まあやも喜んだ。
「いいね」樋口日奈も笑顔で呟いた。
「合格」風秋夕は比鐘蒼空に微笑んだ。「テーブルに何もフードが無い時は、率先して頼め。美味しそうなものをな」
「はい」
「あの、お刺身も食べたいな。イーサン、十人前お願いするよ」
 稲見瓶はそう言って、ビールを呑んだ。
「イーサン、ジコチュー、流してもらえますか?」
 比鐘蒼空のリクエストに、電脳執事のイーサンが応答した。すぐにフロアに乃木坂46の『ジコチューで行こう』が流れ始めた。
「いいね」稲見瓶が一瞥で言った。
「これのだるまさんが転んだでさあ、誰見てる?」風秋夕はファン同盟の皆に言った。
「夕は?」稲見瓶はきく。
「大体、飛鳥ちゃんだよな」風秋夕は答える。
「なぁちゃんがいた時よぉ、なぁちゃんジョジョポーズ決めてたんだよな。俺ぁそれも見てたなー、つか何回も繰り返してみんな見るけどな?」磯野波平はソファにふんぞり返って言った。「姉ちゃんは?」
「とーちゃん、て呼んでくれない?」宮間兎亜は磯野波平から視線を外して、齋藤飛鳥を見つめて言う。「やっぱり、飛鳥ちゃんを自然と見ちゃうわよね~。そうじゃないの?」
「いやそうだよ」稲見瓶が答える。「そうだけど、ファンなら色々と見るからね。質問の価値はある」
「あ、飲みもん、届いたみたいよ」
 和田まあやの声で、〈レストラン・エレベーター〉に届いたドリンクを、稲見瓶がキャスタの付いたキャビネットでテーブルへと運んだ。
 〈レストラン・エレベーター〉とは、ここ〈リリィ・アース〉の各所に設置してある、主に飲食物を運ぶ事を目的とした中型のエレベーターで、地上の数軒の一軒家が実はこの〈リリィ・アース〉の専属調理場になっており、そこから二十四時間営業で、注文した品が届けられるのであった。
 改めて乾杯を済ました後は、それぞれに分かれて会話が発生した。
「あのさ、ノギルームの飛鳥ちゃんが可愛すぎるんだけど。毎晩観てるんだけどさ、可愛いの上限を超えてんだよ」風秋夕はにやける。
「何よ……。今の私はダメって事?」齋藤飛鳥は冷静に応えた。「え、どういう事?」
「結婚してくれますか」風秋夕は真剣に齋藤飛鳥を見つめる。「いつの日か……」
「しぃない、かなぁ……」齋藤飛鳥は眼を逸らした。
「お前口説くの無しだろうがあ!」磯野波平は立ち上がる。
「すまんすまん、す、わ、れ」風秋夕は嫌そうに言った。
「あれ夕君、私には言わなくていいのう?」秋元真夏は小悪魔のようににやけて、風秋夕を見つめた。
「毎日仲良く過ごそうね」風秋夕はにっこりと微笑んだ。「式は海外であげよう」
「どうしようかな」秋元真夏は苦笑する。
「だぁ~からぁ、無しだろうがっつってんだろうがあ!」磯野波平はまた、憤怒して立ち上がった。「だったらまなったん俺と結婚しようぜ~?」
「座れ」風秋夕は嫌そうに言う。
「騒ぐな」齋藤飛鳥も嫌そうに言った。
「飛鳥ちゃん中のひと変わった?」風秋夕は面白そうに齋藤飛鳥を見つめた。「中にいた人変わったよねえ?」
「何中のひとって……」齋藤飛鳥は座視をする。「私はゆるキャラか」
「いやさあ、昔の観てると全く違うんだよ。どっちが本当の飛鳥ちゃんなの? あそっか、成長したのか。大人になった分、変化して当然なのか……」
「何一人でぶつぶつ言ってんの」齋藤飛鳥はくすっと笑った。
「何でだよーー!」磯野波平は叫ぶ。
「や、ちょっと、声が、大きい……」秋元真夏は磯野波平を恐れて苦笑する。「そーんな、すぐ結婚なんてしぃないよ。だってほら、まだ乃木坂だから、私」
「いいじゃねえかなんか強引に行ったら結婚してくれそうじゃねえかだって!」磯野波平は秋元真夏を見下ろして叫んだ。「だったら今すぐ結婚してくれって言ってんだよまなったん! いいだろぉ? ハンサムだろうが!」
「だろうが、て……。そんな求婚あんのかよ」風秋夕は嫌そうに立ち上がる。「おい、ほら……。あぶねえから、座れ。クズ」
「なんか言ったかコラぁ!」
「あ、食事、ついたよ」齋藤飛鳥は〈レストラン・エレベーター〉を指差した。
 約束された仕草のように、稲見瓶と風秋夕が率先して、キャスタの付いたキャビネットで、〈レストラン・エレベーター〉から取り出したキムチ鍋と刺身の盛り合わせをトレーごとテーブルへと運んだ。食器などは秋元真夏が綺麗に分配した。
「ここのキムチ鍋、辛くねえ?」磯野波平は顔をしかめて言った。「うめーんだけどな」
「唐辛子がきいてるね」稲見瓶は口元をにやけさせた。「辛いのは美味しいよ」
「辛すぎるのは無理なんだよなー、俺は……」風秋夕は刺身をつまむ。「あー、飛鳥ちゃん、のどぐろだと思うんだけど、美味しいよ。みんな、刺身、イケてる」
「あ間違えて取っちゃった……」和田まあやは、きょろきょろして、比鐘蒼空を眼で捕まえる。「蒼空君、これ食べる?」
「え!」比鐘蒼空は、フリーズする。
 和田まあやは、かつおの叩きを箸でつまんだまま、比鐘蒼空を見つめていた。
「かつおか……。俺、血合いの生臭さがダメで食えないんだよな」風秋夕は苦笑した。
「も、もらいます……」比鐘蒼空は皿を差し出した。
 和田まあやは「はい」と、箸でかつおの叩きを比鐘蒼空の皿へ置いた。
「言っとくけどな、比鐘とやら……」磯野波平がしかめっつらで言う。「間接キス、じゃねえぞー……。まあやちゃん、まだ何も食ってねえかんな」
「あ、そか……」
「なあに、それ」和田まあやはきょとん、としていた。「マグロ、マグロどれだ?」
「焼きイモ焼酎、美味しいよ」樋口日奈は、眼が合った風秋夕にグラスを持ち上げて言った。「次呑んでみれば?」
「OK」風秋夕は笑顔で返した。「次、それいくね。今ね、俺が呑んでるのは、アシュ、ていうカクテル。意外と辛口で甘さもちょうどいいんだよ」
「またそんなカクテルを、断りもなく……」齋藤飛鳥は鍋を見つめたままで呟いた。
「だって、好きなんだもん」風秋夕ははにかむ。「知らないでしょ、どれぐらい好きなのか?」
「夕君私の事は?」秋元真夏はにこやかに、鍋から食材を小皿に盛り付けながら風秋夕に言った。「どれぐらい、好きでいてくれてるの?」
「世界が一個や二個じゃ、足りないかな」風秋夕は微笑む。
 磯野波平は白目をむいていた。
「じゃあ、私は?」樋口日奈は、そう言ってから、閃(ひらめ)いたように、稲見瓶に言う。「あ。イナッチは? どう?」
「……せ、世界が、一個や、二個じゃ」
「無理すんな、イナッチ」風秋夕は笑った。
「極限まで好きだよ」稲見瓶は肩を軽くして、樋口日奈にうっすらと微笑んだ。眼鏡が湯気で曇っている。「どれぐらいと問われると、うまい比喩(ひゆ)が浮かばないけどね」
「イナッチ、眼鏡曇ってる……」樋口日奈は短く笑った。