ジャンピングジョーカーフラッシュ
「私がもしも、魔法の壁? ううん……、異次元空間そのものを〈言霊〉でつくり出せたら、あの、さくちゃんの召喚した人の核爆発をその中でやれば、無敵なんじゃないかな、とは、思ってる……」
「予知してあげようか?」
松尾美佑は、可愛らしく小首を傾げて弓木奈於を見つめた。
「ううん、いいの。きっとつくれる……。そう信じる事にした」
「うん。私もこの【予言者】の能力と付き合っててわかったんだ。未来は努力次第で、いい方向に変わる、って……」
――●▲■ここまで説明が佳境に入ってくると、七つの大罪の悪魔も根性入ってくるからよく聞いててね。次の悪魔は暴食、グラトニーの能力を持つ【ベルゼブブ】だ。ベルゼブブは元々は古代オリエント世界で信仰されていた神『バアル』の尊称だったんだ。しかし、『バアル』への信仰を嫌ったヘブライ人が『バアル』に似た発音で『蠅(はえ)の王』という意味の言葉で呼び、蔑(さげす)んだ。これがそのまま聖書に記載(きさい)された事で、この名前で広まっていったんだ■▲●――
「ちょっと、ヤバない?」
早川聖来は不安そうに賀喜遥香達の顔を見た。
「ベルゼブブ、うちでも知ってんで? 悪魔の代表みたいなお方やん……」
賀喜遥香は真剣な表情で、囁いてから、天井を見上げる。
「確かに……。私もベルゼブブは知ってるわぁ……。マスター、でも、本物のベルゼブブと戦わされるわけじゃあないんでしょう? ベルゼブブの姿を借りた、恐れ、なんだよねえ?」
――●▲■うん。それはつまり、本物のベルゼブブと同一の意味だけどね。旧約聖書に記された当時の強大な魔力を誇る彼が相手じゃあない。現在の、近代科学の発展した、悪魔崇拝や、魔法や魔女なんかの迷信が衰退化した、現時点での、弱体化したベルゼブブが相手になる、という事だ。神や悪魔は崇(あが)める力、信じられ恐れられ、祈られる事全てがその力の根源となるからね。ベルゼブブを崇めてる人、恐れてる人、今は実際そんなにいないでしょ■▲●――
早川聖来は苦笑する。
「他人事やな~~……」
佐藤璃果は、改めて、天井を見上げる。
「神話の邪神も、相手になる可能性、あるんですよね? なら、とりあえず七つの大罪の説明を済まして下さい。私は、神と名の付く邪神の方が気になる……」
柴田柚菜は小さく手を上げた。
「あの、……。次の戦闘っていつですか? まだ、お風呂とか入ってないんですけど……」
黒見明香も小さく手を上げて言う。
「あの、私も……。白魔術、まだ一回も使った事ないままで、七つの大罪とやるのは、きつい、かな、と……」
――●▲■中世ヨーロッパではベルゼブブは魔界において■▲●――
「ねえアホなのあんたっ! 大事な質問だったでしょ~!」
賀喜遥香はソファに座ったままで天井に興奮する。
「シ、カ、ト、だ、け、はすんなっ! シカトだきゃしたあかん!」
林瑠奈も独特の身動きで天井に関西風の突っ込みを入れていた。
――●▲■ベルゼブブは魔界において、権力と邪悪さでサタンに次いで強大な力を持つとされていて、実力だけならばサタンをも凌(しの)ぐともされている悪魔だね。その一方でベルゼブブは信託を齎(もたら)す悪魔といわれ、作物を荒らす蠅(はえ)の害から人間を救うという一面も持っている。属する動物は、ケルベロス、豚、虎、蠅(はえ)だ■▲●――
田村真佑は皆の顔を窺いながら苦笑する。
「たぶん、また全員で一体の悪魔が相手、てわけじゃないんだろうね、きっと……。ばらばらに配置されて、少人数で悪魔と戦う事になるんだよ、たぶん」
北川悠理は、重く押し黙っていた口を、天井に向けて開いた。
「どんな形でもいいです。私は、私の夢を勝ち取りたい……。それが結果的に…、誰かの助けになるなら…、尚更の事…、がんばりたいです」
金川紗耶は囁く。
「うん……。どこまでできるかわからないけど、やってみない? 私達の力で……」
掛橋沙耶香が言葉を次ぐ。
「何もしないで負けちゃって、はい夢は終わりました、なんて絶対や……。やるだけやってダメならそれはしょうがないけど…、全力出し切んなきゃ納得いかないよ、夢は叶わない、なんて言われても」
佐藤璃果は、誰を見るでもなく言う。
「私達が選ばれたのには、何か意味があるはず。……私は、そう思う事にする」
――●▲■いいね。いい覚悟だみんな。最後の七つの大罪は、憤怒、ラースの能力者である、悪魔王【サタン】だよ。サタンとは、『敵』『反対する者』『神を訴(うった)える者』『神の敵対者』などを意味する。全人類の始祖(しそ)が、サタンの悪巧(わるだく)みと誘惑にそそのかされて罪を犯し、堕落した為に、人間は生まれながらにして、怒りの子、サタンの奴隷(どれい)であるとも伝えられてるね。最初に説明した通り、ルシファーと同一視される事が多いけど、サマエル、サタナエル、ベルゼブブといった悪魔とも同一とされる事があるよ。キリスト教だけではなく、イスラム教等でも名前が登場するものの、イメージが先行して曖昧な扱いになってるね。『悪魔の王』と形容される事も度々だけど、サタンは数多くの文献に登場する為、一般に登場するサタンも無数の説が交じり合ってできたモノと思われる。属した生物は、ユニコーン、ドラゴン、狼、猿だね。七つの大罪の説明は以上だ■▲●――
筒井あやめは、声の主の話を聞き終えて、ふと我に返るように、清宮レイに微笑んだ。
「え。レイちゃんと私達って、向こうの世界でも出逢うのかなあ?」
清宮レイは屈託なく微笑む。
「わっかんない。私ね、実は今アメリカに住んでるの」
「え!」あやめは驚いた表情を浮かべる。「外、国?」
「うん……。だからぁ、どうなるんだろうね? うふふん」
あやめは恐る恐る、言う。
「私、今、実は小1……。レイちゃんは?」
清宮レイは、いっぱいにはにかんだ。
「小2! えっへへ」
――●▲■クトゥルフ神話に登場する神で、『外なる神』に分類される邪神、【ニャルラトホテプ】別名、ナイアルラトホテップも、腹を決めてかからなきゃならない驚異の一つだ。この恐れの姿をした悪は、何百、何千、何万というヒーロー達の夢を打ち砕いてきている最悪だ■▲●――
「ニャルラトホテプ、って……。『這いよれニャル子さん』やん! いんのかい、本当に!」
賀喜遥香は眼を見開いて驚愕している。
声の主の声が耳に届いていないビンが、すぐに賀喜遥香の言葉に反応した。
「ニャルラトホテプは、クトゥルフ神話だね……。クトゥルフ神話とは、パルプ・マガジンの小説を元にした架空の神話だよ。20世紀にアメリカで創作された架空の神話であって、パルプ・マガジンとはね、低質な紙を使用した、安価な大衆向け雑誌の総称の事をいうんだ」
賀喜遥香は驚いた顔のままで、ビンの事を見つめていた。会話が聞き取れる範囲にいる皆も、ビンの説明に複雑な思考を展開しようとしていた。
ユウはビンの肩に、ぽんと、腕を乗せた。
「お前、博識にもほどってもんがあるだろ……。乃木坂だけじゃ気ぃ済まないの?」
遠藤さくらは、小首を傾げて、ユウを見つめて囁く。
「ノギザカ……。て、なんですか?」
「あ………」
作品名:ジャンピングジョーカーフラッシュ 作家名:タンポポ