ジャンピングジョーカーフラッシュ
清宮レイは両腕の拳を高速回転させながらニャルラトホテプの顔面や胴体に殴打を繰り返す……。
「ダメージあるのっ、これって! ハァ!!」
掛橋沙耶香も剛力でニャルラトホテプの胴体へと強烈な殴打を繰り返すが、その顔は不安に染まっていた。
ニャルラトホテプの詠唱が始まった……。三人には理解できない言語で何やらを唱えている。
「王冠(コロナ)――」
「何っ!!」
「とにかく逃げよっ!!」
清宮レイと掛橋沙耶香は大きく後方へと飛び退く……。
一つ一つが直径約一メートル程度の無数の眼に見えるウィルスがニャルラトホテプの身体から溢れ出ている。そのウィルスの形状は、表面に鋭利な突起が見られる為、触れれば物理的にもダメージがあると思われた。形態が王冠に似ている。
筒井あやめは右手を伸ばして、その眼を光らせる――。
「もらうっ!!」
次の瞬間――、ニャルラトホテプの身体から放出されていた物理的なウィルス現象は消えて無くなり――、あやめの左手の上に光る〈紫色の背表紙をした本〉の白い頁(ぺーじ)に―「王冠(コロナ)」―と新しく刻み込まれた。
あやめは右手を先にいるニャルラトホテプへと伸ばして、唱える。
「王冠(コロナ)っ!!」
「王冠(コロナ)!!」
掛橋沙耶香も【暗記】の能力発動で、筒井あやめの発生させる技を、同じように同じ威力で発生させていた。
ニャルラトホテプは激しく苦しみ悶(もだ)え始めた……。
あやめは、息を整えながら、声の主の言葉を思い出していた……。
――〇△□マモンを担当するのは、瑠奈君、璃果君、美緒君、悠理君の四人だ。はっきり言って、この四人でマモンはしっかり滅ぼしてしまってほしい。それができるだけの大きな戦力をこのマモン戦へと注いでいる。そして、滅ぼせたのちには、大悪魔ベルゼブブや、全能なる邪神、ヨグソトースの方へと駆けつけてほしい……。はっきり言って、ベルゼブブを担当した紗耶君、奈於君、美佑君、明香君の四人は、最も重大な任務となるだろう……。いち早く己の現場の悪を滅ぼし、ベルゼブブやヨグソトースのような化け物の現場へと集合する、それが今回の作戦だ! 死ぬなよ、みんな!□△〇――
全能の邪神ヨグソトースの全長は数百メールにも及び、それは燃える太陽であり、輝く虹の結晶であり、光を放つ球体の集合体であった。
賀喜遥香は打撲(だぼく)した片脚を引きずりながら、仲間の数を一瞥して素早く確認する……。
遠藤さくら、早川聖来、田村真佑、柴田柚菜……。それに、遠藤さくらの召喚獣であるユウとビンとナミヘイとコノハとアタル……。大丈夫、全員いる……。
しかし……。
「範囲が大きすぎて、斥力(せきりょく)で弾くと、弾き続ける限界がきた時に、攻撃同士が反発し合って逆に危険だし……、私の使える引力じゃあ、やっぱり引き付けたり、落とした分の攻撃が、違う攻撃とぶつかって予想外の方向からの攻撃に変わるだけ………。どうしたら………」
物理攻撃をも無効化してしまうヨグソトースの脅威は計り知れない物であった。実態が別次元に在るのではないかと、今はその場にいるヒーロー達全員が想像している。
もしも、実態がこの世に無いのであれば、どう勝利をもぎ取ればよいのだろうか……。
息を切らしながら、その場の全員が今にも力尽きそうに、全力をふりしぼってなんとかヨグソトースの己の身体を飛ばす無差別な散弾銃のような攻撃に応戦している。
赤く染まる小学校の校庭の中央に、ヨグソトースのその巨躯(きょく)は立ちはだかっている。
「お願い、わ、私達にもう一度、戦うっ、力をっ!」
柴田柚菜はくたくたの意識を、再度集中させて、「インスパイア!」と高らかに叫び上げて【鼓舞する者】の能力を発動し、己も含め、仲間全員の身体を差し込む天の光に包み込み、能力を向上させる。
田村真佑は皆に叫ぶ。
「来るよっ……、またあの鉄砲みたいなのっ!」
早川聖来は全身に電撃を纏(まと)い、次の瞬間に、ヨグソトースの一部へと跳び込んだ――。
「何回でもやったるわっ、感電してまえーーっ! 雷帝・調理(セラズ・キッチン)っ!!」
輝く球体に身体ごと電撃をぶつけ、天空へと延びる球体の集合体に電撃が走る……。
「笑止!」
コノハの【笑止】の能力発動で、一定時間、早川聖来に対する全てのダメージが完全無効化された。
田村真佑は叫ぶ。
「光った! 来るっ!!」
「ちくしょう!!」
賀喜遥香は叫びながら、低い体勢で構え、両腕で頭部を防御する。
ヨグソトースの輝く太陽のような球体の集合体が、刹那(せつな)のごとき瞬間に、全て弾き飛んだ――。早川聖来はその球体の弾け飛ぶ大爆発の最下層にいたが、コノハの【笑止】の能力によって全ての攻撃が彼女の身体に触れる寸前に静止していた。
ヒーロー達はヨグソトースの弾け飛ぶ攻撃を全身を硬直させながら耐え続ける。
血飛沫が飛ぶ――。擦り切れ、のめり込む。
打撲し、破裂する――。
早川聖来は悲鳴を上げる。地に伏せたヒーロー達にすぐに駆け寄った……。
「かっきー! さくちゃぁん! まゆたんゆんちゃん! みぃんなぁっ!!」
複数の重なる女性の笑う声が、赤く染まった小学校の校庭に不気味に響き渡る……。
「あ、さくちゃん!」
早川聖来は、顔を上げた遠藤さくらに歩み寄る……。遠藤さくらをかばうように、ユウとビンが重なり合って遠藤さくらの身体の上に倒れていた。ナミヘイとアタルも、遠藤さくらの壁となって、血塗れで横たわっている。
「さくちゃん大丈夫っ、なんであたしなんかに魔法使うのコノハちゃん、さくちゃんに使わないとっ……ううぅ、ごめんね、ごめんねみんな、私、弱くて……」
遠藤さくらは、なんとかで起き上がって、膝をついた。
その顔は、強く、毅然(きぜん)と微笑んでいる……。
「みんな……、聞こえてる、よね……。みんな、先に行って……。このままじゃ、全滅しちゃうから……」
早川聖来は泣きながら興奮する。
「何言うてんのさくちゃんっ!」
「聞いて……」
賀喜遥香と、柴田柚菜は身体を痛がりながらも、地に伏せたままで、遠藤さくらへと顔を向ける。
田村真佑も、横たわったままで、なんとか遠藤さくらへと顔を向けた。
「ユウ君が、時空を操れるんなら……、勝機はそこにしかないと思うのね……。だから、私達、六人が、ここに残る……。大丈夫勝てる。死ぬ気なんか、ない……。だからみんな、先に行って………。お願い……」
複数の重なる女性の笑い声が消えると、ヨグソトースの追撃が始まった――。
「しょ、っっ、笑止ぃっっ!!」
コノハの振り絞る【笑止】の能力発動で、その場にいる仲間全員の全てのダメージが、一定時間、完全に無効化される……。
賀喜遥香は立ち上がる。
「そんなわけにいかないよ、さくちゃん……。ずっと一緒にやってきたじゃんか……」
柴田柚菜も立ち上がる。周囲には輝く球体の大爆発が起こっている。
「さくちゃん、一緒に戦お?」
遠藤さくらは、ゆっくりと、立ち上がる。召喚獣の五人も、息を合わせるかのように、ふらふらと立ち上がっていた。
作品名:ジャンピングジョーカーフラッシュ 作家名:タンポポ