ジャンピングジョーカーフラッシュ
泣き出すさくらに、ユウは後ろを指差してみせた……。さくらがそちらの明るい場所を強く見つめると、そこにはビンがいた。
同じく、ずたぼろの姿で、両手を後ろについて、地面に座っていた。さくらとユウは、ビンの元へと駆けつける。
ビンはやつれた笑顔を浮かべながら、己の後ろ側を指差した……。
そこには、あぐらをかいて地面に座っている、ナミヘイと、アタルの姿があった。さくらとユウとビンは、ナミヘイとアタルのそばまで駆け寄った。
二人は、疲れてはいるが、勝ち誇ったような笑顔を浮かべていた。アタルは、更に自分達の後ろ側を指差した。
さくらは強く見つめる……。そこには、立ち尽くして微笑んでいる、コノハの姿があった。
ようやく、笑顔で泣きじゃくり始めたさくらの元に、五人は立ちそろった。
さくらの左手の小指と、五人の左手の小指には、赤い糸が結ばれ、繋がっていた――。この暗闇の中、さくらと五人はその赤い糸を手繰(たぐ)り寄せて、また再会を果たした。どんなに大きな隔(へだ)てがあったとしても、さくらと五人はまた巡(めぐ)り合う。
呪いの水晶玉が、ぼろぼろと崩れ始める……。
蝶(ちょう)に生まれ変わったとしても――。恐竜に生まれ変わったとしても――。カモメに生まれ変わったとしても――。何度生まれ変わろうとも、五人はさくらのそばにいた。
呪いの水晶玉は跡形もなく崩れ去った……。
ユウと、ビン。そしてナミヘイと、アタルとコノハは、さくらにひきつった笑みを浮かべている。さくらは、泣きながら、不思議そうに小首を傾げて、必死に両手を隠している五人に、その手を見せてほしいと願った。
五人は、やがて苦笑をやめて、その両の手の平をさくらに見せる……。
さくらは、五人の手の平をじっくりと見つめた。
五人の手の平には、無数の赤い糸が結ばれているのであった。
さくらは頬(ほお)に空気を入れてふくらませ、強い視線で五人を睨んだ。
『無限地獄ノ空間ガ破ラレタト言ウノデスカ……、マサカ! ソンナ、在リ得ㇵシナイハズ! ソンナ無茶苦茶ナル縁(えん)等ㇵ……、此ノ世ニ! 此ノ次元軸ニ存在シ得ルト云ウノデスカ‼‼』
小宇宙のように煌めく星々が途方もなく遠方に鏤められた暗闇の浮遊空間に、遠藤さくら達は浮かんでいた。
すぐ近くに、驚愕している虹の女神の巨躯があった。
『私ノ無限地獄カラ生還スルトハ……。一体何百年、何千年ヲ体感シテ来タト云ウノデスカ……』
ビンはさくらに言う。
「俺達の力は、さくちゃんから一時的にもらってる力だ。いずれ受け渡す時が来るからね。驚かず、受け取ってほしい……」
「え?」
遠藤さくらは言葉を返し損ねる。
ユウは虹の女神を睨みつけながら口元を引き上げて言う。
「時間たっぷりもらったからな、こっちも能力の使い方、がっつりわかってきたよ。ヨグソトース、お前は今、どこにいる?」
『眼ノ前ニ居ルデハナイデスカ……』
ユウは〈空間転移〉の能力で、その小宇宙を別の時間軸へと瞬間転移させた――。気がつくと、赤く染まった崩壊した小学校の校庭に、ヨグソトースと六人は立っていた。
「これからお前の心臓がある場所まで行く……。時間をも司(つかさど)る全能の神様、知ってるか、俺は空間使いのイリュージョニスト。時間の対義語は、空間、なんだぜ?」
『辿リ着ケタトシテ、生キテ帰ル保障等ㇵ在リマセン……。私ニ勝テル保証モ無イ……』
ナミヘイはずたぼろの片腕を抱きながら、鼻で笑う。
「へっへ……、やっとてめえを殴れんのか……。おうおう、よっくも俺のかわいこちゃん達にパチンコ玉ぶっけてくれたなぁ~……、五回はぶっ殺す!」
ユウはさくらを振り返って言う。
「これから、さくちゃんの眼の前で何人が倒れても……、前へ、先へ進むんだ……。できるね、さくちゃん……」
ビンが虹の女神の巨躯を見つめながら遠藤さくらに言う。
「俺達の中の、誰が死んでもだ……」
遠藤さくらは動揺する。
「何で、六人で勝てばっ」
「そんな簡単な相手じゃない事は、さくちゃんだってわかってるはずだよ」
ユウは遠藤さくらの言葉を遮(さえぎ)ってしゃべる。
「命懸けなきゃ、ここは突破できやしない……。誰がどんな倒れ方をしても、君は先へ進むんだ……」
コノハはぼろぼろの笑顔で言う。
「夢を、叶えて下さい……、さくらちゃんさん……」
遠藤さくらは、口をふんじばってから、まっすぐに虹の女神の巨躯を見つめながら言い放つ。
「行きません!」
五人の召喚獣は遠藤さくらの発言に驚き、彼女を振り返っていた。
遠藤さくらは笑っていた。涙を浮かべながら……。
「みんなに会えた事が夢だったんだって、言ったでしょう……。それはここにいるみんなの事もだよ……。私は、私を心から応援してくれる人達を想像したんだよ……、そしたら、あなた達が来てくれたの……。私の夢と、どんなかかわりがあるのかとか、わからないけど……。きっと大切な存在なんでしょ、君達みたいに、私を守ってくれる人達が……。今の感情が、あなた達を残して行ったら後悔するって、自分に言ってるの」
ユウは口元を引き上げて、にやけた。ぼろぼろの笑顔であるが、それは未来を強く信じる遠藤さくらの強い睨みにエンパシーした誇り高いものであった。
「わがままなお姫様だ……。じゃあ、そんなお姫様に、命懸けようか、お前ら」
ビンは囁く。
「イエス」
ナミヘイは笑った。
「あったりめえよ~~!」
アタルは微笑む。
「本望でござる」
コノハは笑みを浮かべた。
「はい。微塵も後悔などありません。嬉しいぐらい……」
虹の女神は、その姿を、数百メートルの輝く太陽の結晶であり、光を放つ虹の球体の集合体に変化させた……。
赤く染まる崩壊した小学校の校舎。ところどころにクレーターの出来たその校庭に、不気味な複数の女性の笑い声が響き渡る……。
遠藤さくらは前方の邪神を睨みつけて、大声で叫ぶ――。
「生きて帰るっ、みんな一緒に!! 行くぞぉぉーーーっ!!」
――〇△□マモンという悪魔の名前は、新旧の聖書聖典、聖書偽典外典、ユダヤ教の経典、それらに先行するカナンやバビロニアの神話中に全く見つからないんだ。そもそもマモンとは、中東のシリア地方のアラム語で、『金』や『富』を表す言葉だった。それがいかにして悪魔とされたのかが、新約聖書の記述(きじゅつ)に根源が見つかったよ。マタイによる福音書の第6章には、次のような一節がある。
如何(いか)なる者も、二人の主に兼(かね)仕える事はできない。何故(なぜ)なら、一方を憎み、他方を愛するだろうから。
或(ある)いは一方の世話はするが、他方はこれを軽蔑(けいべつ)するだろうから。
あなた達は、神とマモンに兼仕える事はできない。
このように、金銭(きんせん)への執着(しゅうちゃく)を悪魔的に擬人化された表現は、同じく新約聖書のルカによる福音書の大16章にも存在する。つまり、ここからやがて、マモンという悪魔が生み出されたわけだ。即(すなわ)ち金銭への執着が擬人化した悪魔がマモンの正体だ。そこを把握(はあく)した上で攻略してくれたまえ。ゆけ僕の戦士達!□△〇――
作品名:ジャンピングジョーカーフラッシュ 作家名:タンポポ