ジャンピングジョーカーフラッシュ
人間の身体から互い違いの方向に生えた双頭(そうとう)の鴉(からす)。大きな漆黒の羽を広げ、大きく鍛え抜かれた腕は四本あり、双脚(そうきゃく)は鉤爪(かぎづめ)の生えた脚元から臍(へそ)の上まで漆黒の羽毛に満ちていた。
「まだ生きてるんかこいつっ! 美緒ちゃん連携攻撃、行くよーっ!!」
林瑠奈は【叫び】の能力を発動させる。
「金塊(きんかい)よ全て地獄から無くなれーーっ!!」
マモンの俊敏な身動きがピタリ――と止まり、樹状細胞が微塵に破壊されたマモンは、獲得免疫系の始動が完全に静止し、魔法やウィルスの効果が絶大に効く状態に陥(おちい)った。
「ウィルス・ミス!」
矢久保美緒は【薬剤師】の能力を発動して、何もない眼の前の空間に平手打ちをした。ぱしん――と、その手には確かに感触がした。
「よし! 時に愛は人を狂わす!!」
矢久保美緒はマモンの体内に、悪魔祓(あくまばら)いの聖水を汚染水とする根源のウィルスを発生させた。
マモンは堪(たま)らずに悲鳴を上げる……。
佐藤璃果は【可愛いの支配者】の能力で、「マモンに大ダメージを与えられない私の攻撃なんて、嫌い!」と叫び、指定された条件が能力の発動によって満たされる。佐藤璃果の両手の拳、両脚は眩しい光を放っていた。
呻(うめ)くマモンに佐藤璃果は連続して拳、そしてハイキックを浴びせていく……。マモンの片方の鴉(からす)の眼玉が潰れて飛び出した。
「いやキモっ! あっヤバっっ!!」
マモンは強靭(きょうじん)な四本の腕で佐藤璃果を羽交(はが)い絞めにして、悉(ことごと)く骨を折ろうと力み始める……。
北川悠理は【絵空事】の能力を発動させる――。
「璃果ちゃんが捕まるなんて、そんなのは嘘!」
パシン――と、マモンの一本の腕が、佐藤璃果の身体から不思議な力で弾かれた。
北川悠理は更に声を大にして叫ぶ。
「絶対嘘!」
パシシン――と、マモンの二本の腕が佐藤璃果の身体から不思議な力で弾き飛ばされた。
佐藤璃果はマモンの片方の鴉(からす)の嘴(くちばし)を両手で引きちぎって、その場から脱出した。
血飛沫(ちしぶき)を上げながら天高く吠えるマモンを眼前に、四人のヒーロー達は最後の攻撃に備えて息を整え、意識を集中させる……。
「ウィルス・ミス!」
矢久保美緒は右手でぱしん、ぱしん、ぱしん――と、三回連続して、何もない空間に平手打ちをした。手の平に感触を覚えると同時に、続けざまに叫ぶ。
「愛は時に人を狂わせる! 病魔よマモンを焼き尽くせ!!」
マモンは大地に膝を落とし、路上に駐車してあったダンプカーを片手で吹き飛ばしながら、苦しそうに残った方の鴉(からす)の頭を抱えて蹲(うずくま)る……。
「美緒ちゃんすっご! じゃー私らも最後に決めちゃいますかっ!!」
林瑠奈は【超身体能力】を駆使して、宙高くへと跳び上がった。
北川悠理は【絵空事】の能力を発動させる。
「私達の攻撃を防御するなんて、そんなのは嘘! 絶対嘘!!」
ピシン――と空気感が変わり、マモンは四本の腕を開いて、アスファルトから土がむき出しになった大地に膝をついたまま、天を仰ぐように上を向いた……。
佐藤璃果は【可愛いの支配者】の能力を発動させる。
「マモンにとどめを刺せない私の一撃なんて、大嫌い!」
マモンへと走り出した佐藤璃果の右手の拳は、ピンク色に染まる夥(おびただ)しい光を発している。
矢久保美緒は叫ぶ。
「決まれ~~っ!!」
林瑠奈の遠心力を加速させて前回転する右脚のかかと落としが、マモンの顔面にのめり込む――。
「粗砕(コンカッセ)っ‼‼」
佐藤璃果はふりかぶった拳を、跳び上がってから、林瑠奈の脚が引っ込んだ後のマモンの顔面へと、強烈に振り下ろす――。
「ゴムゴムのぉぉ、銃(ピストル)っっ!!」
マモンの鴉(からす)の顔面は粉砕され……、間もなく、天に跪(ひざまず)いたままのその漆黒の身体も、光を放つ泡に包まれてその世界から跡形もなく消えていった……。
赤く染まっていた世界が、元の色彩を取り戻した。
林瑠奈はピースサインで、後方にて笑顔で手を振っている矢久保美緒に微笑む。
「ビン君に聞いといたの、強い技。イエイ!」
佐藤璃果も両手ピースサインで、後方にいる祈るような仕草で微笑んでいる北川悠理に笑みを浮かべる。
「アタル君と一緒に考えたの、悪魔を撃ち抜きそうな技。ゴムゴムの銃(ピストル)だよ! ピ~ス!」
矢久保美緒は思い出したかのように慌てて言う。
「そうだ富士山っ! ベルゼブブ倒しに行かなくちゃっ!! え富士山どっち!?」
林瑠奈はビルの上へと跳び移って行き、十二階建てのマンションの屋上で、額(ひたい)に手を当てて遠くを見渡していく……。
「あった……」
林瑠奈は一気に地上まで跳び移り、派手に着地すると、指先で三人に方角を示して微笑んだ。
「富士山の山頂が、赤くなってる。まだ戦闘中、って事だよね……。急がなくちゃ、行くよみんな」
北川悠理は、道路に駐車してある軽自動車を指差して言う。
「ねえ、車で行った方が早くない? けっこう長距離だと、疲れも溜まるだろうし……」
佐藤璃果は尋ねる。
「運転できるの?」
「ううんわからないけど、キーはささってるの……。この変身後の世界には、歩行者がいないから、やればできるかも………」
林瑠奈は顔を凛々しくした。
「いよし! 車で行こう。善は急げだ、さっそくみんな乗って!」
11
「灰爆発(キニス・フラルゴ)――」
「もらう」
あやめの左手の上に開かれている〈紫色の背表紙をした本〉の白い頁(ぺーじ)に、――『灰爆発(キニス・フラルゴ)』――と焼きついた。
清宮レイは四度目となる【夕焼け】を発動させる。
「笑顔の夕焼けが落ちた時、そこにお前は立っていられない!」
「笑顔の夕焼けが落ちた時、そこにお前は、立っていられないっ!」
掛橋沙耶香も【暗記】の能力で【夕焼け】を完全にコピーして超絶身体能力を駆使して戦闘にあたる。
「虚(むな)しい。慰(なぐさ)めの勝利が何に成ると云うのか。強制的に真意を授ける事も出来ると云うのに、それを私がしない意味がまだ判らないのですか――」
清宮レイと掛橋沙耶香の超絶身体能力でのラッシュを浴びながら、鮮血を飛び散らせながら、ニャルラトホテプは涼しい顔で言い放った。今は二十台の長い髪の女の顔をしている。
あやめは叫ぶ。
「強制的に? やってごらんよっ!」
清宮レイは一瞬だけ後方を振り返る。
「耳を貸すなって、ハァ! 言ったじゃんあやめちゃんハァ!」
「操り人形(パペッター)――」
あやめは驚いて後方へと跳び移った。
「詠唱(えいしょう)無しの呪文!? ああっ??」
あやめの右手があっちこっちへと何かの力に引っ張られる……。身体ごと引っ張るその不思議な力は、今度、あやめ自身に首をしめさせた。
「んんっ、んぐう……んっっ!!」
清宮レイは渾身の拳を振りぬく――。
コンクリートを砕くかのような歪(いびつ)な音がニャルラトホテプの頭部に鳴った。
あやめの右手が自由になる。
「ハァ、ハァ、ハァ~……」
作品名:ジャンピングジョーカーフラッシュ 作家名:タンポポ