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ジャンピングジョーカーフラッシュ

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 アルバイトの時間を思い出した――。あやめは住宅街の路地で小走りを始める。
 真夏のきつい日射が、ひたいや首元に汗をかかせる。むんとした熱気に息を弾ませながら、あやめは己がヒーローになった事を反芻(はんすう)するように思い浮かべていた。
 自宅マンションに到着すると、学校鞄を玄関にどさっと投げて、洗面所で汗拭きタオルを取った。鏡に映った己を見つめながら、汗を拭いていく……。
 自分は、本当ならば、小学一年生なのだ……。
 その事実が、現在の現実的な生活感との差異を際立たせている。高校三年の最後の夏休みに、悪と戦うヒーローになってしまった。というよりは、自分は本当は違う世界から召喚された小学一年生の、一般的な六歳の少女なのだ。
 カラオケ店のアルバイトへは、自転車で現地まで向かった。

――●▲■あやめ君。聞こえるかい?■▲●――

 あやめは会計カウンターの中で、黙って隣に立つ店長の事を意識しながら、心の中で『マジか……』と呟いた。
 アルバイトの時間の中で、実は全てが夢であったのではないかと、そう思えてきていたのであった。
 しかし、その脳内だけの連絡はきた――。
 事実なのだ。
 悪と戦う羽目になった己の人生は、現実だったのだ――。と、あやめは短い思考のうちに痛く実感していた。

――●▲■あやめ君。敵が現れた。君の最初の任務になる。場所は、今君の記憶に送った通りだから、わかるね? 相手は怪獣のようだね。そのゲームセンターの前で暴れようとしている。繁華街だ。すぐに駆けつけてくれ■▲●――

 あやめは、不器用に思考する……。つまり、脳内で言葉をしゃべってみる。
『どうやってえ? 今、横に店長いるんですよぉ……。バイト中だしぃ……』


――●▲■お忘れかい? 変身すれば、そこは異次元となる。店長達の時間は静止するんだよ■▲●――

『だからどうやって変身するんですかぁ……。隣に店長が立ってて意味不明な事しゃべるの無理なんですってえ……』

――●▲■あそう。じゃあトイレにでも行けば? そこで変身すればいいじゃないか。変身の発声は何でもいいのに。気にしいだね、あやめ君は■▲●――

「あ、すみません。トイレ、行ってきます」
「あ、はい」
 あやめはカラオケ・ビル地上一階の女子トイレまで移動して、深い溜息をついた。
「聞こえる? マスター、て呼べばいいの? マスタ~!」

――●▲■というか急ぐんだあやめ君。さっさと変身してくれたまえ。行け、正義の使徒、筒井あやめ! 悪を挫(くじ)け!■▲●――

 筒あやめは眼を瞑った。
 その一言を、呟く……。

「へんしん………」

 瞬発的な眩(まばゆ)い閃光(せんこう)が、あやめの全身を包み込むように走った瞬間、周囲の景色が真っ赤に染まって見えた――。
 女子トイレを出る……。出入口の会計カウンターに戻ると、石化したように時が静止している店長の姿があった……。
「こういう事か……。あとは、あそこに行けばいいわけか。何処か、ちゃんとわかるんだ……、変なの……、変な感じ」
 出入り口から飛び出して、そこから一キロと四百メートルほど先にある、繁華街のゲームセンター、その前の歩行者道路まで、全速力で走り抜けると決めた。行先までの地図は頭の中に自然と展開されている。
 あやめは全速力で走る中で、己の変身後の姿が、元の学生服のままである事に気がついた。なぜか、アルバイトで身につけていた黒いエプロンだけが消えているが。
 まるで再生の早送りのように眼忙(めまぐる)しく景色は移り変わり、繁華街にあるゲームセンターの前まではすぐに到着できた。
 息もそんなに切れてはいない。
 いや、それどころではない。
 確かに、そこには居るのだ。
 その場で暴れ回るようにして、建物を破壊しているのは、確かに現実の世界では実在しない、怪獣のような姿をしていた。
「え待って……。これ、倒すの?」
 四本の長く図太い触角(しょっかく)の生えた、伊勢海老のような歪(いびつ)な頭部に、犀(さい)の重厚な皮膚(ひふ)を持った樋熊(ひぐま)のような身体をしている。
「え、待って………」
 あやめはあごに指をはめて、しばし考える。
「能力って、決めたんだっけ……。あれ?」
 怪獣は、その黒い眼玉で筒井あやめの存在を認知したようであった。奇声のような夥(おびただ)しい呻(うめ)き声が赤い繁華街に響き渡った。
 あやめは斜め上を見つめて、腕を組んで、考える。
 怪獣は、六メートル超もある巨躯(きょく)を充分にしならせて、丸太のような右腕を急激にあやめへとふりかぶった。
「能力って、本がなんなんだっけ……」
「ちょっと死ぬであんたっ!」
 ビルから落下してきた見知らぬ美少女は、巨躯の一撃よりも先に、筒井あやめを抱きかかえ、怪獣の後方へと大きく跳び移った。
「え、誰?」
 あやめは抱きかかえられながら、きょとん、と見上げる。
「あんたもヒーローなんやろ? しゃんとしいや! 死ぬで? ほんまにぃ!」
 美少女はきりっとその表情を変えて、怪獣に向け直すと、次の瞬間、あやめをアスファルトに立たせてから、地面を深く蹴り上げて、怪獣へと跳び込んだ――。
「うちは賀喜遥香っ! とりあえずバケモンしばいたるわっ‼」
 超握力で握り締めた右の拳を、六メートル以上跳躍した勢いで、振りかぶる。
 怪獣の頭部は正面と逆の方向に弾け飛んだ――。
 賀喜遥香が着地すると、間もなくして、頭部を失った怪獣は、ずずん、と容赦ない地響きを立てながら、地に伏したのだった。
 あやめは倒れた怪獣を見つめて、驚いた顔をする。
「あー……。消えてく……」
「そうや。死んだバケモンは、ピカピカん光って消えてくんやで」
 光の粒子が怪獣の巨躯を包み込み、やがてその全ての存在を繁華街から消し去っていった……。
「あ!」
 あやめは驚く――。赤かった景色が、普段通りの色彩に戻ったのであった。
「赤くなくなった……」
 あやめは、賀喜遥香と名乗った美少女を見つめる。
「あなたは、本当はいくつなの?」
「初対面の挨拶がそれかい!」
 賀喜遥香は右手をぶらぶらとさせながら、苦笑した。
「あんたとそう大した変わりは無いと思うけど。うちは賀喜。賀喜や」
「初めまして、筒井あやめです……。あのう、それってなんの能力ですぅ?」
「初対面でめっちゃ色々きくやん」
 賀喜遥香は笑った。
 あやめは、ふいに意識を集中させる――。

――●▲■あやめ君、任務完了だよ。初めての任務、お疲れ様でした■▲●――

「ねえ、変身してると街の人達ってどうなってるの? 店長はいたけど止まってたし、この道路には人がいないみたいだし……。都会で路に人がいないって、ありえる?」

――●▲■変身後の、悪から半径二キロ。直径四キロ。それが発生した、ターゲットの悪との赤い距離だ。更に、悪との距離が一キロになると、そこからは人々の姿も存在も一時的に消える。その子は君の仲間になるヒーローだよ■▲●――

「マスター、何でまだこの子になんも教えてないん?」
 賀喜遥香は宙を見上げて言った。