ジャンピングジョーカーフラッシュ
八岐大蛇(やまたのおろち)という怪物の正体が、自然災害であれ、文化であれ、千年以上もの間語り継がれてきたという事は、紛(まぎ)れもない事実だ。恐れの姿としては、伝説級、紛れもなく最強クラスだという事だね■▲●――
あやめはベッドに腰を置いて、それからゆっくりとベッドに横たわった。
「帰ったらお母さんに自慢しよう~。信じてくれるかなあ~? あ……。そっかあ、お母さんも昔、ヒーローやったって、なんかそんな事言ってたよねえ? みいんな、子供の頃に一回ヒーローやってるって」
――●▲■その通りだ。ただし、現実世界に帰還してから、この世界での思い出、記憶というのかな、それが保(たも)たれるのは二時間の間だ。二時間を過ぎると、元ヒーロー達の頭脳からこの世界と僕らマスター達との接触の記憶は全て消去される■▲●――
あやめはベッドから起き上がる。
「歯磨きしなくちゃ……」
――●▲■いや驚くところだよ。本当に、マイペースだね、あやめ君は■▲●――
あやめは洗面所に向かいながら、囁くように問いかける。
「みんなの事も忘れちゃうの……?」
――●▲■うん、そうだ■▲●――
あやめは洗面所でせっせと歯磨きの準備をする。
「レイちゃんの事も、ヒーローも事も、全部……?」
――●▲■ああ、全部だ。すまない。規定なんだ■▲●――
「そう」
歯ブラシを口に入れたあやめの頬(ほお)に、涙が伝い落ちた。
15
その眼は、ホウズキのように真っ赤で、その腹は、いつも血で爛(ただ)れている。
その眼は、赤加賀智(あかかがち)の如(ごと)くして、身一つに、八頭八尾(やがしらやお)あり。またその身に、ひかげと檜(ひ)椙尾(すぎお)ひ(い)、その長(たけ)は、谿八谷狭八尾(たにやたにおやお)に度(わた)たりて、その腹を見れば、悉(ことごと)く常に血爛(ちただ)れたり。
――古事記――
蠢く度に街のコンクリート建造を破壊していくその巨躯の一部に、黒見明香の聖剣デュランダルは打ち砕かれてしまった。
黒見明香はあっかんべーをしながら透明な愛馬『赤兎馬』に乗ってビルの曲がり角へと後退する。
「硬すぎるっっ、このがらがら蛇ぃっ~‼‼ バイバ~~イ‼‼ さくちゃんごめん違うのを!」
「はいっ! わかりましたっ‼」
黒見明香の潜んだビルの二階の窓から、遠藤さくらは手を出して、召喚を始める。
――●▲■1050年頃に成立したフランス最古の叙事詩、ローランの歌。物語の主人公、英雄ローランは、不滅の聖剣デュランダルを携えていた。黄金の柄の中には、聖母マリアの衣服の一部。聖ペテロの歯。聖バシリウスの血。聖ディオニュシウスの毛髪など、聖遺物が収められていた。それゆえに決して破壊されないと言われているデュランダルが、折れたねえ。八岐大蛇の硬度は、計り知れないみたいだ■▲●――
遠藤さくらは、縦1メートル程に波紋を打つ異空間に片腕を突っ込んで、大きな剣を引き抜いた。その時に遠藤さくらの片腕はびしょ濡れになっていた。
「つ、め、た、っはい黒見さん下に剣っ、落とします!!」
遠藤さくらは長剣を二階から下へと落とした。
「OKっ‼ 赤兎馬っどう、どう! ……受けとります!!」
長剣を流れるような動作で受け取った黒見明香と透明の愛馬赤兎馬は、地響きを立てながら信号のある十字路を破壊しながら蠢いている八岐大蛇の腹へと斬り込んでいく。
――●▲■おおその剣。アーサー王伝説に伝わる魔法を宿したとされる聖剣エクスカリバーに間違いないね……。その切れ味は硬い鉄をも、まるで木を裂くかのようにいとも簡単に切り落とし、その刀身は、100本の松明(たいまつ)を束(たば)ねるよりも強い輝きを放つらしい。アーサー王の詳細は文献によって異なるけどね、物語は、アーサー王とエクスカリバーの最後まで描かれてる。
致命傷を負ったアーサー王は、死の直前、キャメロット城の円卓(えんたく)を王と共に囲(かこ)う事を許される選ばれし円卓の騎士の一人、ベディビアに、エクスカリバーを託(たく)し、湖に投げ込むように指示した……。ベディビアが湖に剣を投げ込もうとすると、湖の中から、何者かの手が現れ、エクスカリバーを受け取ると、そのまま水の底へと消えていった……。という伝説が残ってるんだけど、どうやらその手は、さくら君の手みたいだね■▲●――
遠藤さくらは「なんか水の中でした」と片手をぶらぶらさせると、それから、がらりとその表情を気丈な物へと変化させ、右手の指を二つクロスさせながら魔法を唱える――。
「愛否別離・超究極冷凍波(ごめんね・フィンガーズクロスト)――っっ‼‼」
周囲の酸素をも凍結させながら走る地上から連続して生えていく巨大な氷柱(つらら)は、八岐大蛇の巨大な尾を凍結させながら貫(つらぬ)いた……。
――●▲■本気出すと最強かもね君って。あ! かっきー危ない! 八岐大蛇の歌は催眠術だよっ‼‼ さくら君!!■▲●――
「はいっ」
遠藤さくらは〈空間転移〉で遠く離れた道路にいる賀喜遥香の元へと瞬間移動した。
「さくちゃんっ!」
賀喜遥香は驚いた顔で遠藤さくらの片腕を咄嗟(とっさ)に掴(つか)んでいた。
「かっきー、とにかく近くのビルの上まで飛ぶねっ…えっ……‼??」
賀喜遥香は物凄い握力で遠藤さくらの片腕を握りしめて、放さない――。
「ごめんさくちゃんっ、もう身体っ、てか、能力をぐっちゃぐちゃに操作されてん!!」
驚いている遠藤さくらに、泣きそうな顔を向けながら、賀喜遥香はコントロール不能の能力で、斥力(せきりょく)と引力(いんりょく)を交互に小刻みに発生させていく……。
遠藤さくらと賀喜遥香は、胸の前で手を組み、腰を折り曲げた格好で、その場をぴょんぴょこ、ぴょんぴょこ、回るように小刻みに飛び跳ねている。
――●▲■何それ……んふ。面白いね、君達■▲●――
賀喜遥香は憤怒して叫ぶ。
「何いうてんねん! はよなんとかしいやっ‼」
遠藤さくらは驚いた顔のままで、ぴょんぴょん、ぴょんぴょん、円を描くように飛び跳ねている。
田村真佑は【完全無敵】の能力を発動し、能力『スター』で己にだけ一定時間、完全無双無敵状態を引き起こした。
柴田柚菜は「インスパイア‼」と叫び上げ、【鼓舞する者】の能力を全開で発揮し、仲間のヒーロー達に超絶能力向上の現象を巻き起こす。
「これでまゆたんは今神様よりも悪魔よりも強いっハァ! みんなもすぐにはやられないようにしたからハァ、行って‼‼」
田村真佑は瓦礫(がれき)の散らばる道路にてへたり込んだ柴田柚菜の頭にキスをして、次の瞬間物凄い形相で八岐大蛇の巨大な八つの蛇の頭へと跳び込んでいった――。
――●▲■奈於君、沙耶君、真佑君が八つの蛇を引き付けてるうちに、君達の番が来たよ!一つでも首を斬り落とせるかな?■▲●――
弓木奈於は遠くでまた背の低いビルを倒壊させた八岐大蛇の巨大な尻尾(しっぽ)を睨(にら)みつけながら、短くにやけて親指を立てた。
「いっくよ~~やんちゃ~ん……」
金川紗耶は面食らう。
「え、うんえ、何、を?」
作品名:ジャンピングジョーカーフラッシュ 作家名:タンポポ