ジャンピングジョーカーフラッシュ
――●▲■かっきー!! 八岐大蛇への術を解除して、さくら君を!!■▲●――
賀喜遥香は大きく息を切らしながら、咄嗟(とっさ)に伸ばした左手で、視線のずっと先の方で落下していく遠藤さくらに斥力(せきりょく)を付与(ふよ)して落下を防いだ。
八岐大蛇が動き出す――。
――●▲■え? 何て言ったの、あやめ君■▲●――
筒井あやめは、ビルの屋上から動き出した八岐大蛇を見つめながら叫ぶ――。
「私のオリジナルの技があるんだけどっ、みんなの力が必要なのっ! この本に秘めてる全魔力を発揮する事ができれば、みんなきっと助かるっ! この本の能力を信じてやってみるから、私の頭の中の発動条件をみんなに伝えて、マスターっ‼」
――●▲■はいよ、もう全員に記憶を送ったよ。発動条件が未知数だったから、僕が改変しておいたよ。その最後になるかもしれない一発大博打(いっぱつおおばくち)の技はみんなで共有する力だ。即(すなわ)ち、それは繋がりでもあり――、絆(きずな)でもある――。発動条件は、君達を繋ぐとある偶然にした。いいや、それは必然だったのかもしれないな■▲●――
筒井あやめは天空に言う。
「ぐうぜん?」
――●▲■君達が、僕と最初に出逢った時、君達は何かをしていた。それは偶然にも、みんながみんな全く同じ時間を過ごしていたんだよ。あやめ君、君は僕と出逢った時、何をしていたか、憶えているかい?■▲●――
早川聖来は振り絞る意欲で、蠢(うごめ)き出した八岐大蛇を睨(にら)みつけて指差す――。
「落雷三連撃(ムルトゥス・トニトルス)っっ‼‼」
早川聖来の振り絞る【雷撃の支配者】の能力の発動で、突如発生(とつじょはっせい)した上空の雷雲から、ドドドォォォン――と、三連続で八岐大蛇に雷(いかずち)がに落雷した。
落雷を遠くに見つめながら、あやめは小首を傾(かし)げて、人差し指であごを触(さわ)る……。
「あれ……、たぶん、お風呂とかじゃなかった? お風呂入ってなかったっけ私……」
――●▲■ピンポンピンポン。大正解。僕と最初に出逢った時、ここにいる全員が入浴中だったんだよ。さて――、今君全員に与えた新たなる能力は【泡】。バブラーの能力だ。あやめ君の本には、なんて名前が載ってる? 開いてごらん■▲●――
あやめは、ひとりでに宙に浮いた、その光り輝く本を見つめる……。
――●▲■その技の名前は今全員が記憶を共有している。発動条件は全員が入浴中だったというその偶然、それだけじゃない。発動には、合言葉が必要になる。みんな、わかるね?■▲●――
賀喜遥香は、氷漬けになった地上に遠藤さくらと共に着地して、微笑む……。
「合言葉ね……」
遠藤さくらも、強く頷(うなず)いてから、囁(ささや)く。
「さくらの名の元に命じます……、みんなに、最後の、力が、湧き上がりますように……」
遠藤さくらの【愛しき呼称】の能力発動で、指定した事象、現象がなんとなくそれっぽくなる……。
金川紗耶は片付け終えた蟒蛇(うわばみ)の肉片を踏(ふ)みつけながら笑う。
「やったるわ~!」
田村真佑は笑みを浮かべて、立ち上がった。
「最後は全員で、か……。出逢った事に、運命、感じちゃうかも……」
柴田柚菜は、大きく息を吸い込んで、微笑んだ。
「勝てるよね……」
林瑠奈は、矢久保美緒を膝(ひざ)に抱きながら、微笑む。
「美緒ちゃん、気がついた……、良かった……」
矢久保美緒は、微笑む。
「最後の技だね……、OK、やったるわ~」
北川悠理は、佐藤璃果の膝枕(ひざまくら)で、ぱっちりとその円(つぶ)らな瞳を開いた。
「わかりました、私もやれそうです……。あ、璃果ちゃん」
佐藤璃果は微笑む。
「良かった………。よし、やろう、その最後のやつ!」
弓木奈於は、凍り付いたビルの壁面に背を預けながら、天を見上げて微笑んだ。
「それいいっすね~、や~ろうよやろうよ!」
松尾美佑は、弓木奈於に手を握られて、その場から立ち上がる。
「え………、ちょっと、身体が楽になってる……。できる、これなら!」
清宮レイと掛橋沙耶香は、凍り付いたバスの上であぐらをかきながら、互いに見つめあって微笑む。
「さぁちゃん、合言葉だって。ひひ、間違えたらど~なんだろうね。えへ」
「間違えないの。さ、夢の後始末(あとしまつ)………、だね」
早川聖来は、氷づいたビルの壁面に倒れ掛かりながら、笑みを浮かべた。
「相手さんも、もうぼろぼろやんなあ………。負ける気ぃがせぇへんわ……」
黒見明香は透明な愛馬、赤兎馬(せきとば)を宥(なだ)め乍(なが)ら、大きく微笑む。
「結尾(ジエウェイ)……」
あやめは仰(あお)いでいた天から、その顔を下げて、強い顔つきで八岐大蛇を見つめる。
――●▲■ゆけ! 僕のヒーロー達、悪を滅ぼせえぇぇ!!■▲●――
あやめは微笑んで、その声を叫ぶ――。
「合言葉は~~っっ‼‼」
全員の声がこの真っ赤に染まる世界線に広がる――。
「ジャン・ジャン・ジャンピング・ジョーカー・フラッシュ‼‼‼」
八岐大蛇とヒーロー達を含んだ一定空間領域に、浄化の泡を宿した水柱が幾つも立ち昇り、浄化の泡は、その世界に降り注いだ……――。
その真っ赤な世界に跨(またが)ったかつて巨大であった蟒蛇(うわばみ)は、大きな水の塊(かたまり)となり、至高の泡に包まれるようにして消えていく……。
自然とヒーロー達全員の変身が解けた。
――●▲■さくら君、君の能力で全員を近くの公園か何処かに、瞬間移動してくれるかな。そこでみんなに、話がある■▲●――
あやめの眼に映った都会の雑踏は、先ほどまで崩壊していた街並みとは全く思えぬほどに、活発で、無邪気で、忙しなかった。
景色が瞬間的に、森林の公園風景に変わった。
蝉(せみ)はどうして歌うのだろうか……。
誰の為に、歌うのか。
短き己の寿命を悟るかのように。
蝉は最後まで、歌う事を選んだ……。
完全に八岐大蛇の跡形は消滅し、世界は元の色彩を取り戻したのだ――。
蝉の大合唱が、ヒーロー達の勝利を賛美するかのように、久しぶりにその耳を奪う。
あやめは、空気をいっぱいに吸い込んで、美しい世界に、いっぱいに息を落とした。眼を瞑(つぶ)り、耳元に手をそえて、耳を清ましてみる……。
耳に鳴るその小さき命達の鳴き声に、あやめはなんとなく軽い納得を落として、未来の夢を思ってみた。
しかし、今はまだ、何もわからない。
ただ、今わかる事――。耳に響き続ける、タイトルこそ無いその蝉の音色達。
爽(さわ)やかに吹き抜ける一陣の風に、溶け込む太陽の暑い日差し。
あやめは、微笑んだ。
それは確かな、夏のメロディだった。
16
――●▲■どうもありがとう。僕のヒーロー達。僕からも感謝する。君達との契約は以上だ。もうじき、現実の世界に強制転換される。お別れを、すましておきなさい■▲●――
かつてヒーローであった少女達は、互いを見つめあって、微笑んだ。
賀喜遥香は早川聖来を抱きしめた。早川聖来は涙を浮かべて囁く……。
作品名:ジャンピングジョーカーフラッシュ 作家名:タンポポ