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君に叱られた

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 サリが焦って声をかけると、遥香はまた大声で『ちょっとそこで待ってて下さーい!』とサリに叫んだ。
「どういう子なのよ……」
 サリの顔が歪んでいく。――初めからつん、と、とんがったような顔つきが、更にとんがり、眉間(みけん)にも皺(しわ)が寄って、実に不愉快を絵に描いたような顔に仕上がっていった。しんと静まり返った下駄箱に、サリの『もうっ』という荒い息遣いだけが鮮明に響く。
 その声はすぐに消え、下駄箱は元の静寂を取り戻す。グラウンドからの声も届かない。放送でも流れない限り、そこは沈黙するのであろう。
 すでに学校行事は終了している。後は部活動しか残されていない。校舎は本来の役割を終え、ひっそりと夏のひと休憩に入っているのである。
 サリは己でも気づかないうちに、顔をしかめていた。自分にとって、夏の部活動はすでに終わったのだ。夏に最も魅力的に感じる科学室は、授業以外を立ち入り禁止とされ、自分達は、生真面目な者しか普段入室もしない理科室での部活動を強いられていた。そして、その部活も、とうとう終わったのであった。
 サリは己がその下駄箱で立ち尽くしている事で、全てが終わったのだと、無意識に深く実感していた。苦手な遥香と電話し、無駄なあがきを相談しあって、できる事を全てやったのだ。――だからこそ、サリの顔は、泣きそうなキツネから戻ろうとしない。
 しかし、五分も経たないうちに遥香が下駄箱に戻ってくると、サリはまるで魔法をかけられたカボチャの馬車のように、その顔を瞬時にして、清々しい陽気な笑顔に変えたのであった。
 満面の笑みでピースサインを作り、遥香がその手に握って帰ってきたのは、そう、すでにサリがあきらめていた、あの『科学室』の鍵であった。

       9

「簡単だったよ?」
 遥香は満面の笑みで言った。
「ぶらぶら~ってぶら下がってたの、さっ、て取ってきただけだもん」
「ぶら下がってたって、それをかってに取ってきたの?」
 サリの顔はその言葉に不釣り合いな笑顔であった。
「うん、…って、ふふ、いけないのよ?」
「いけないねえ」
遥香はちょこん、と小首を傾げた。
 誰もいない夏休みの科学室。ひっそりと静まり返った室内にはひんやりと冷えた冷房もパソコンの稼働光もない。
 ただそこにあるのは、明るい二人の話し声と、靴下でぴょんぴょんと飛び跳ねる元気の良い脚音だけであった。
「ああ…、ちょっと信じられない」
 サリは飛び跳ねる事をやめ、胸の前で手を組んでから、感極まった顔で天井を見上げた。
「主よ……、私はもう罪人ね? ありがとうございます」
 一方、遥香はせかせかとパソコンを起動させていた。部長のパソコンである。
 しかし、すぐに感極まった言葉を天井に捧げているサリに、これまた極まった顔の遥香が大声を上げるのであった。
「あ~~~~!」
 遥香はサリを大きく指差す。
「な! ちょ、ちょっと、しっ、し~~~!」
 サリは大慌てで人差し指を口元に立てる。
「なに指差してんのよ! 賀喜さんだって同罪じゃない、私だけが罪人じゃないのよ? それに大声を出さないで、見つかっちゃうじゃない!」
 遥香は笑顔をフリーズさせてサリを見つめた。言っている事がよくわからなかった。しかし大声を出すな、という部分は理解できたので、出すのをやめた。
 遥香はサリを指差したままで言う。
「汐崎さん、私、部長のゲーム持ってきてない……」
 遥香は笑顔をフリーズさせたままで言った。
「ゲームできない……。ソフトないもん」
「あるわよ…。ちょっと、いいからその縁起でもない指をお、ろ、し、な、さい!」
 サリはそう言うと、制服のシャツから銀色に鈍く光沢をつくっている十字架の首飾りを取り出した。
「主よ……、あの子はカモシカと同じく天然記念物なんです。私は人に指を差される事はしていません。先生に怒られる事しかしていません、それも見つからなければ帳消しになります、私は…」
「汐崎さん、ゲームはどこにあるの?」
 遥香はサリの独り言を掻き消した。サリは不満そうに睨んでいる。しかし遥香の知った事ではない。
「てか、ね早く、やろうよ、先生来ちゃうから」
「ん……そうね、そうしましょう」
 サリは急な急ぎ脚で室内をバタバタと歩き出した。
 遥香はパソコン画面に視線を落としてから、ふらふらと室内を歩き出す。
 冷房が設置してある、部長のデスクから近い場所にある壁まで移動して、室内温度を二十二℃に設定してから、冷房を起動させた。
「………」
 遥香は音を立て始めた冷房を気が済むまで見つめてから、今度は、科学室の室内をふらりと見渡してみた。
 サリが中腰になってパソコンをカチャカチャとやっている。
 静まり返った室内。中央からドアの方面だけ蛍光灯の明かりが灯っていない。
 蛍光灯のつけられた半分の絨毯がはっきりとグレーに見える。夏休みが始まって間もない初日であるが、それがとても懐かしい色に見えた。
 遥香はもう一度ぐるりと室内を見回しながら、冷房が効いてきた事を実感する。冷房を涼しく思いながら、中腰でカチャカチャとパソコンを操作しているサリの背中に向かう。
 部長デスクの隣のデスクには、バイク用のヘルメットを未来的に改造したようなヘルメットが二つ。同じく、コントローラーであるプラスティックの板に簡単なボタンと、握る為のスティックがついた懐かしいコントローラーが置かれていた。
「できそう?」
 遥香はコントローラーを弄りながら言った。
「できるわよ」
 サリの嬉しそうな声が答える。
 遥香の顔に笑みが浮かんできた。これでまた、あの楽しいゲームができる……。
 ほんの少しだけ、違う世界にワープしてしまったかのような、あの不思議な体験をまた味わう事ができるかもしれない……。
 そこで遥香は更に笑顔になった。
「ねね、汐崎さん、部長達も呼ぼうよ!」
 サリが、細い眼で無造作に振り返った。
「ね? ダメ? 部長達も呼んであげようよ? せっかく部室に入れたんだから」
 サリはまたパソコン画面に顔を向け直して、カチ、カチ、とマウスを操作し始めた。
「来ないわよ……」
「……何で?」
「部長は三年生……。これは悪い事なのよ、内申書に響いたらどうするの」
 サリは躊躇(ためら)いながらも、淡々と言った。
「メガキンとフトルは今携帯電話が故障してるみたいだし、村瀬はあれでも真面目なの。顧問の尾尻先生とも仲がいいし、先生を裏切ったりはしないわ。意外と発言力もなくて、弱気な奴だから、これが使用禁止になった時も自分では何も言わなかったの。だから部長に望みを託したのよ」
「そうなんだ……」
「うん」
 カチャン、と大きくキーボードが鳴った。見ると、サリが遥香に微笑んでいた。
「さ、できるわよ!」
 サリは満面の笑みで両手を合わせていた。
「私達で四人の分も楽しむの。夏休みに密かに活動して、あの四人を三学期に驚かせましょ」
「うん! そだね」
 遥香は笑顔で隣のデスクの椅子に座った。それから、ヘルメットとコントローラーをサリに手渡す。
「えと、私がー、あの、汐崎さんになればいいん、だよね?」
「そよ~、私が賀喜さんよ~」
作品名:君に叱られた 作家名:タンポポ