君に叱られた
それを口元に咥え、眼には見えない煙を楽しみながら、子供が喜びそうな味を口の中につまらなく感じる。
その村瀬の顔は、ベッドの脇にあるパソコン画面に向けられていた。システムにフリーズが焼き付かないように、そのパソコンにはスクリーンセイバーという絵が表示されている。
それは、裸の女性が、ポイントポイントを的確に隠して照れている絵であった。
村瀬は煙草のお菓子を、バキバキと音を立てて食べた。『つまんねえな……』と、本日もう何度目になるのかもわからない無意識を呟き、村瀬は中学校ぶりに味わう退屈な時間に、これまた本日何度目になるかわからぬ、特大の溜息をプレゼントした。
~村瀬の国~
身体が現実的に入れ替わる、そんな神秘的な現象を本気で信じられる瞬間が来るとは思わなかった。いいえ、現実的ではないわね。そう、これはあくまでもゲーム世界のでの出来事。非科学的で、幻の根源みたいな出来事よ。信じる、じゃなくて、巻き込まれる、がそうね。
私は賀喜遥香さんになり、賀喜遥香さんが私になった。私も案外ぷりぷりしてると可愛いのね、それは本当に勉強になったわ。でも、そんな勉強も、私達の世界に帰れなくては意味がない。
話し合いの結果、私達はある結論を出した。このゲームに起こるワープ現象は、一種の『トランス』という現象。意識が朦朧(もうろう)とするというよりは、意識を集中させている対象に、引き込まれる、という現象ね。そのトランスで、私達は過去に何秒間かの『ワープ』を体験していた。
どうしてゲームの中に入り込んだ気になれるのか、詳しいところは全くダメ。そんなのわかりっこないわ。だけど、ヘルメットが故障していて、そこから何らかの電磁波、この場合はきっと悪性だと思うけど、その電磁波が、偶然私達の脳に刺激を与えているのではないかと、私達は答えを導いていた。想像力を感化させられる、想像力を司(つかさど)る脳の部分に電磁波がいき、反応を起こす。もしくは、想像力を発揮している私達の脳波と、その電磁波が化学反応を起こす。とか、正解が未知数なだけに、私達はそう仮説を立てる事で納得を得ていた。
ワープはトランス現象と共に起こる。そして、ワープが完了すると、私達は呆然と、すでにゲーム世界の中に立っている。――実際には、よくわからないけど、そんな気がする、という事なのね、たぶん……。
そして、ワープした場所は必ず、そのパソコンのゲーム画面に表示されていた場所なの。フトルが自分の街で遊んでいる時にワープすれば、フトルは必ず、フトルの街に行く事になる。誰の場合でも同じ。ワープは人を選ばず、必ず表示されているのと同じ場所に私達の意識を送り届ける。
そして、帰りには法則性がなかった。気がつくと帰ってきている。精確に言えば、それは『帰った』ではなく『気がついた』という事になるわね。ランダムなの。つまりバラバラの時間で、しかも自動的に、帰ってくるのよ。
私達が出した結論は、その帰りのタイミングが『始まりの街』になかったのではないか? という事だった。
帰る方法なんて本当にないの。かってに帰るのよ。そして、このゲーム世界には四つの街、つまりは他と違う、個性的な法律と個性的な住民が暮らす四種類の『国』が存在している。
私達は誰の国でもない『始まりの街』に降り立った。そして、そこでは帰る事ができなかった。帰りのタイミングは今まで自動的に発動したのよ。
つまり、帰りのタイミングは、どこかで、必ず、発動するはずなの……。
私達は移動を決意した。このゲーム世界に存在している四種類の国。その何処かで必ず、帰りのタイミングが発動しているからよ。
ランダムで始まる帰りのワープ。それはきっと、色々な街でバラバラに起きるのだと思う。私達が『始まりの街』にいた時には、きっと違う国に帰りのチャンスがあったのよ。そのチャンスはきっとランダムに国を移動する。だから、私達はこの世界の国々に移動する事を決意した。
このゲーム世界の時間が正確かどうかは別として、私と賀喜さんは『始まりの街』で三日間を過ごした。十二時表記の時計が六週したのよ。食べ物は部長が設定してくれていた『パン屋』のおかげで何とかなったわ。お金が必要ない、優しいカバのおじさんが店長のパン屋さんだったから、飢え死には何とか凌(しの)いだの。でも、三日間の時間を待っても、『始まりの街』ではとうとうワープが起こらなかった。ランダムならば、いつかは『始まりの街』にもワープが起こると思って待ってみたのだけど、それは起こらなかった。さすがにこれ以上はもう待てない。行動を起こさないと、不安が大きく膨れ上がってしまうから。
だから、私達は意を決して、まずはあの『大きな橋』で大きな河を渡ったの。そこでワープが起こるかもしれないから、私達はとうとう『帰る為の旅』を開始したのよ。
そう、あの村瀬の理想である『村瀬の国』に、私達は向かったの……。
この国に来てから、もう半日が過ぎた。どうしてあんな森を造ったのか、とにかくとんでもない大きさの森をやっとで抜けて、私達は発見した洞窟でいま休憩をしている。夜の設定があるこの国では、いま、夜が始まろうとしていた。
「うー、…寒いね」
サリは元気のない声で言った。
「夏なのに、ここだけは、冬なのかな……」
遥香はサリの声には答えずに、まだ薄っすらと明るさを残している洞窟の外を眺めていた。
洞窟には、壁に等間隔で松明(たいまつ)が設置されていた。十メートル程で終わってしまうまっすぐな洞窟であるが、その壁には『触っても熱くない火』が燃えているのである。それが宝箱も何もないからっぽの洞窟を照らしてくれていた。
サリは、先程から急激に元気をなくしてしまっていた。遥香に至(いた)っては延々と考え耽(ふけ)っている。
二人はこの国に入ってから最初に出会った住人によって、その元気を完全に失っていた。
「あー、ねえ……」
サリは不安な顔で遥香の頭部に言う。
「んね、ほんとぉーに…、全員があんな…、あんな格好してるの?」
遥香は後ろを向いたままで頷いた。薄暗い洞窟の洞内に、ぼんやりと浮いたように見えるその赤いリボンが、寂しい孤独感を醸(かも)し出していた。
サリは遥香の隣に移動する。無言でサリを一瞥した遥香に、サリは不安な『ねえねえ』を言いながら、冷たい地べたに体育座りをする。
「どうして、えーなんで……、はだかなの?」
サリは泣きそうな顔で言った。
「村瀬に言って」
遥香は外の景色を眺めたままで答えた。
「さっきの女の子、風邪ひかないのかな?」
サリは気まずくも、夢中で尋ねる。
「え、男の子も、全員はだか? なの? なんっで、はだかじゃないとダメなの?」
「村瀬に聞いて…」
遥香は、眉毛をぴくりぴくり、と反応させていた。
「どうし、なんでそんなにエッチな国なの?」
「村瀬に言って!」
遥香はサリの顔を睨みつけた。
「私だってこんなみだらな国だとは思わなかったわよっ、でも来なくちゃ帰れないでしょう? 責任を全部私に押しつけないでよ!」
「だあって……」
サリは泣きそうな顔をする。