君に叱られた
「賀喜さん、もしかしたら帰れるわ! この街には占い師がいるの、占い師は悩み事に対して助言をする偉い人の設定なのよ! 私達にもヒントをくれるかもしれないでしょ?」
「ねねね…ねぇねぇ、…もしかして、ここ、食べれる?」
サリは可愛らしく、住人の頭を指差した。
住人は怯えた顔でサリを凝視している。若者風のオシャレな洋服を着こんだ住人は、大きなソフトクリームの頭をしていた。
「ちょっと、賀喜さん聞いてるの? あなたの問題でもあるのよ?」
「これとけないの?」
サリの口からよだれが垂れた。
「ちょと、ちょっとだけ…。さわってもいい?」
「食べないで下さい……」
「脅迫してどうすんのよあなたバカでしょ!」
ソフトクリームの青年に道案内を任せながら、サリと遥香は『大聖堂』と呼ばれる占い師の住まう宮殿に招待された。しかし、そこは日に二時間しか扉が開かないらしい。
遥香とサリは、無念を押し込め、逸(はや)る気持ちをなんとか誤魔化しながら、前向きに行動する。その後、会話の果てに、先頭を歩くソフトクリームの青年の家に招待される事になった。
車両用の道路と自動車だけを除外したような、ヨーロッパ風のハイセンスな街並みを歩きながら、遥香が、先頭を歩くソフトクリームの青年の眼を盗んで、隣を歩くサリに、こそこそと耳打ちをした。
無論、お互いに触れない事を意識している。
「フトルは食べ物が大好きなのよ……、だから、食べ物と話をするのが夢みたいなの」
遥香は青年を確認しながら、こそこそと小声で続ける。
「部長に会話の設定を調節してもらってるみたいね…。こっちが街の人の身体から一定の距離を離れない限り、たぶんずっと会話を心掛けてくれるはずよ……。このままお世話になっちゃいましょ」
「あ……、とけそう」
ソフトクリームの青年が怯えた眼で振り返った。
「んふふ大丈夫ですか?」
サリは、遥香に言われた通り、優しい顔を意識して話す。
「頭がふふ、頭がとけて美味しそうになってますけど……。痛くないの?」
ソフトクリームの青年は、眼を潤ませて『大丈夫です…』と短く答えた。また、前を向いて、とぼとぼと歩き始める。
「んふふ、可愛い子だね?」
サリは遥香に微笑んだ。
遥香はそう言われ、気がついたかのように、その嬉しそうな顔を解除した。
「うふっ、ダメよ~、まだそれじゃまるで怖い人の発言よ、サリちゃん」
遥香は帰れそうな嬉しさに任せて、この世界での呼び名を設定に忠実な物へと戻していた。
「サリちゃん、食べたら彼は死ぬからね、食べれるかもしれないけど、ゲームとはいえ、主はお喜びにならないわ。食べちゃダメよ?」
「食ぁべないよぉー…」
サリは笑顔だが、唾(つば)を呑み込んでいた。それから『食べませんよ』と後ろ姿の青年に頷いた。
「見るだけだから……。あでも、とけて落ちそうなところとかなら、いいのかな?」
「そういう言い方が怖いのよ」
ソフトクリームの青年の両肩は、山のように固く緊張していた。
コンクリートで全てを制作したような、見事なまでの打ちっぱなしの建造物であった。そこがソフトクリームの青年の暮らす家だと聞かされ、二人は例のこそこそ話で『やっぱり食べる食べないは失礼みたいね、普通の人間だと思いましょ』と打ち合わせをしていた。
お茶を用意すると言って、リビングから退出したソフトクリームを確認してから、二人は室内を見回す事もなく、早々に会話を開始させる。
「打ちっぱなしのコンクリート建造…。こんなに細部まではゲームで再現してないわよね…。どうしてこんなにリアルになってるのかしら、会話の長さと何か関係があるのかしらね?」
「あの…、うち。うち、っぱなし? てなんですか?」
サリはぱちぱちと瞬きをした。
「ほら、」
遥香は室内を指差した。
「壁紙とかがいっさいないでしょ? こうやって…、コンクリートがむき出しになっる若者風の建物の造りを、打ちっぱなしのコンクリート建造って言うのよ」
「えー。ふうん…、へぇー……」
「村瀬の国も、始まりの街も、ここまで現実感はなかったわ……」
遥香は険しい表情で、室内を簡単に見回してみた。
「会話の設定が長文になってるから、街の現実化もリアルなんじゃないかしら……。ほら、いっぱいしゃべる設定を貰ってる分、ここの人は他の国の人達よりも、自分が人間であるという認識力が強いのよ。だから、その生活レベルも高いのね…、たぶん」
「んん……そっかぁ。食べ、たら…、本当に、死んじゃうのかな?」
サリはソファに腰をバウンドさせながら、深く座った。その表情はソフトクリーム人間への底知れぬ疑問に納得していない。
「ちゃんと聞いてからさあー、あの、ちょっと、さわってみる?」
「あんた映画とか観てないの? ……あのね、こういう世界で好きかってに行動するとねえ、あっという間に、住人全てが敵になっちゃうのよ」
遥香は、厳しい顔でサリに言う。
「顔食べられたら誰だって怒るでしょう? あなたちょっと耳食べていい? とか言われて、サリちゃんはいいって答える度胸ある?」
「でもアンパンマンは、食べれるよね?」
サリは笑顔だが、真剣であった。もう、この国に入ってから、サリはずっとそんな顔をしていた。
「だって、えだって…、食べる為に顔がソフトクリームなんじゃないの?」
「あんたは親切にしてくれたアンパンマンを食べちゃうわけ?」
「少し…、だよ?」
サリは指先で、少し、を表す。
「このぐらい」
「食べないで下さいって言われたじゃない」
「言われたぁ、けど……。えだって、さっきね、ちょこっとだけとけて、下に落ちてたもん」
サリは、登場してきたソフトクリームの青年に顔を向ける。
「落ちちゃうのは、もったいなかったなーって…」
「し、黙って」
遥香は素早く、笑顔でソファを立ち上がった。
「家族ね? あ~ら…、か~わいい、みなさん種類が違うのね?」
二人の前には、スイーツ店などでお馴染みの顔ぶれが揃っていた。彼らはソファにいる二人の前に並んで立ち、二人に礼儀正しいお辞儀をした。
「妹の、シュークリームです」
ソフトクリームは笑顔でその子を紹介した。
「ほら、挨拶しなさい」
シュークリームは四歳児ぐらいの少女の服を着ている。しかし、例によりその顔はシュークリームに眼と口がついているだけである。しかしソフトクリーム同様、それは感情豊かな人間の表情を作っている。
シュークリームは照れながら、ぺこり、と小さく二人に頭を下げた。
二人も短い挨拶を返した。
「こっちが、弟のショートケーキです」
ソフトクリームは、背中に隠れた弟を強引に前に立たせた。
「ほら、挨拶をしなさい」
それは十歳ぐらいの男の子の洋服を着ていた。
紹介されたショートケーキは、もじもじを一度やめて、ちらり、と素早くサリの顔を覗いてみる。
サリは笑顔で『ん?』と首を傾げていた。しかし、その顔は笑っているが、たまに声を消して『おいしそ~』と口を動かしていた。
ショートケーキは頭を下げてから、また兄の背中の後ろへと戻った。
「父です」
モンブランの父が短く頭を下げた。
二人は挨拶を短く返した。自己紹介はしていない。