君に叱られた
ソフトクリームは、未だかつて味わった事がないであろう緊張感を味わいながら伝える。
「十年間続けて運勢だけを言われた人もいます……。あの、うちの母なのですが」
「帰れないじゃないのよ……」
「それは、でもまだわからない事ですし…。一発で帰る方法を占ってもらえる場合も…」
「運しだい、って事? そんな、遊びじゃないのよこの問題は……」
時間を告げに来たサリとショートケーキと合流し、遥香はその難しい表情を元の愛らしい物へと戻した。
二人はソフトクリーム達の両親にお礼の挨拶と別れを済まし、さっそく長老の占い師が待つ『大聖堂』へと街の中を歩き始める。
ソフトクリームとショートケーキも占ってもらうとの事で、ついて来てくれた。
「ほーんと、超綺麗な街……、シマエナガとか飛んでたら、もっといいんだけどなぁー」
「素敵な街ね~…、部長のつくったゲームじゃ、こんな街じゃなかったのに」
「ええ、気に入っています」
ソフトクリームは自慢げに胸を張った。
「素晴らしい街だと、ここに住む人は口を揃えて毎日会話を楽しんでいますよ。村瀬さんも優しいし」
「村瀬は、つまり、フトルの事よ」
遥香は前を見たままで言った。
「うん、もう慣れた。わかるわかる」
サリは笑顔のままで答えた。
見上げる程に超高層なモダンな建物が続く街並みには、甘い香りが漂っている。それは街を歩く住人達の顔から漂う物であった。
「でも、本当にそうね~……」
遥香は赤いリボンを揺らして、上品に笑った。
「フトルにしては、確かに可愛い街を注文したわねぇ」
「この子達もさ、んふふ、ちゃんとお勉強してるから、ふふ。すっごい、美味しそうだしね?」
サリは手を繋いだショートケーキに微笑む。ショートケーキは照れ、サリの腕に顔をくっつけていた。街の人々は美味しくなる為に、日々努力をしているらしい。
尚、ショートケーキは先程からサリの腕に纏わりついているが、生クリームはそれ程つかなかった。顔の形が崩れないようにそうなっているらしい。くっついた分も数秒で消えてしまう。先程、サリはその設定を知ると『太らない夢のスイーツやん!』と何度もパイを出現させ、ショートケーキと共にそれを食べていた。
「ここです」
五分程の入り組んだ路を全て歩き終えると、両端に家々を持つその路は、やがて路の突き当りに建つ、巨大な宮殿のような建物を最後として路を塞いだ。
その街並みに似合わぬインド王宮の宮殿ような建物が、長老と呼ばれる住人が住まう、占いの大聖堂であった。
宮殿を取り囲む城壁はないが、玄関である建物の中央に造られた扉が、実に数十メートルにも及ぶ巨大なスケールを誇っていた。鉛(なまり)で出来ているようなどっしりひんやりとした冷たい扉は、鈍い重さを重々と四人に打ち放っている。
「誰が開けるのよ……」
遥香は見上げたままで呟いた。
「モンキー・D・ルフィじゃないんだから、こんな困難、乗り越えるの? 私達のうち二人は女子よ? 冗談にしても笑えないわ……」
サリは、そう言った遥香の肩に顔を出して言う。
「あーでも、そこはルフィじゃなくて、中原中也の汚れちまった悲しみに発動で、触れた物の重力のベクトルを操って開けた方が早いかと……」
「何わけのわかんない事言ってんのよ、これから四人でこれを開けるのよ? 漫画の知識じゃなくて、テコの原理かなんかの知識を絞り出しなさいよ」
「あー私、腕立て伏せ、一回もできないから」
「うっそでしょ、なんでよあなたが運動神経いい事私知ってるんだから!」
「それとこれとはぁー……、あーしかも、良くないし、運動神経も」
「力の限りを尽くすのよ! なんでそんなに落ち着いてるのよあんたはっ、このバカでかい扉を開けて帰りの方法を絶対に入手するのよっ、燃えなさい今よ魂を燃やす時は!」
先頭で扉を見上げていたソフトクリームは、真顔で後ろを振り返る。
「自動ドアです」
「はぁ~~やく言いなさいそう言う事はっ!」
遥香は大きく腕を振りかぶって突っ込みを入れていた。
ソフトクリームに続いて、三人が中に入る。堂内に入ると、遥香はすぐに突っ込みで飛び出しそうであった眼玉を引っ込めた。
大聖堂の中は吹き抜けの空間になっている。それは巨大な教会のような造りになっていた。祭壇と祈りの席はないが、床の中央に敷かれた紅い高貴な絨毯が遥香のテンションを煽っていた。サリは『ひっろ!』と驚いている。
「そうそう、ここってこんなだったわ!」
遥香は天井を見上げながら、両手を広げてくるくると嬉しそうに回っている。
「いっつもフトルと村瀬が来てるもんっ、そうよ、ここだったわ、あっは~ん嬉っしい、こんな聖域だったのね!」
正面の壁に数十メートルのパイプオルガン。両端の壁には装飾彫りが施されている。透過光が美しく光る一面のステンドグラス。シンプルな造りではあるが、それは壁に施されている白一色の繊細な彫刻模様と、美しい色彩のステンドグラス、途方もなく高い位置に設置された数多くのシャンデリアによって、充分な大聖堂の役割を果たしている。
サリとショートケーキは殿内に入るなり、うふふ、へひゃ、と笑いながら『美しい物』について熱く語り始めていた。ところどころには街の住人の姿がある。やはり住人達もサリ達のように楽しそうに会話をしているか、遥香のように大聖堂の中をじっくりと眺めて歩いているのであった。
「ねえ、ここって素晴らしいわね!」
遥香は隣を歩いていた平(たい)らな顔に話しかけた。
「ここの雰囲気は心が休まるわぁ……、ねえそう思いませんか?」
「そうだね」
そう答えたのはポテトチップスのようであった。
「あなたも占う為にここに?」
遥香は笑顔で尋ねる。
「そうだよ」
ポテトチップスは淡々と答えた。
「お前も?」
「は? お前とは何よ……。生意気なガキね」
遥香は瞬間的に元に戻った。
「大聖堂でそんな口をきくもんじゃないわ。細い顔してるくせに……」
サリとショートケーキが手を繋いだままでそばに寄ってきた。ソフトクリームも隣にいる。
「え、なんで普通にしゃべってるの?」
サリは、不思議そうに遥香に言った。
「ふふ、大聖堂ではねえ、みんなが心を通わせる物なの。そう、ここでは言葉遣いに気を配りなさい?」
遥香はポテトチップスにぷいっと顔をしかめてから、ポテトチップスが頷いたので、また微笑んだ。
「いい子ね、そう。素直に人の話を聞くといい事があるのよ」
「あるわけねえじゃん」
平らな顔が言った。
「あら………」
遥香は露骨に、機嫌の悪い顔を平らな顔に向ける。
「こんなクソガキもいるのね……」
「あの、ねねぇ、えー、いつぶつかったの?」
「誰とよ?」
遥香はそのままの顔でサリを見つめる。サリは真顔で、ポテトチップスの顔を指差していた。
「ぶつかってないよ?」
ポテトチップスが平らな顔で答えた。
「うん。なんで? ぶつかってないわよ?」
そう言った後で、遥香は竜巻のように猛烈な勢いで、じっくりとポテトチップスの顔を睨みつけた。
「あんた……」
遥香はパイプ椅子で殴られたプロレスラーのような顔をする。
「どうして…ちょっと……、あんた…なんでかってにしゃべってんのよ……」