君に叱られた
サリの右手には長身の剣が持たれていた。鋭く見える刃渡りは一メートルはある。柄(つか)の部分は大きくて持ちづらく、柄と刃を分かつ部分には美しく繊細で派手な装飾が施されていた。植物の葉のように広がっているそれは、相手の攻撃から手を守る為の物であった。
サリは入国すると同時にいつの間にか掴んでいたそれを、今は引きずって歩いている。重さは綿菓子(わたがし)程度の重さでしかなかった。
遥香の左手には盾(たて)が持たれていた。野球のホームベースを縦長にしたような形体の盾であった。大きさはサリの剣と同じく、一メートルはある。背を屈(かが)めれば楽々と大人一人分は身を隠せるだけの大きさがあった。
遥香もそれを引きずって歩いている。重さは、やはり飴玉程度のものであった。
「ねーこれさぁー……、捨てちゃダメなのかなぁ~……」
サリはぐずった顔でぐずった事を言う。
「別にさぁ~……使わなくない?」
「ウサギ対策よ」
遥香は真剣に周囲を見回している。
「どこから襲いかかってくるのか、わかったもんじゃないわ……」
「ウサギが見えたら逃げればいいんじゃ……」
「簡単に言わないで」
遥香は周囲を見回したままで、厳しく顔をしかめた。
「本気で私があなたを追いかけたら、そう簡単には逃がさないわよ」
「えー、だってさぁー……」
サリは剣を見つめながら、それを持ち上げた。
「これ使わないよねぇ? ……別に、だって、ウサギとは戦わないんでしょ?」
「……」
遥香は脚を止めて、盾を見た。
「それもそうね……」
盾は捨てて、剣だけを持ち歩く事にした。
サリの剣は遥香が持つ事になった。
「レベルとか、上がるのかしら……」
「何それ?」
サリは可笑しそうに笑った。
「んふふ、なんのレベル?」
「なんの……。あぁ、なんのレベルなのかしらね」
遥香は両手で剣を掴み、それを観察しながら歩く。
「戦うゲームにあるのよ。年齢とは別に、もう一つ数字を持たされるの。そのレベルが低いと、なになに斬りぃ~…とか、できないから、強い敵には勝てないの。殺されちゃうのよ」
「それは知ってるけど、えぇ~~……」
サリは渋く遥香の横顔を見た。
「殺されるとか、残酷すぎる……」
「ええ、そうね。野蛮には違いないわ」
遥香は片手で剣を素振りし、勇ましい笑顔でサリに頷いた。
「レベルがあったら、サリちゃんは武道家よ。私はぁ~……さしずめ、勇者っ…て、ところかしらね。んふ、サリのつるぎ、なんちゃって」
「遥香でしょ?」
サリはにこりと微笑む。
「遥香のつるぎ」
「そうだったわね」
遥香もにっこりと微笑む。
「十字架斬りぃ…なんて、できるなら、少し男の子達の気持ちもわかるかも」
「キツネ斬りぃ」
「どんな技よあんたっ!」
二人はゆっくりとした歩調を保ったまま、漆黒に染められている周囲の景色をまじまじと見物していた。
そこには武具を装備した冒険者達の姿がある。珍しい事に、中には冒険者同士で力自慢の会話を楽しんでいる者達もいた。
ここに来てからは、どうしてかピコピコという脚音が少し弱くなっていた。――それは、轟轟(ごうごう)と周囲に唸っている風の音がそうさせているのかもしれない。
サリは冒険者達の事をまじまじと観察していた。強そうな事を楽しげに語っているが、その見た目は実に可愛らしい。
いい匂いを香らせているバームクーヘンの戦士。大笑いで腕組みをしているマカロンの武道家。どっしりとした鎧を身につけて地図を開いている犬のぬいぐるみ。どの冒険者もつぶらな瞳と口があった。
「へえぇ……、ふふ」
サリは呟く。
「本当にみんな強いのかな?」
横を振り返ってみると、そこに遥香はいなかった。
「え?」
すぐに後ろを振り返ってみると、そこに遥香の姿があった。
「あ、いた……」
遥香は真横を向いたままで、近くに立っているぬいぐるみの戦士をじっと見つめているようであった。
サリはその場で遥香に声を上げる。
「遥香ちゃ~~ん、どうしたの~~?」
ふとサリの方に振り返った遥香は、サリに声を返す事なく、そのままでピコピコと脚音を立ててサリの元へと小走りを始めた。
「どうしたの?」
サリがそう質問した時、サリの後ろから低い声が言った。
「よお、お前さん」
サリは振り返る。
「はい?」
「わっ、おバカっ!」
遥香が到着した時には、もうすでに遅かった。サリはゾウのぬいぐるみと会話をしてしまっていた。
「なんでしゃべんのよっ!」
遥香は強烈な勢いでサリに怒鳴った。
「プログラムが働いちゃうじゃないの! なんであんたはそうやすやすとゲームの罠にひっかかるのよっ!」
「お前さん達は、どこの国から来たんだい?」
サリはどちらに答えようかとおろおろしていた。ゾウと言葉を交わしてしまった罪悪感もしっかりと表情に浮かび上がっている。
「もう……しゃべんないとダメ。このままじゃ、誰にも、何も聞けないわ」
遥香は潔(いさぎよ)い笑顔で、仕方がなく、ゾウの戦士と向き合った。
「始まりの街からよ」
サリは『ごめんね』と小さく呟いた。遥香はゾウの言葉に意識を集中させている為、その謝罪には最高の笑顔で素早く対応していた。
ゾウは一方的にしゃべっている。
「俺はサリの国から来たんだよ。国では一番の力自慢だった。ここでもきっとそうだぞう」
ゾウは小さな瞳で、その手に持った剣を高々と持ち上げて見つめた。可愛らしい黒目の端に、剥き出した白目が微かにのぞいていた。
「こおんな物を使わなくたって、俺はこの鼻さえあれば何でも来いなんだあ。大木を握り潰した事もあるぞう」
「かってに人の街を壊して……」
「んふふ、クッキーの木だ」
「本当はこんな剣、捨てたってかまわないのさ。でも、ここは絶対に必要になるよな?」
「そうね」
遥香は、待っていたかのように答えた。
「さっきも、そこで犬さんが素振りしていたわ。ファイヤ~と言いながら、火は出ていなかったけど」
「技の練習かい?」
「そうみたい」
サリはなんとなくゾウのぬいぐるみを見つめてから、遥香を見つめた。しかし、遥香はそれ以上何も言おうとしていかった。必要以上の言葉は返さないつもりらしい。
サリはぎゅ、と口のチャックをしめた。しゃべればしゃべっただけ、しなくてはいけない事が増えてしまう気がする。
「武器もないよりはマシなのさ。大事な家具を売っぱらって剣を手に入れる奴もいるぐらいだぞう。お前さんも、やっとで手に入れたんだろう?」
「そうよ」
「………」
轟(ごう)、轟(ごう)、轟(ごう)と、やけに大袈裟な風が吹いている。身体には何も感じないが、そこにはしっかりと風が吹いているような音がしていた。その為、ゾウの声もたまに小さく聞こえる。
サリは周囲をぐるり――、と見回してみる……。
轟、轟、と吹いている風……。それは、吹いていない。
風ではないのかもしれない。
では、この音は、一体何なのだろうか――。
空から、大地から、それは何処から聞こえているのだろうか……。
「この国で英雄になるんだから、こおんな武器でも、ないよりはマシさ。そう思うだろう?」
「ええ、思うわ」
「俺の銅像が建つ時、剣ぐらい持ってたほうがっっ――」