二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

君に叱られた

INDEX|30ページ/32ページ|

次のページ前のページ
 

 遥香は下に顔を俯けたまま、片手で瞳をこすっている。その泣いたままの姿で。
 ウサギの笑い声を聞いていた……。

 轟、轟、轟。

 水になっていく夢を見た。
 それはとても純粋で、気持ちがいい。身体の芯から広がる冷気の浸透感がたまらない。
 自分は水になって、土の中に吸い込まれていく、それがとても当たり前の事に思えた。
 轟、轟、が唸っているのだから、ウサギの声も聞こえなかった。

 今はもう、水になったのだから、何も関係がない。これから土の世界へ旅立って、身体中で駆け巡らなければならない。
 自由に飛び回って、冷たい浸透感をいっぱいに満喫する。心地良いだろう。それは、もう、すぐにはじまる。
 あと少し、それで、じぶんは完全な水になることができる。
 そう、水になれる………。

 ごう、ごう、ごう。

 わたしは、みずに、なった………。

       18

「保健室?」
サリは強烈に顔をしかめた。
「そんな、……保健室になんて行ったら、逆に怪しまれちゃうじゃない」
「どうします?」
 メガキンは部長の顔を見上げる。
 部長はずっと腕組みをしたままで、遥香の眼の前にあるパソコンの起動画面を睨んでいた。
 そこには、始まりの街でピコピコと脚踏みをしている『HA』と『SA』がいる。
「やっぱり……、このゲーム、危険だな」
「そっすね」
村瀬が、寝ている遥香を心配そうに覗いてから、部長に頷いた。
「今日で、異世界は終わりにしましょう……」
 フトルはそれを確認するようにしてから、マウスをクリックし、そのゲーム画面を強制終了させた。
「なんで起きないんだろ……」
メガキンはまた、その声を張り上げる。
「賀喜さん! …賀喜さん!」
「遥香君!」
「おい、賀喜!」
 フトルも村瀬も、その声を再開させた。
 遥香がぱっちり――と、何の前触れもなく、眼を開けた。
 その時、部長と村瀬とフトルが声を合わせて『おおお~』と声を洩らしていた。
「ちょっと、賀喜さん」
サリは心配そうに顔をしかめて、遥香に身を寄せた。
「大丈夫? 気分は悪くない?」
「あ………」
 サリは遥香の額(ひたい)に手を当てて、もう片方の手で己の額の体温をはかってみた。
「熱は…ないわね。大丈夫?」
「ゲームでまたワープしてたんだ」
部長が言った。
「あ、…声、……聞こえてました」
 遥香はにこり、と皆に笑った。
 皆は驚きの顔と声を単発に返していた。遥香はにこりと微笑んでから、もう一つ、皆に頷いてみせた。
 異常に高揚(こうよう)している感情が、頬を笑わせて、何から何をどうしたらいいのか、全くわからない状態であった。
 まずは、猛烈な肌寒さを感じて、腕をこすった。半袖の夏シャツから覗いている遥香の腕には、鳥肌が立っていた。
 周囲は完全な科学室であった。そこは、もう科学室のパソコンの席であった。
 遥香はそこに着席している。己の前にあるパソコンは、画面を終了させる準備をされていて、部活仲間の仲良し五人組が、ざわざわと遥香の周りを囲っていた。
 室内は冷房でギンギンに冷やされている。
「これぇ…、原因って、ヘッドホンかなあ?」
「ヘルメットだろ」
「うん、確かに、ヘルメットには接触不良あるよね」
 フトルと村瀬とメガキン、三人は揃って難しい顔をし、異世界の超常現象(トリップ)についてを話し合っていた。
 遥香は身体中に浸透するような冷房の冷たさを、腕をこする事で紛らわせた。そして、その消えようとしない微笑みのままで、遥香は部長に言う。
「台風みたいに聞こえてました。えへへ」
「?」
部長は少し考えて、きいた。
「あ、声?」
「はい」
遥香は笑顔で頷いた。
「気分は?」
サリが矢継ぎ早に遥香に尋ねる。
「大丈夫なの?」
「んへへぇ、うん。大丈夫。んふふ」
 遥香は溢れんばかりの笑顔で、サリを見上げた。
「そっちは? 大丈夫だったんだ?」
「ええ、大丈夫だったわ」
サリは苦笑した。
 遥香の心に、じんわりと、耐え切れぬ感情の大波が押し寄せた……。
「サリちゃ~ん!」
 遥香は椅子を跳ね飛ばして、サリの胸に飛び込んだ――。後ろにいたメガキンが椅子の暴走に巻き込まれている。
「やだ、何よ?」
「大好きい」
「なに? この子ったら……」
 サリは真っ赤に赤面しながら、部長の顔を窺う。近くでは『NO!』と脚を抱えて叫ぶメガキンを、村瀬とフトルが笑っていた。
「ありがとう!」
遥香はサリに抱きついたままで言う。
「だ~い好きぃ!」
「ちょっと……、もう」
 サリは部長に赤面を向けて、苦笑していた。
「どうしたのかしら…、こらっ、ちょっとよしなさいったら」
「二人で帰ってきたんだ…。うん、わかるよ」
 部長はにこやかにそう言うと、その表情を少しだけ険しくして、自分に顔を向けていた村瀬に言う。
「ここに六人が集まったのはいい偶然だった。異世界は………、破棄しよう」

 科学室を出る時、遥香は水になった事を思い出していた。随分と変わった夢であった。
 しかし、それはよくある事で、おそらくは、冷房に冷やされた身体が、そんな変わった夢を見させたのであろう。夢が持つ特有の納得感があった。
 そして、もう二度と、あの科学室で異世界を体験する事はない。――と、遥香はそれを納得する。
 少しだけ、それが寂しい事に感じた。水になってしまった自分は、もうあの世界には戻れなくなったのだ。と、そんな気がしていた。
 遥香は職員室に鍵を返しに行って、下駄箱で待つ五人に『なんにも聞かれませんでした』と笑った。五人はその報告に、尊敬の驚きを揃って上げていた。
 学校鞄を持たない六人は、それから間もなくして校門を出る。夏の木々に揺らされた枝葉が、心地の良い不規則なリズムを奏でている。
 遥香はそれを、胸いっぱいに吸い込んだ。
 淋しい匂いではなかった。そこに吹いている風の匂いは、少しだけ懐かしい、と、そんな気にさせてくれる爽やかな風の匂いであった。
 夏指定の半袖シャツ。そんな制服姿の六人組は、室内での秘密を捨て、初めてとなる外での合同での行動に、ゲームセンターへと脚を進めていた。前の方を四人の男子部員達が歩き、その少し後ろを、二人の女子部員が歩いていた。
 ミインと鳴くセミの声が興奮している。駅へと向かう閑静な住宅顔の景色はそれ一色で賑わい、家々がいっぱいに汗をかいているようにも感じられた。照りつける太陽の日差しに、街のあらゆる風景は日影をつくり、風で揺れる全ての物が爽やかで気持ちがいい。
 フトルがアイスを買うと言って、また三人に大笑いされていた。ゲームセンターへと向かう六人の脚取りは、その真夏の陽気のようにとても清々しくテンションを上げている。
「んふ、ウサギにさわったから、消えたのかなぁ?」
 遥香はにこにこと声を弾ませる。冷房の後の外の気温は、爽快以外の何物でもなかった。
「あ、でもさぁー、なんか、あれ、心がちゃんとさあ、その人になってないと帰れない、みたいな事言ってなかった?」
「そうね」
サリは微笑んだままで答えた。
「ねぇ~何がなんだかわっかんないよね? あはは」
 遥香は上機嫌であった。
作品名:君に叱られた 作家名:タンポポ