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君に叱られた

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 遥香は、呆然とその囁かれた言葉に入り込む……。
 どんな体験をした? ――そう、自分はたった今、可笑しな体験をしたに違いない。
 意識が統合されていく……。
 自分自身に何が起きたのか、遥香は徐々にそれを理解していく。

 リアルになるんだよ。

 行ったつもりでやるんだ。

 でもそれだけじゃないんだよ。

 僕は凄い、としか、言えない。言うと怒られるから。

 うん。まあ、行っといで。

 先程まで、よく理解できなかった言葉達が、山となって記憶に蘇ってきた。
 興奮している部員達が、どうして興奮しているのかが、遥香にはわかる。
 マニアなのだと決めつけていた認識が、少しだけ、反省に変わっていった。
 遥香は部長の顔を見上げた。そして、次に囁く言葉を探す。
 それはもう、少し前には用意してあった。
 正直にしか、もう、言いようがないのだから。
「あの、……はい。ゲームの世界に行きました………――」

 気がつくと、シマエナガのぬいぐるみを抱きしめていた。
「え~、シマエナガ~、可愛すぎる~~ううう」
遥香はベッドの上に置いたシマエナガのぬいぐるみをにこにこと見つめながら、背の低いテーブルの前に正座して、シマエナガのぬいぐるみを紙に模写している。それは模写というよりは、キャラクター化したかのようなシマエナガのイラストであった。
「ねえ」
「ん、はい?」
 後ろのドアに振り返ると、弟がリアクションもなく部屋の中を面倒臭そうに覗いていた。
「なに? どした? ご飯もう食べたよ?」
 遥香は無垢な表情で弟を見上げた。
 弟は、野球部の帰りで疲れ切っているような顔をしていた。
「違う、ご飯じゃなくてさ……。あのさあ、ちょっとアニキャラのイラスト頼んでもい?」
「なんでえ?」
「友達がさ、あんたが絵師なの知っててさ……」
「あうん。いいよ? なに、なんのキャラ?」
 弟はその場に立ち尽くしたまま、困ったような顔で、腕組みをした。
「よっくわっかんねーんだけど……、手術カーテン、とかっていう……」
「あーはいはい呪術廻戦(じゅじゅつかいせん)だ。はいはい。の誰?」
「それが……、なんつったか……、さごじょうが通る、みたいな……」
「あー五条悟(ごじょうさとる)。はいはい」
 遥香は瞬時に理解して、弟に頷いた。
「それとぉぉ……、なーんつったかなー……。大きさがフォーティーエックス、みたいな名前のアイドルでー」
「あー乃木坂46ね……。はい。誰だろ?」
 遥香は弟を見上げたままで、弟の言葉をじっと待つ。親族には、さすがに賀喜遥香の恋のレーザー光線も無効のようであった。
「さいとーはスター、みたいな名前のー……」
「あー齋藤飛鳥。飛鳥ちゃんね……。はいはい。後は? てかそんなにいっぱいは書けないけど、部活の時間もあるし」
「あとなんてったかなー……。あきもとはナッツ。みたいな名前だったようなー」
「あーはい、秋元真夏。まなったんね」
「あとー……、粉雪、みたいなぁー」
「あー与田祐希。はいはい」
「あと何だっけなー、えー、確か、冷ましたひじき、みたいな」
「はいはい、山下美月、ね。もい? 書けるとしてもそれぐらい」
 弟は小さく笑みを浮かべた。
「うん。わり、頼むよ。掃除当番がかかってんだ」
「そうなんだ……。んふふ、掃除すればいいじゃん」
「部活で忙しいんだって」
 その後二人で仲良く『バナナマンの面白さ』について熱く語り、弟はようやく、先程から幾度もバイブルしている遥香の携帯電話を指差して『てか電話きてるよ』と短く告げた。
 遥香は携帯画面を確認してから、すぐに電話に出た。
「もしもし、すみません遅れました」
 「あ…、うん。どうも」
「どうし、何か、ありましたか?」
 遥香は、完全に部屋に入り込んで、テーブルの前にどすんとあぐらをかいて、シマエナガのイラストを見物している弟を一瞥しながら話す。
「あ、あのぅ、もしかして部活の事ですか?」
 電話は部長からであった。
 「うん。実はそうなんだけど…、よくわかったね、部活の事だって」
「あ、はい。あの…、部活の事でしか、お電話をもらう理由がない、というか……」
 「ああー、そ、そうだね。なるほどね、はは、は……」
 遥香は弟から、ベッドの上のシマエナガのぬいぐるみへと視線を移す。
「それで、…内容は……」
 「うん。あの、あの事はさ、あのゲームの事は、誰にも言わないで内緒にしておいてくれ」
「あ……、はい」
 遥香は急激に真剣な顔つきを浮かべ、シマエナガのぬいぐるみから部屋の壁へと向き直した。
「わかりました」
 「うん。それを言い忘れたから。――じゃあ、また明日。ああ、あとね」
「ぁはい」
 遥香は真剣な顔つきのまま、壁に誠実な頷きをみせた。
 「なんかね、ほら、今話題のエコ問題? あるでしょう?」
「はい……。あのう、環境問題、ですよね?」
 「うん。そのエコ問題でさ、当分、科学室のパソコンが部活で使えなくなるらしいんだ」
「え?」
 遥香は驚いたその反応を、眼が合っていた弟に向けた。弟は『ん?』と言っている。
「えー……、そうなんですか?」
 「うん、残念だよね。ほら、うちの顧問がエコを授業してるでしょう? 確か、それって二年の授業だったよね?」
「あーはい」遥香は弟を見つめたまま、実際にも頷いた。
 「科学部の顧問がエコ問題を訴えて、電力を浪費してるのもどうだろう、ってさ、前から話があったんだけど、それが決まったみたい。村瀬が仲良くてさ、さっき先生から電話もらったみたいなんだ。放課後のパソコンは当分使えない、ってさ。使用の方向性が個別でバラバラだから、研究の部活内容を一つに絞るまでは、理科室で実験だってさ。残念だよ」
「あー、えー……。あーわかりました」
 遥香は、いつの間にか見つめていた壁に、小さく頷いた。
「じゃあ、あのゲームは、当分は……」
 『お預けだね』――そう囁かれて、電話は終了した。
 遥香は電話を切った後、己が残念がっている事を実感していた。
 部長に『秘密』と言われたゲームは、確かに、今までに味わった事のない面白さがあった。その実感は今も遥香の中にある。あのゲームが眼の前にあったのならば、今すぐにでもまたサリと一緒に遊びたい。
 それが当分、お預けになってしまったのだ……――。
 遥香はしゅんとしながら、床に座った。
「なに、彼氏?」
 勉強机の椅子に座っていた弟が、物珍しそうな顔で遥香を振り返った。
「ちっがうから」
遥香は鋭い視線で返す。徐々に笑顔が戻ってきた。
「違います~」
 弟は勉強机の上で携帯電話を弄っていたが、やがて遥香がベッドに腰を下ろすと、薄い笑みを浮かべて遥香を振り返った。
「なに、学校の奴だろ? 男? 女?」
「ううん、うちの部活の部長さん」
「ふう~ん……」弟は怪しそうな眼をする。
「なに? その顔はぁ~、違うよう?」
 遥香は少しだけ興奮して、何だかテンションを上げた。
「ちっがう違う、ほーんとに、ほーんと! 違う。えなんで、信じてないでしょ?」
「わーかったよ、描いてもらうし、信じる信じる」
 弟は爽やかにそう微笑んで、今度はシリアスな笑みで遥香に言う。
作品名:君に叱られた 作家名:タンポポ