新しい世界
話し合っている内容が、少年犯罪とか、そんな内容もあったんで、そこに興味を持ったんです。その頃から、もう僕は色々と悩む事とか疑問とかも持っていたんで、そこで会う人達に相談とかのってもらいながら、ちゃんと思う事を書き込していきました。
話し合っている内容は、少年犯罪といいながら、みんな親の批判なんかを扱っていて……、そこで思ったんですけど、どうして、自分資本の親は、子供なんか作ったんでしょうか。
子供の事を面倒だとか言って適当にするぐらいなら、初めから子供なんか作らなければいいと思いました」
いつの間にか停車していた車は、市街地の住宅街に造られた、小さな公園前に到着していた。
絢音は肘を隠すように腕を組み、隣のジュンを一瞥した。――ジュンはつまらなそうに顔をもたげ、視点をどこにという事もなく、静止したような表情をしていた。
――七氏は、初めての参加よね? よろしく――鈴木
――はい。よろしくお願いします。――七氏
新内が何かを話している。ジュンに対しての意見を語っていた。
絢音は、これまでの二年間を振り返りながら、新内とジュンの会話を受け止めていた。
――妹が死んでしまいました。今思えば、病院に行っていた記憶がありません。死んだ後に、妹はウィルスへの抵抗力が無かったと聞きました――七氏
――残念です。どうして病院に連れて行けなかったの?――河山
――両親が連れて行かなかったんです。抵抗力が無かったのは、栄養不足が原因ではないかと僕は思っています。先天的な病気は持っていなかったと、医師の方は行っていましたから。――七氏
――どうして、ご両親は妹さんを連れて行かなかったの?――鈴木
――その時、親戚が遊びに来ていましたから。――七氏
「でもね、君の事を思っていなければ、親御さんは君に何も言わない」
「口論が目的としか、もうなんか思えなくて。うちも相当そんな時期もあったし、周りからもそう聞いたし」
「ジュン君は、思った事を全部ご両親に話せた?」
「はい。僕は全部言いました」
「どうだった?」
「和解します。僕が、和解の仕方をいつも理解していましたから」
絢音は息を吸い込んだ。本当に貴重な時間であったと、そのまま隣のジュンの手を取る。――そして、絢音は微笑んで、ジュンにお礼を言った。
「ジュン君のおかげで、色々ね、本当に助かってたのよ。今日の講習会にも、沢山の、悩みを抱えた父母の方々がいらっしゃってたの。その人達に一番触れてもらいたかったのが、あなたのような人だった」
ジュンは、含み笑いを掻き消すように、照れて曲がった口を窄(すぼ)めて、絢音に首を振った。
「とても大きな社会という物を見つめて、つらくても、隠さずに全部話してくれていたものね、今日も、今までも。――あなたにしか、ジュン君にしか出来ない事かもしれない」
絢音はもう一度、――ありがとうね――と、心を込めてそう囁いた。
新内は静かに車を出て行った。
「僕は……、少年犯罪も、ただの少年犯罪と言われているうちは、絶対に、解決してくれないと思っています」
そう言って、ふと口を縛ったジュンの頬に、小さな涙が伝っていった。
絢音はジュンの手を強く握り、なによりも深く、その言葉に頷いた。
助手席のドアが開いた。――風が入り込んだ助手席のドアの前には、携帯電話を持った、新内眞衣が立っていた。
絢音は車のエンジンを切る。短くアイドリングしていた車の振動がぴたと、その呼吸を止めた。――運転席のドアをゆっくりと開き、立ち上がると、絢音の頬に、たった今走り抜けていった風が冷たく撫でてきた。
「自分で、歩きなさい」
新内がそう、優しくジュンの頭に手をやると、ジュンは、大声をすすりあげて、その場で顔を覆った。
車が停車している公園のすぐ前には、赤ランプの点灯している派室所があった。
新内が受け取ったサイレント設定の携帯電話は、先ほど帰宅した事になっていた堀未央奈からの連絡であった。――そして、新内の不安と確信は、真実となったのである。
『もしもし、未央奈か』
『はあ…。まったく、悲惨なもんね。鍵が開かないもんだから、管理人にも現場見せちゃったじゃない。――坊主は、黒だよ』
『そう……。わかった』
『私はこのまま帰る。明日までは、どっちにしたって、何もできないからね』
『うん、そうして。こっちも…、もうそろそろ、決着がつく』
『日吉の高層マンションには、パトカーを要請しといた。あんたも管轄じゃあないんだから、この山には……、深入りしない事』
『うん……、わかってるよ』
『そいつぁ、私がしっかりと、――面倒を見てやる』
『うん……。頼んだよ、未央奈』
『ろくな仕事じゃあないわね、少年課ってのは……。――人生が埋まっちゃうわ』
派室所へと向かい歩くジュンと新内の背中を、沈黙した車の前から見守り、絢音は強く握った拳に大人の無力さを恨(うら)んでいた。
この季節になると、風はいつも同じように急に冷たく吹きすさぶ。変わらない瞬間という物を、絢音は頬を伝う事のないその感情に、また、焼きつけるのだった……。
――君が十四歳だったとは、たぶんみんなが気がつかなかったと思うよ――岡田
――七氏の今までの意見が、これからは更に大切な物になる。ありがとう。――鈴木
――僕の意見が、僕と同じように今を感じている同年代の人達のお力になれるなら、それを本当に光栄に思います。僕は思った事を、ただ適当に書き込しているだけですので笑――七氏
――だけど、君は少年犯罪に注目していながら、辛辣な仕打ちを家庭で受けているのだろう? 口論なんかもしょっちゅうだと言うじゃないか。君も十四なんだ、君は犯罪に走らずにいられるのかい?――岡田
――和解する方法は、知っていますから。僕は絶対に両親には手をあげません。でも、もし僕がとんでもない間違いを犯してしまったら、僕は逃げるのではなく、その時こそ、皆さんの前に姿を現しますよ。それも、本名で笑――七氏
9
「都合(つごう)がさあ、ね?」
「都合都合って、いっつも都合じゃんか」
葵は頬を膨らましたまま、堀には顔を向けずに、騒がしい携帯電話の動画に顔を向けている。
「年に一度なのに都合がつかないんだよぅ? じゃあお母さんの都合ってなんなの?――事件って言うんでしょ?」
葵は動画にむくれたまま、ソファに背を垂れた。
「今日なんて事件じゃないじゃんか」
堀はしかめ顔で溜息をつく。しかし溜息の必要回数が計測不能で、リビングの酸素が不足しそうだったので、溜息をつくのをやめた。
「お夜食のお料理とか、もう冷めちゃったよ……」
堀は後ろのテーブルを振り返る事無く、痛そうに顔をしかめて眼を瞑る。
「冷めた料理を誰が食べるんですか」
葵は堀を軽く睨み、またぷいと動画に顔を俯けてしまった。
「もうっ、ほんとに知らない」
「それはぁ、だって、チンすればいいじゃないよ」
まいった顔で堀は立ち尽くす。ぽりぽりと掻き過ぎた頬に赤みがさしていた。
「まだ十二時になってないじゃない」
「いいよぉ、もう、お風呂入って死ぬ」