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新しい世界

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 前方からこちら側に向かって歩いている中年のサラリーマンは、これから帰宅であろうか。ハンカチで汗を拭きながら渋い顔をしている。――自分のすぐ前を歩いている若者は腰に鎖を付けている。よく見ると腕にも棘の突き出た腕輪をしていた。――あれは装飾品だろうか。――歩く度に跳ね上がっている腰の鎖はチャカチャカと新鮮な音が立っているに違いない。――たった今ロータリーに入って来たばかりのアメ車、ガタンガタンと跳び上がったり、地面擦れ擦れに車体を落としたりとバウンスで忙しい。昔好きで観ていたアメリカのアニメで、確か駄目な探偵があんな感じで車を運転していた。それは白い煙が上がっていたが、こちらはきっとドンスカと派手なサウンドを響かせているのだろう。
 イヤホンから流れる大サウンドを聴いていると、なぜか擦れ違う他人にまで一瞬のドラマを感じてしまう。――全ての人間に映画のようなストーリーがあるに違いない。――絢音は颯爽と、目的地を目指してひた歩く。口元は緩く結ばれ、多少息も荒めであった。
 地元秋田で生まれ育ち、中学生になってからは埼玉に引っ越した。絢音の両親は自営業を営(いとな)んでいる。犬と猫を専門に扱ったペットショップだ。――秋田で始めた商売が当たり、自営業のペットショップは埼玉にも支店を出せる事になった。何事も最初が肝心だと、鈴木家はそのまま埼玉へと移り住む。――埼玉支店が軌道に乗ると、今度は母と兄が秋田本店へと戻っていった。埼玉に残ったのは父と祖父祖母、絢音の四人である。しかし、これまた絢音が高校を卒業すると同時に自営業の埼玉支店が更なる軌道に乗ってしまった。――今度はついに東京に支店を出す事になり、その一念後、絢音は大学一年生になると同時に父と二人東京へと引っ越した。
 秋田、埼玉、東京と、鈴木家の家族はバラバラである。しかし、鈴木家の結束はドラえもんと野比のび太の友情のように固かった。――異常なほどに家族仲が良い。――月に一度必ず、支店の様子を窺うという名目で、鈴木家一同は東京に集合していた。――集合場所は〈犬猫専門ペットショップ―ネンネン東京支店〉である。
 いま絢音は〈ネンネン東京支店〉に向かっている。――一応そこが実家でもある。――しかし、この日絢音が目的としているものは別にあった。

 入り組んだカーブ路が続く住宅地の一角で絢音は脚を止めた。――眼の前には民家を改装して造ったような店がぽつんと建っている。張りぼてのような手製のイエローの看板には、可愛らしい紫と白のペンキ文字で〈ネンネン〉と表示されていた。
 絢音はその看板をまじまじと見上げると、左手に提げている鞄に右手を突っ込んでもぞもぞと作業した。――イヤホンの音楽が止まる。鞄から引き抜いた手にはもこもことした犬のカバーが取り付けられている携帯電話が握られていた。
 携帯電話の文字盤上で、手慣れた素早い作業が行われる。それは本当に一瞬の作業であった。
 絢音は〈閉店〉と札の提げられた店を背に、携帯電話を耳に当てた。
 ――電子音が鳴り始め、
 やがて電子音が止まる。――
「来れない、とか言うんじゃないでしょうねえ?」
 突然にそう囁いたのは母の声であった。かなり鈴木家らしい癖がある為に、それはすぐにわかる。しかし、絢音がかけた番号は兄の物であった。
「もしもし、お母さん?」
 絢音はぎろり、と眼を動かして携帯電話に囁いた。
「そうだよ、今どこにいるのう? 来なきゃダメよう?」
 母はこうして要件を先に言う。絢音が母に持つ不満要素の核であった。
「今日はほんとにあまり時間が無いんだけど……」
「家族の集まりだって月に一度よ?……いま、どこ?」
「秋田……」
 絢音は前方から歩いてくる通行人をちらりと一瞥する。
「秋田? じゃあ後三十分で来れるわね」
 絢音は肩を竦めた――頑固ばばあ……――そう受話器の外に呟いて、――じゃあ、一応行くよ――と約束してから、通行人が自分を通り過ぎていくと同時に通話を切った。
 目的の時間まではあと約一時間である。携帯画面で時刻を短く確認し、絢音はすたすたと眼の前の店に入った。〈閉店〉の札はしてあるが、この日だけは、いつも店の正面シャッターが開いているのである。
 店内に入ると、すぐにワンとニャアが歓迎した。比較的ワンの方が多い。しかしいつもと比べれば比較的ニャンも元気ともいえる。
「ただいま帰りました~~!」
 大きな声を張り上げると、一瞬だけ店内のワンとニャアが止んだ。しかしすぐに復活する。今度はワンのみであった。大抵はそうなのである。
 店内は正面入り口から長方形の造りになっている。ペットの食料と関連グッズなどを扱った棚が店内に二列に並び、縦の通路が三つ出来ている。両端の通路の犬と猫のブースが設けられていた。――犬と猫はガラス製のペット・ケースに二匹ずつ入っている。一匹になっているものは片方が売れた証拠であろう。ペット・ケースが空になっているのも同様の理由からである。
 入り口から反対正面に会計カウンターがある。そのカウンターの奥に見える引き戸がこの家の裏玄関になっていた。民家を無理に改装増築した為、それだけがどうも可笑しい。絢音はいつになっても店の中に存在しているその引き戸に馴染(なじ)めずにいた。
 ヨークシャテリアの写真が文字盤に印刷されている店内の壁掛け時計で時刻を確認する。しかし、先ほど携帯電話で確認した時刻とそう変わりは無かった。
 絢音は入り口から右手側の通路にいる。声が返ってくるまで、そこで猫のペット・ケースを覘(のぞ)く事にした。――犬と猫のペット・ケースは、縦横共に交互に置かれている。犬の上下左右には猫、または猫の上下左右には犬、といった並びになっている。ペット達が入っている半ガラス製のペット・ケースは縦に三段、横に十個と一列に並んでいた。
 ――絢音がいま覘いているペット・ケースには白い毛並みがふわりと整ったペルシャ猫が入れられていた。どういうわけが、そのペット・ケースのペルシャ猫だけが二匹共大人である。他は全てが子犬か子猫であった。

「まあ、北海道にしてはやけに早い到着じゃないですか」
 ガラリと開かれた会計カウンター奥にある引き戸、そこから嬉しそうに絢音を迎えたのは母であった。
 この月一の日の、母の風貌はいつも同じである。店の名前がプリントされた白い大きめのトレーナー ――母が友人に頼んで一着だけ製作してもらった――に、若者気取りの細身の黒いスキニージーンズ姿である。大人に似合わぬすっぴんの顔――自分ではかなり気に入っている様子であるが――は、洗い立てのようにピカピカと光を弾いている。
 絢音は引き戸に立つ母を露骨に睨みつけている。
「なによう、入ってくればよかったじゃない」
 母はにこりと微笑んで言った。
「時間が無いの」
 絢音はそれを強調して言った。
「ここから移動する時間も計算に入れないといけないんだから…、あと一時間しかないのよ」
 絢音はむっと口を結んだ。母は突然眠そうな顔になって――移動に何分かかるの? どうせ東京都でしょう?――ときいた。
「四十分……」
 と言ってみたが、さすがに母が顔をしかめたので、「でも、三十分あれば間に合うかな……」ち言い直した。
作品名:新しい世界 作家名:タンポポ